1_6 バカげてる!
もちろん視察は中止になった。
死体の処理と検分に着手した看守たちを残して、私たちは飛び出すようにして独房舎の建物から出た。
「アメシス神父! これは何事ですか!」
「申し訳ありません。わ、私もまさか目の前で囚人が死ぬだなんて……!」
「流行り病か何かの可能性を考えられなかったのですか!」
ベリルがアメシス神父に詰め寄る。
普段は鉄面皮の彼女も、死者まで出たことに動揺を隠せないようだ。
「急性の危険な病が流行っているのかもしれないのですよ! 我々だけならともかくこのような場所に殿下をご案内して、罹患でもされたらどうするのです!」
「そ、その、その心配はないと思います……」
女性にしては背の高いベリルに詰問されておどおどしていたアメシス神父だが、途中から反論を試みた。
「何故そう言い切れるのです?」
「呪い……呪いと言って良いのか分からないのですが、急死するのは囚人だけなんです!」
「囚人だけ?」
神父の言葉に引っかかるものがあった。
割って入って口を挟む。
「それ本当?」
「嘘は言いませんとも。1年前に私が赴任してから囚人が突然死するのはこれで40人目ですが、看守や私も含めて監獄を出入りする人間の中で死んだ者は一人もいません。ええ、神に誓って」
「40人も?」
目を見張った。
そんな人数が今日のようにいきなり倒れるとは、とても偶然や機会の偏りとは考えられない。
「原因は?」
「それが看守たちがいくら調べても分からないのです。流行り病だとか水源に毒が混じっているとかなら、看守や村の人たちにも同じような例が出てもおかしくないと思うのですが……」
アメシス神父は顔を紅潮させながら答えた。
大分神経的にまいっているようで、眉間には痛ましいシワが刻まれている。
「皆原因が分からないので不安がっています。その、監獄の中では根拠のないおかしな噂まで流れているようで」
「おかしな噂?」
「私が教会の祭壇で、夜毎に囚人たちを呪いをかけているというんです!」
とうとう耐えきれずに神父は声を荒げた。
「えぇ……。いくらなんでも荒唐無稽でしょう」
「その通りです、バカげてる! たまたま私が赴任したのと、囚人たちが急死し始めた時期が重なるというだけなんです!」
細面で嘆く神父が影でこっそり人を呪うような人だとは思えない。
そもそも呪いの力なんかで人が殺せるかの方が疑問だ。
が、40人も突然死した人間がいるというのは事実だ。
何か理由をこじつげでも見つけたがるのは人の世の常だろう。
「落ち着いて、誰もそんなこと信じたりしませんわ」
「こ、これは失敬……。公爵においでいただければ、少しは囚人たちも安心するかと思ったのですが……」
神父の試みは最悪のタイミングで打ち砕かれてしまった。
客を連れて訪問した目の前で死人が出たとなれば、神父黒幕説はますます説得力を持って囚人たちの間で語られだすに違いない。
それが分かっているからこそ神父も相当なストレスを感じているようだ。
「……私はここで失礼します。亡くなった囚人の遺体を清めて、末期の儀式をしてやらねばなりませんので」
打ちひしがれていても職務を果たそうとする神父はがくりと肩を落としていて、あまりに気の毒だった。
「あの、ご家族の方には?」
「できる限り問い合わせて、葬儀までにご家族に伝えられるよう努力はしてみます」
神父は小さくかぶりを振った。
「しかし、お察しの通り、囚人の葬儀のためにオズエンデンドまで来られるような方はほとんどおられないのが現実でして……」
やるせない口調でつぶやいた神父は、瞑目して死者をいたんだ。
私たちはそれ以上何も言えずに、黙って礼をするとその場を離れた。
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「ベリルはどう思う?」
帰りの馬車の客室で、重苦しい空気の中で対面に座るベリルに聞いてみた。
「例の呪いの話ですか?」
小さくうなずいて肯定する。
「呪いというものがこの世に存在するかはともかく、囚人ばかりが死ぬというのは不自然なのではないかと思います」
「やっぱりそう思う?」
「はい。監獄で死んだ受刑者が強い恨みを残したとして、恨みの対象は同じ受刑者だけではなく看守たちへも向かうのが自然かと」
ベリルの言う通りだ。
見えないところで受刑者同士の暴力や陰湿な嫌がらせがあったのかもしれないが、あの威圧的な刑務官たちに負の感情が向かないというのはどうも考えにくい。
私はちょっと考えてから、例のごとくシートの上に寝そべるタヌキに目を向けた。
<<ん? 俺?>>
タヌキは耳を立てて、ヒゲをぴくぴく動かした。
彼が興味を覚えているサインだ。
詰まらない話のときはもっと面倒くさそうにだらけているのが常だし。
<<何か囚人だけが死ぬ理由があるんだろう、とは思ってるよ>>
(それは何よ)
<<さあ、何しろ場所が場所だからな。不衛生過ぎてほっといても病気になりそうだし。アンタも手はしっかり洗っといた方が良いぜ>>
(そんなこと分かってるわよ。でもいきなり突然死する人間が増えたのは不自然でしょ)
<<だから何か原因があるんだ>>
黒い模様に囲まれたタヌキの目が、妙にぎらぎらと輝いていた。
覚えがある。いつか見たある表情に似ていた。
<<見つけてやろうじゃないか>>
そうだ、宿題を片付ける時の男の子の顔だ。




