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1_9 タヌキがキミのためにできること

 馬車に揺られて帰る途中。

馬車の中から、タヌキはずっと窓の外を見ていた。



「何か珍しいものでもあった?」



 母が眠ったままなのを確認してから、私はシートの隣に座ったタヌキにそっと声をかけた。



<<全部が珍しいよ>>


 

 タヌキの声は少し興奮しているように聞こえた。



「そうなの?」

<<見世物にされてたときは荷物扱いで連れてこられたから、窓から外を眺める余裕なんかなかった>>

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」 

<<そんなことよりこの世界は一体なんなんだ? 技術も文化もめちゃくちゃだな>>



 右足だけを持ち上げて、タヌキは不思議そうに街の様子を指した。



「? 普通に中世ヨーロッパ風の街並みだと思うけど、どうかした?」



 私としては見慣れた景色だ。

かつては原作漫画【ダイヤモンド・ホープ】の背景として。こちらの世界に産まれてからはずっと慣れ親しんだ風景として。

実に華やかで美しい石造りの街にしか見えないのだが、タヌキは何か言いたそうだった。



<<こんな中世ヨーロッパがあるはずないだろ>>

「はぁ?」

<<流れの辻馬車みたいなのが走ってるし、3階建てか4階建ての高層建築まであるし、服装も年代がめちゃくちゃだし……。どうなってんだ?>>

「どうなってんだ、って言われても原作の設定がそうなんだから私に言われても知らないわよ」



 タヌキはぎょっと私の顔を見上げてきた。



<<ちょっと待ってくれ? 原作? どういうことだ?>>

「知らなかったの? この世界は【ダイヤモンド・ホープ】そのまんまなの」

<<【ダイヤモンド・ホープ】? 何それ?>>



 要領がつかめないでいるタヌキを見て、こっちが驚く番だった。

この世界が少女漫画の中そのままという事実を知らないでいたというのか。

異世界という概念は知っていても、タヌキは21世紀の少女漫画について詳しくないようだ。



「日本の少女漫画よ。大人気の。3回もアニメ化されてる」

<<知らん。読んだこともない>>

「あなたまさか、ここがどんな世界か知らずにいままで生きてきたの?」

<<そんなこと言われたって、生きるのに必死だったからな>>



 確かに言う通り、タヌキ目線で見れば華やかな少女漫画世界だろうが殺伐としたロールプレイングゲームの世界だろうが大差はないのかもしれないが。



<<漫画の世界に生まれ変わる? そんなことありうるのか?>>

「そこを疑問に思わないでよ……。そもそもタヌキになってる時点でもうありえないでしょ……」

<<いやまだ疑問はある。この世界が少女漫画の中だって、どうやって確かめたんだ?>>

「確かめるも何も、原作そのまんまだもの。コミックスの帯がすり切れるまで読み返した私が言うんだから間違いないわ」

<<思い込みって可能性は?>>

「ないわね。原作じゃ1コマしか出てこないようなキャラクターまでバッチリ再現……というか現実にいるんだもの」



 私だってまさかと思ってこれまでそれなりに調べたのだ。

その結論は、『少なくとも原作に名前の出ているキャラクターはこの世界に実在している』だ。



<<ううん……。確かに疑っても確認しようがないしな、今更その少女漫画とやらを読める訳でもないし>>



 その説明に納得したのかしていないのか、タヌキは曖昧にうなずくともう一度街並みを見渡した。



<<なるほど。それでこんな、中世と近世と近代がごちゃ混ぜの文化になってるのか。 確かにここは漫画やアニメの中だ>>

「言っとくけど、喋るタヌキの方がよっぽど漫画やアニメじみてるわよ?」



 さすがにむっと来て私は言い返した。



「良いじゃない、何が『現実の歴史と違ってる』よ。この世界じゃこれが本当なの」

<<そりゃそうかもしれないけどさ>>

「見て。みんなキレイな服着ているでしょう。街並みも清潔だし、建物も美麗なものばかり。きらびやかで、整然としていて、でもどこかノスタルジーを感じる……ああ、素晴らしい世界観だわ!」

<<アンタって何かを褒めるとき早口になるのな>>



 私にとってここは、いうなれば大好きな原作の世界を1/1スケールで、それも実物で再現したテーマパークである。

街並みを歩いているだけで幸せ!といつも思う。



「本物の歴史と違うとか、文化の進み具合が間違ってるとか、そんなものクソ食らえだわ。そんなもの指摘して喜ぶのは設定オタクだけよ」

<<ずいぶんな言い方だな>>

「でも本当でしょう」

<<俺にとっては未知の世界なんだぞ。アンタにとっちゃ大好きな少女漫画の世界で主役として生きることができて幸せかもしれないが……>>

「バカ言ってんじゃないわよ。私は悪役の方よ」

<<は?>>



 良く分からない顔でいるタヌキに補足してやる。



「私はね、原作漫画じゃ主人公をイジメる役のキャラクターだったの。主人公の思い人の許嫁でね、主人公が気に入らなくていろいろイジメて嫌がらせするの」

<<そんなことしてたのか>>

「私はしてないわよ。意地悪したのは原作漫画に出てくる方の私」

<<なんだかややこしいな>>

「ともかく色んな悪事がバレて、原作じゃ3巻で家から裸足で追い出されちゃうの」

<<やばいじゃん>>

「やばいのよ」

 


 タヌキは窓の外を見るのをやめて振り返ってくる。

せっかく安全が手に入ると思ったのに先行きに暗雲が立ち込めてきて、不安を感じたのだろう。



「でも大丈夫。その思い人の相手を私は振っちゃったから。主人公の恋敵になって、負けて家から追い出される気づかいはないわ」

<<おお、やったじゃん>>

「ありがと。でもそのせいで親父から修道院に放り込まれそうになってるけどね」

<<えっ>>

「娘が結婚できないと家の恥だとかなんとか言われててね。この国で一番規律が厳しくて自由なんて欠片もない修道会に入信させられそうになってるの」

<<マジかよ>>

「ペットを連れて入れる訳ないから、そうなったらアンタも野良タヌキよ」



 タヌキは絶句した。



<<やっぱりやばいんじゃん!>>

「やばいんだってば。そう言ってるでしょ」

<<何とかしようぜ>>

「するわよ、協力してよ」



 タヌキは返事の代わりにピンと尻尾を上へと持ち上げた。彼なりの決意表明らしかった。



(といってもなー、タヌキだしなぁ……)



 先刻は彼の知識によって助けられはしたものの、果たして婚活やお見合いでどんな力になってくれるというのだろうか。

はっきり言って期待はできそうになかった。



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「お前は一体何をしているんだ!」



 案の定、帰るなり父親は顔を真っ赤にした。



「せっかくパーティーに出てきたのに、良い話どころか名刺一枚も持ち帰らずに! お前は状況が分かっているのか! 伯爵家の娘としての自覚はないのか!」


 

 心の中で苦虫を1ダースほど噛み潰しながら、私はなるべく顔に出さないことにした。

パーティーがどんな有様だったか教えてやろうかと思ったが、何を言っても火に油を注ぐだけなのは考えるまでもない。



「それに何だ、生き物など連れ帰って!」


 

 怒りというものは燃え広がるもので、父親は次に気に入らない点へ目を向けた。



「その……、おい、何だ。何だその生き物は!」



 娘の隣にちょこんと座った薄汚れた生き物を目にして、大声で怒鳴ろうとしていた父親は困惑した。



「タヌキよ」

「タヌキ?」

「ええ。ご存じない? 哺乳網食肉目タヌキ科タヌキ属の生き物なんだけれど」

<<タヌキはイヌ科タヌキ属だぞ>>



 口から適当に述べたでまかせの生物学上の分類に、足元のタヌキが冷静なツッコミを入れてくる。

学術的な正しさなんてどうでも良い。

話題を逸らせば少しでも父親が落ち着くかと思ったのだ。


 が、ますます火に油を注ぐ羽目になった。



「そんなものはどうでも良い! どういうつもりだ、私がお前のために結婚相手を探してやろうと骨を折っている間にも汚い動物なぞ拾ってきおって! 大体お前は……!」



 更に大声を出そうとして、ようやく父親は周囲の様子に気付いた。

玄関の大ホールは、パーティーのショックで息も絶え絶えの母を介抱しようと使用人たちが集まっている。

その中で妻に気を遣うよりも前に、娘に怒鳴り散らす父親。

あまりに傲慢な態度に使用人たちが固まってしまう。



「……私の書斎に来い。その……なんだったか? 生き物も連れて!」



 ようやく少し頭が冷えて、見栄を張る余裕を取り戻したらしい。

手振りで使用人たちに作業を続けるようにうながしてから、父親は屋敷の奥へ向かって進み始めた。


 気付かれないように小さくため息をついてから、その背中を追う。ここは好きにさせて落ち着くのを待つしかないだろう。



(お説教、毎回長いのよねぇ……)

<<おい、助けが要るか?>>



 憂鬱な気分になりかけた時に声をかけられて、つい慌ててしまう。



<<俺だよ>>



 いつの間にか足元にくっついて歩いてきたタヌキが私を見上げてきた。



<<助けてやろうか?>>

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