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6_15 北へ

 王都からオズエンデンドへ向かうには、幹線道路である北方へ向かう街道を行くしかない。

トランスヴァ―ル侯爵邸を出た馬車は逃げるように王都の城門を抜け、一目散に北を目指した。



<<そういや王子様はどうやって領地に行ってるんだ? 自分の馬車なんか持ってないんだろ>>

「貸馬車ですって」

<<大公夫人からこの馬車を借りれば良かったのに>>

「どうせ『もう公爵になったんだから大公夫人に甘えてばかりいられない』とか思ってるんでしょ」


 

 変なところで律儀なやつめ。

心の中で毒づきながら前方を行く馬車を探す。


   

 【ダイヤモンド・ホープ】の舞台であるファセット王国の北部地方は寒さが厳しく、主要な産業は交易港か鉱山くらいだ。

自然上りと下りの交通量には差が出る。

輸入された物資や働き口を求める人が王都に入ってくるばかりで、好き好んで北方へ向かおうという人は少ないらしい。

証拠に馬車が余裕を持ってすれ違える幅を持つ石畳の道路ではすれ違う馬車ばかりで、同じく北方へ向かおうという馬車は全然見かけなかった。



「次の街までには見つけたいわね」

<<だな。宿場町を探して回るのは手間だ>>



 幹線道路とは言っても現代日本のそれとは違う。

一日で王国全土の目的地にたどり着ける速度が出せるわけでも、標識や照明が整備されているわけでもない。

自然と明るい間に馬車で進めるおおよその距離ごとに宿場町が出来て、その町で一晩泊って翌日また一日かけて次の街へ向かうという旅が普通となる。

つまり一日の行程は決まっているのだから無理に急いでいるはずもなかった。

そういう意味では追いかける私たちとしては都合が良い話だ。



「レセディ嬢!」



 一時間ほど急ぎ足の馬車に揺られていると、小窓を通して御者席から鋭い声が飛んだ。

慌てて馬車の窓を開けて身を乗り出す。

じたじた手足を動かしてタヌキも窓枠にアゴを乗せてきた。

吹き込む風で長い髪が振り乱されるのが邪魔で仕方なかったが、何とか暴れる前髪の隙間から先行する馬車の後姿を確認できた。



<<おっ、アレか!>>

「ええ、たぶんね!」


 安物の馬車の後ろに荷物をくくりつけて、一頭立ての馬車がえっちらおっちら進むのが見えた。

身を乗り出したまま御者席へ叫ぶ。



「シリマールさん、前の車を停めて!」

「了解! ……ちょっと待った。停まれ、停まってくれ! 怪しいもんじゃない!!」


 

 後方から乗りかけるようにして、私たちが乗った馬車が横に並ぶ。

四頭立ての大型馬車にいきなり後方から迫られて、貸馬車の御者が仰天するのが窓越しに見えた。



「な、なんだなんだ! 何の用だ!?」

「アンタじゃない、乗っておられる方に用がある!」

「そうよ! 止まりなさい!」

<<停車せよ、しからざれば攻撃す!!>>


 

 二人と一匹で好き勝手なことを喚きたてる。

突然のことに驚きながら貸馬車の御者は手綱を引いて、痩せ馬の脚を停めさせた。

シリマールも流石の腕を見せ、ぴたりとその横に四頭立ての馬車を停めて見せる。



「……まさか新手の強盗じゃないだろうな?」

「婦人連れで? 王族の紋章付きの馬車で襲うと思うか?」

「それもそうだ」


 

 不審げそうにしていた貸馬車の御者は、後ろの客室に通じる窓を叩いて中の乗客を呼んだ。



「何故停めるのです!」



 覚えのある鋭い声が中から叱責する。



「お客さんに用があるんですってよ」

「用?」

「ええ、ご婦人連れですよ」



 そのやり取りは客室の中にも聞こえていたらしい。

ごそごそとした気配がしてから、馬車のドアが開けられた。

美しい銀色の髪を持つ少年が中から飛び降りてきた。



 マダマさまだ。

目を見開き、息を切らせて、爪先を伸ばしてこっちの馬車の中を伺おうとしている。



「で、殿下! お待ちください、ご用心を!」



 わたわたとその後を追いかけてきたのは長身の女警護官、ベリルだ。

この馬車とは比較にならぬ狭い貸馬車の中でもしっかりと背の高い軍帽を被っていたようだ。

天井が低くて面倒だろうに、几帳面なことだ。

 


「――――――」



 それを見てついつい口元が緩んでしまった。

会えなかった間はカレンダーの数字ではほんの10日ほど前のはずだが、もっとずっと長く感じるくらいだ。

出会ったことがそもそもほんの一月だというのに、まるで産まれた時から知っているような感覚すら覚える。



 御者席から降りてきたシリマールがさっとタラップを下ろして、ドアを開けてくれた。

そのタラップを踏んで馬車から降りる。

横を一息に四つ足でタヌキが降りて行った。



「レセディ!?」

「そんな安っぽいレンタルの馬車で領地に行くつもり?」


 

 安普請な貸馬車を扇子で指し示す。



「新領主様がそんな馬車に乗ってきたら、期待して待ってたみんながガッカリするんじゃない?」



 貸馬車の御者が苦い顔をするが、マダマさまは話の内容など頭に入っていないようだ。



「ど、どうしてここに!?」

「今日出発するって教えてもらったから」



 誰に、という質問はなかった。

瞬時に悟って、マダマさまは横の警護官に目をやる。



「ベリル!」

「レセディ嬢にお伝えしてはいけない、というご命令は受けておりません」



 しれっとベリルが言い切った。

この娘も良い性格になったもんだ。



「お、お見合いは!?」



 ベリルを責める余裕もない様子で、マダマさまは慌てて尋ねてきた。

 


「お見合いはどうしたんですか!」

「ああ、振っちゃった」

「振っちゃった!?」



 仰天して目を丸くする。



「そ、それに叔母上の馬車をどうしたんですか!」

「ああこれ。私が買ったの」

「ええ!?」

「格安でね」



 譲渡手続きにかかる費用の額のみという、ほとんど貰ったような価格だった。

直接マダマさまに送ろうとしても受け取らないだろう、という大公夫人の気遣いである。



「でもこれ王族の紋章付きだから、私が勝手に使うのは法律違反なのよねぇ」


 

 車体の側面に大きく染め抜かれた、ラトナラジュ王家の紋章を扇子で示す。

この国にだって紋章を使うルールがあって、資格がないものが勝手に使えば詐称として処罰されるのだ。

今のところ私は法律違反を犯していることになる。



「官憲に見つかったら没収されちゃうかも」

「た、大変じゃないですか」

「そうならないように誰か王族の方が同乗してくれると助かるんだけれど?」


 

 広げた扇子で口元を隠しながら流し目を送った。

いかにもわざとらしい態度だが、これくらいの自己演出をさせてもらわなければ驚かせる醍醐味がないというものだ。



「そ、それって……」



 流石に賢い少年は言わんとすることを察したようだが、もごもごと口ごもった。

ええい、まだ煮え切らないのか。初心な奴め。



「…………」


 なんだかだんだん腹が立ってきた。

流れでそのままうやむやにしてやるつもりだったが、やめた。

私だって言いたいことがあるのだ。


 

「ねえ、マダマさま」



 ぴしゃりと扇子を閉じる。



「な、何ですか?」

「あなた、生意気よ!」

「「「!?」」」


 

 間違っても王族に向けられるはずのない言葉をぶつけられて、本人のみならずその場にいる私以外の全員が眉を跳ね上げた。



「勝手にお見合い相手を探すように頼んだりなんかして! 私は12歳の男の子に結婚相手を探してもらうほど落ちぶれちゃいないのよ!」

「ご、ごめんなさい」

「それにね、私は隣に座る人は自分で決めるの! 分かった? 10も年上の知らないオジサンと見合い婚だなんてお断りよ!」

「わ、分かりました……!」



 少年はもう頭の中が真っ白のようで、言われるままこくこくとうなずいてくる。

殊勝な態度だが、まだこれくらいでは勘弁してやらないぞ。

他にも不満はあるのだ。



「あとね、私たち友達でしょ!?」

「え、ええ。 そうです」

「ならどうして私を頼ろうとせずに、自分だけで領地に行こうとするの? それで貧民救済なんてお笑いだわ!」



 マダマさまは反論しようとするが、口を開く前に続けて弱みを指摘してやる。



「あなたに産業を起こせるような社会経験があるの?  財務管理で帳簿をつけたことがある? 一人じゃワタアメだって買えないくせに」

「う……」

「領主だって経営者でしょ? 自分で何もかもやる必要はないけれど、仕事ができる人を集めるのは経営者の責任よ!」

「仕事ができる人って……」

「私以外にいる!?」



 なんだか本当に腹が立ってきた。



「あなたは統治者なのよ、恥を忍んででも取れる方法は全部取らなきゃダメでしょ! 子供だからって言い訳にならないわ」

「ど、どうしろって言うんですか……?」

「『困ってるから助けてくれ』って、その一言がどうして言えないの!」



 このことは少年の頭の片隅にもなかったようだ。

本当に驚いたようで、一瞬息を飲む。



「き、来てくれるんですか!?」

「当たり前でしょ」



 今更何を水臭い。



「ほ、本当に……!?」



 崩れんばかりに長いまつ毛のついたまぶたが震えて、果物のように瑞々しい頬に喜色が浮かんだ。

それを見るとついついこっちの口元も緩んでしまいそうになる。

が、まだダメだ。こんなことでは勘弁してやらないぞ。


 

 鼻から下を再び扇子で隠して、誤魔化すように説明する。



「それにやりかけたことを途中でやめちゃうのはポリシーに反するの」

「やりかけたことって……」

「折角マラリアから助けたのに、クソ寒い僻地で風邪でも引かれてお亡くなりになられたんじゃたまったものじゃないわ」



 いかにも苦しい取って付けたような理由だが、睫毛を濡らしながらマダマさまはうなずいてきた。


「あ、ありがとうございます! で、でも、ご実家のことは……?」

「ああ、どうせ勘当みたいなもんでしょ。ここまでお膳立てされてて台無しにしちゃったんだもの」

「大丈夫なんですか……?」

「大丈夫大丈夫。大公夫人が後ろ盾になってくれたんだし、あの小心者の因業親父にはもう思い切ったことなんかできないわよ」



 あのパワフルな大公夫人のすることだ。父親をうまいこと言いくるめてくれるだろう。方法はちょっと想像がつかないが。



「レセディはそれで良いんですか? もしかすると、もう王都には戻れないかも……」

「心配いりません。ちゃあんと心残りは片付けてきました」

「心残り?」

「それはマダマさまは考えなくて良いことなの。それより……」



 ずいと身を乗り出して、少年と同じ目線に頭を下げる。

たじろぐマダマさまの鼻先に指をつきつけて、少し意地の悪い声で言ってやった。



「まだ大事なこと言ってもらえてないんだけれど?」



次回で1章は完結です。

当初の想定よりずっと長くなってしまった……

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