6_13 お見合いの席にて
――――――レストラン、『ピータサイト』は王国で最も語られることの多い飲食店と言われている。
同時に、最もその料理を口にする者の少ない飲食店だとも。
ラトナラジュ王国前王の御代に、美食に飽きた王と取り巻きたちが自分たちで気兼ねなく飲み食いのできる店を求めて金を出し合ったのがその始まり。
王の側近にして趣味人として知られたピータサイト子爵が名義上のオーナーとなり、集められるだけの食材と料理人を店に揃え続けた結果。
創業から30年経った現在では、王国で最高の料理とサービスを提供する店としてその名声は不動の地位にある。
「こんな良い席を用意して頂けるとは……。感謝します、伯爵」
食事と会話に集中できるよう敢えて照明を減らして薄暗くした席で、カナリー子爵は微笑を浮かべながら謝辞を述べた。
『一生に一度は利用するのが王都市民の夢』とまで言われるこの店は完全予約制で、希望者は引きも切らない。
もともと席が極端に少ないこともあって、王室とその関係者の利用が最優先される店の方針もあり、予約は非常に困難なことでも知られていた。
「いえいえ、何の何の。子爵が娘のためにお時間を割いてくださることへのほんの気持ちです」
上機嫌に笑いながら、ロナ伯爵はこともなげに言った。
お見合い当日までのたったの一週間で個室の予約を取るために、ロナ伯爵はかなり無理をして有力者や店の関係者に頼み込み、特別な手当てを支払う必要があった。
もちろん労苦はおくびにも出さない。
虚栄心を満たす意味でも、彼の事業に有利に働くという意味でも、王国で指折りの名家であるカナリー家と縁を持てるのは魅力的だった。
「ロナ伯爵ったら、2時間も前にお店に来られましたのよ」
テーブルを挟んで直角の席に陣取ったスキャロップ伯爵夫人が即座に助力をした。
「席の確認にメニューの内容を改めて、火事が起きたときのために避難路まで確かめておられましたの」
「それはそれは。伯爵はご息女のことを大事に思っておられるのですな」
「ははは、小心者なだけでして」
カナリー子爵に上座を譲りまでしたロナ伯爵は、へつらいに近い笑いを浮かべた。
品よく振る舞っても、何としてもこの縁談をものにしてやるという執着は隠しようもない。
「その……子爵は今度の話は大変前向きに考えてくださっていると聞き及びましたが、私もそのつもりでおってよろしいのでしょうか」
「もちろん本気ですとも」
中年に入り始めたばかりの子爵は篤実にうなずいた。
「高貴なお方からのお話とあっては、王国の藩屏として喜ばしい限りです。素晴らしい良縁に違いありません」
「おぉ、それを聞いて安心しました!」
「は。しかし私にはその、前妻との間に小さな娘がひとりおりまして……。不安がないと言えば嘘になるのですが」
「ああ、ご心配なく。娘はあれで子供好きなのです! すぐに仲良くなりますとも」
お見合いはまだ始まっていないというのに、当人そっちのけで盛り上がる二人。
仲人として会話からは一歩身を引きながら、スキャロップ伯爵夫人は時間を気にし始めた。
「……もうすぐお時間ですわね」
少し気を揉むようにして部屋の扉の方へとちらちら目をやる。
「ど、どうも支度に時間がかかっているようでして……。不出来な娘で申し訳ありません」
「いえいえ、女性の支度に時間がかかるのは当然でしょう」
苛立つそぶりなど全く見せずにカナリー子爵は言い切った。
この縁談は成功する、と伯爵夫人が直感した時。
扉を子気味良くノックして、ヘッドウェイターが入室してきた。
この店の接客責任者であるはずの彼は、何故か強張った声で報告してきた。
「失礼致します。お連れの方がお見えのになりました」
「おお、そうか! すぐに通してくれたまえ!」
内心やきもきしていた伯爵は一も二もなく飛び付く。
が、壮年のベテラン従業員の顔には困惑の表情が浮かんだ。
「……よろしいのでしょうか?」
「は? 何を言っとるのかね?」
よろしいも何もあるか、と言いたいのをぐっとこらえて伯爵はヘッドウェイターにうながす。
観念したかのように一瞬だけ目を閉じて、ヘッドウェイターは廊下で待っていた新たな客をうやうやしく招き入れた。
「遅いじゃないか、レセディ。子爵はずっとお待ちだったのだぞ、お詫びしなさい!」
自分の父性と威厳を誇示するかのように、ロナ伯爵は声を上げた。
「いやいや、遅れて申し訳ない!」
……が、返って来たのは予想とは全く異なる返事だった。
「……ん?」
「ちょっと服を選ぶのに迷ってしもうた! 何しろ初めての経験なのでな!」
ヘッドウェイターが頭を下げる横を通り抜けて、小柄な女性が入室してきた。
たっぷりとしたボリュームのある髪を二つに分けてツインテールにし、少女と見まがうばかりに幼い顔つきと小柄な体格の持ち主だ。
しかし身長に見合わぬ豊満な体をアフタヌーンドレスにしては豪奢過ぎる装いに包んでいる。
彼女はこの店の格式と雰囲気にそぐわぬくらい、うきうきと非常に上機嫌な表情をしていた。
「……えっ誰?」
娘とは似ても似つかぬ姿に、ロナ伯爵はぽつりと漏らした。
それを聞いた入室者の表情が、獲物を見つけた蛇そっくりのものに目まぐるしく変わる。
「なんじゃロナ伯爵。ワシの顔を見忘れたか? ……ああそうか、おぬしの前に出たときはメイドの格好しとったんじゃった」
「きゅ、キューレット大公夫人!?」
スキャロップ伯爵夫人が驚愕の声を上げるのと、3人がぱっと椅子を立つのとはほぼ同時のタイミングだった。
根っからの貴族である彼らは、骨の髄まで王室への敬意と服従が身に染みている。
「ああ、よいよい。気にするな、休め。ワシは遅刻した身じゃ」
くるぶしまであるドレスの裾を揺らしながら、大公夫人は平然とテーブルの下座に座った。
本来タイミングを合わせてホストであるロナ伯爵が椅子を引くべきところなのだが、この役は呆然とする彼に代わってヘッドウェイターが務めた。
「お見合いなんて生まれて初めてじゃ! 意外と心躍るのう、今日は楽しもうぞ!」
にこにことしながらワインのリストを受け取る大公夫人に対して、直立不動の姿勢のままロナ伯爵は勇気を振り絞って尋ねた。
「た、大公夫人。お出まし頂けたことまことに恐縮なのですが、本日この席は私の娘のお見合いでして……」
「おぅ。もちろん知っとるぞ」
リストから顔を上げもせず、平然と大公夫人は答えた。
「あの、娘は一体どこへ……?」
「レセディ嬢はちょっと用事があるそうでな」
「よ、用事?」
「で、ワシが代役を引き受けた」
「「「代役ぅ!!?」」」
本来お見合いの席で出てくるはずのない単語を3人が同時にオウム返しにする。
「だって折角のお見合いじゃぞ。すっぽかしたりして待ちぼうけを食らわせたら、お主らに気の毒じゃろう」
「は、はぁ……」
目の前で起こっていることが信じられない3人は、『そういう問題かよ』という喉まで出かかった言葉を辛うじて飲み込んだ。
「まぁ悪いようにはせんから、そのつもりでおれ。 いい加減そろそろ座らんか、落ち着きのない」
「「「……」」」
幽霊を見た時のような表情で3人はのろのろと椅子に座り直す。
余裕しゃくしゃくのまま、大公夫人はヘッドウェイターを改めて近くに呼んだ。
「とりあえず乾杯するか! ……なんじゃ、あんまり良いワインないのう」
王都で最高の格式を持つレストランのワインリストを流し見て断言する。
「とりあえず白ワインと発泡ワインの一番高いやつ持ってきてくれ。ボトルでな」
下層階級の労働者の年収に匹敵する価格設定がされたワインをこともなげに注文すると、大公夫人は青ざめた顔の同席者たちを少し不機嫌になって見回した。
「どうした、ワシのオゴリじゃ。遠慮なく好きなもの頼まんか!」
唇をとがらせたあとで、夫人は自分の勘違いに気付いたかのように目を丸くした。
「おお、そうか! 失敬! これはお見合いじゃったな!」
ぱっと豪奢な羽飾り付きの扇子を取り出すと、口元を隠しながら対面に座る子爵に艶でうるんだ流し目を送る。
大公夫人にとっては、それがお見合いに臨む花嫁候補に相応しい仕草のようだ。
「……それで、子爵のご趣味は何じゃ?」
この人は本気だ。
そう悟った大公夫人以外の3人は、自分の血の気が引いていく音が確かに聞こえた気がした。
――――――王国史上最悪のお見合いはまだ始まったばかりだった。




