6_16 告白
マダマさまはつややかな顔に狼狽の色を浮かべた。
「言わなきゃいけないことって何ですか?」
「あなたまさかこのまま黙ってても、なし崩しで私がついてきてくれるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」
そうは行くか。私にだってプライドがある。
黙っててもただ男の子の願望通りに行動するような、そんな一山いくらなハーレムラノベのヒロインみたいなお安い女ではないのだ。
「良い、マダマさま。普通は女の人を連れていこうとするならいくつも段階を踏まなきゃダメなのよ?」
少年の鼻先に人差し指をつきつけたまま、私は眉間にシワを寄せる。
「誰だってそうでしょう?」
「そうなんですか?」
「合コンで知り合うだけじゃダメ。会話で盛り上げて●INEの番号をゲットして、何度もデートで楽しく計画を立ててお洒落なスポットで食事して、そうして告白してようやく相手を好きなところへ連れていけるようになるのよ」
「ゴウコン? LI●Eって何ですか?」
「今はそこはどうでも良いわ」
ちょっと話が脇道に逸れてしまった。
「とにかく女性をゲットしようと思ったらそれなりに手間と時間とお金がかかると思いなさい」
「あっ、はい」
「分かる?」
「分かります、なんとなく」
素直に少年はうなずいた。
「それが、あなたは全部向こうからやってきて、今まさに先着一名つかみ取り。こんな美人で妙齢の金髪で巨乳をよ?」
<<自分で言うか、フツー?>>
「こんなチャンスは一生に二度とないわ。断言する」
見上げてくるタヌキが余計な茶々を入れてきたが無視だ。
「でもほら、その前に言うことがあるわよね?」
「…………っ」
頬を染めた少年の瞳が同様に揺れるが、ここだけは譲れない。
私にだって女の意地があるのだ。
気遣いをするのは構わないし、手を引くのだって大歓迎。
必要ならお尻を叩くことだってしてあげるけれど、都合が良い女と思われるのだけは我慢がならない。
「マダマくーん?」
腰をかがめた姿勢のまま少年の横に回って、はやすように言った。
マダマさまは羞恥に耳まで真っ赤になって、ぎゅっと両手を握りしめている。
「女の人に一緒に来て欲しい時はなんて言うのかなー?」
その葛藤する顔を色んな角度から見たくて、ぐるりと小さな体の周囲を回る。
女の子と名乗っても通じそうな美少年が、私の一言で振り子のように心を振り回されている。
産まれて傷一つ負ったことのない柔肌に爪痕を立てるような嗜虐に、ぞくぞくと背筋が微かに震える気さえした。
やばっ、ちょっと楽しくなってきたぞ?
<<やめてやれよ、もう>>
「……ほらほら。勇気出して!」
苦い顔をするタヌキの声ではっと我に返った。
しまったやりすぎたかと、明るい声を出して少年の正面に回る。
ぶるっと華奢な肩を震わせて、マダマさまが顔を上げた。
「レセディ!」
「はい」
「す、好きです! 大好きです!!」
今にも震えだしそうな膝で懸命に体を支えて、マダマさまが声を上げた。
一生分の勇気を使い切るかのように切実な面持ちで。
「だから一緒に来てください!」
海風に揺られる木の枝のように震えてはいたが、確かにそれは腹の奥底から出てきた本心の叫びだった。
「……」
あまりに幼稚で飾り気なく打ち明けられた心に、心臓が縮み上がった。
同時にほんのついさっきまで初心な少年をからかっていた自分がの態度が、ひどく俗っぽく大人げないことのように思えて肩のあたりにのしかかってきた。
気恥ずかしさとみっともなさに体の内外両方から攻め立てられて、固まってしまう。
――――――しまった。
告白された後のことまでは考えてなかった。
(何これ、やばい。恥ずかしい、こそばゆい、照れくさい、でもちょっと嬉しい……)
色んな感情が湧きたってきて、顔が火照ってしまう。
泣きそうな顔で返事を待っている少年に気付いて、慌てて口から取りつくろう言葉が飛び出した。
「……じゃ、じゃあ! そういうことで」
「そ、そういうことで!?」
まぶたの裏側に涙を溜めながら、マダマさまは口をぱくぱくさせた。
待て待て。
いったい何を言っているんだ、私は。
『そういうことで』じゃないだろ、どう考えても。
「「…………」」
前世の24年間と、悪役令嬢としての20年間。
これまで生きていた時間で一番恥ずかしい数十秒が静かに過ぎた。
「……殿下。そろそろ」
半目になりながら私たちの様子を眺めていた8つの目の中から、見かねた警護官のベリルが静かにうながした。
「あっ! そうですね、出発しましょう!」
しらじらしくもマダマさまが高く声を張り上げる。
「そ、そうね! 次の街に行かなきゃいけないんだし!」
「み、みんなでこっちの馬車に乗れば良いんですよね!?」
「そうよ! 貸馬車の方は王都に返ってもらって! 後で送り賃の請求書を送ってね!」
言葉を交わさずに後ろ暗い合意が成立して、私とマダマさまは努めて明るく再出発の用意をうながした。
呆れた顔のまま、ベリルとシリマールが支度を始める。
貸馬車の後ろにくくり付けていたマダマさまの荷物を、私たちが乗ってきた四頭立ての馬車に乗せ替えるのだ。
恥ずかしさに顔中の毛穴が全部開いたような気分で、その様子を監督するふりをした。
……なんだこれは。
手際よく告白されて、さっそうと馬車に乗って旅立つつもりだったのに。
(どうして映画みたいにうまく行かないのよ!?)
<<……>>
足元でタヌキが、黒い模様の真ん中にある目を呆れた形に細めていた。
(何よ、何が言いたいのよ!)
<<なにやってんの>>
(うっさいわね! 男の子に告られたのなんか初めてなのよ!)
<<相手は12歳の子供だぞ?>>
「す、ステイ!!」
そう唇を尖らせるのが関の山だった。
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ハジをかいてしまった地点から逃げるようにして、街道を北へ進む。
女警護官のベリルは『警護のため』といって御者席のとなりに座ったので、客室にいるのは私とマダマさまとタヌキだけだ。
一時間ほど馬車に揺られる間、会話は一切なかった。
「……」
馬車の上座、進行方向に顔を向ける側へ一人で座ったマダマさまの胸が静かに上下していた。
いつの間にか寝入ってしまったらしい。
安心したのか、気力を使い果たしたのか、一生ものになりそうな気恥ずかしさを寝て忘れようというのか。
(こういうところはまだまだま子供ね)
ぼんやり思ってから、不意に湧き上がった考えについつい口元が緩んでしまった。
お見合いから逃げ出して、今遠くに旅立とうとしている少年に無理矢理くっついていく。
これではまるで駆け落ちではないか。
(駆け落ち?)
あまりのおかしさに、口元から顔全体に笑いが広がった。
(こんな小さな男の子と?)
いやはや……我がことながら妙なことになったもんだ!
この世界に産まれて、悪役令嬢としての自覚に目覚めてから7年間。
ずっと自由が欲しくて影でこそこそと陰謀や蓄財に励んできたのは、ただただ自由が欲しいという一心のためだったはずだ。
それが今では、自分から都落ちする少年にくっついて不便極まる僻地へおもむこうとしている。
「そうよねえ、私自由になりたかったはずなのにねぇ」
<<ん?>>
「ひょっとして、婚約破棄されて追放されてた方がマシだったかもね」
<<おいおい、今更かよ>>
例のごとくシートの上に寝そべっていたタヌキが慌てて顔を上げた。
「まあ聞いてよ」
<<何を>>
「自由ってのはずっと自分が好き勝手することだと思ってきたけれど、最近ちょっと考えが変わってきたの」
<<どんな風に?>>
何を言い出すのかと不審そうに、タヌキが先をうながしてくる。
「面倒やしがらみだって、自分で決めたことならそう悪くないかもねって」
<<そういうもんかね>>
「不自由を選ぶ自由だってあるわよ。自分でやってみたら、そんなに悪い気分じゃなかったわ」
やってみなければわからないもんだ。
ひょっとして物事というものはすべからく、運命だとか決心だとかではなくて単になりゆきで起こるものなのかもしれない。
そんな考えさえ頭に浮かんだ。
<<……まあいいさ、俺には住む場所がどこでもそんなに関係ないし>>
諦観を抱いたかのように、タヌキは再びシートに鼻先を埋めた。
<<むしろ田舎の方が夏は過ごしやすいかもな>>
「そうよ、前向きに考えなきゃ」
<<ただ冬になると寒いのはちょっとやだな>>
「そうなる前にコタツでも作りましょうか」
<<おっ、良いね>>
「この世界の材料で作れる?」
<<もちろん>>
馬車は北の果てへと進んでいく。
そこで何が待っているのか、何が起きるのか。神ならぬ身では知りようもない。
敵を打ち倒す魔法も、困難を払いのける加護も持たない不肖のこの身だが。
(……ま、なんとかなるでしょ)
楽天的にそう決めつけて、私は向かいに座る少年を見習うことにした。
鼻先にかかる髪を指先でよけてから、シートにもたれて目を閉じた。
なんとか年内に間に合いました。ようやく1章目を走り切りました。
次回から領地経営編です。タグにつけた【内政】が詐欺でなくなる時が来て一安心です。
それでは皆様良いお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。




