6_11 裏側
父も伯爵夫人も最後まで笑顔が絶えず、とんとん拍子でカナリー子爵とのお見合いは一週間後に決まった。
さっそく王都でも最高のレストランの予約に人を行かせたり、今から結婚式の心配まで始めたりと、もう縁談が成立したかのような様子だった。
「……やれやれ、これで肩の荷が下りた!」
伯爵夫人を見送ってから、父親はどっかりと椅子に腰を下ろした。
本当に安心しきっているようで、深々と息をつく。
「しかしスキャロップ伯爵夫人とお前に縁があったとはなぁ。いやいや、何が幸いするか分からんもんだ」
「……」
「ともかくあの方に任せておけば万一にも心配はあるまい。これまで何件も結婚を仲介して成功させておられる方だ」
にまにまと喜色を浮かべる父に向かって、私はそっと告げた。
「お父様、ちょっと出かけてきます」
「お、おい。今からか?」
もう夕方になっているのに外出しようとする娘に、父は軽く眉を上げた。
「ちょっとお世話になった方のところに」
「そ、それなら良いが。これからはあまり羽目を外さないよう慎まねばならんぞ」
「……」
「何せ名家の夫人になるんだからな!」
大笑いする父に何も言う気にはなれず、私はそっと部屋を離れた。
<<ある意味幸せな人だな、親父さん>>
後からついてくるタヌキが見下げ切るような声で断言した。
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大公夫人の屋敷についたころには、もう日は沈みかけて空気は赤く染まっていた。
「おう。来たか」
居間に通されると、大公夫人が沈んだ声で迎えてくれた。
ちんまりとした体を大きな豪華なソファーに、ぐでーっと寝そべるように預けている。
「マダマなら出かけとるぞ。領地に出かける支度をするとかで買い物に行っとる」
「そうですか……」
「そなたに会いたくないんじゃろ」
手振りで私に向かいの椅子をすすめながら、大公夫人は言い切った。
「スキャロップ伯爵夫人の仲介で、カナリー子爵からお見合いのお話が来ました」
「ああ、そうか」
いきなり本題に入った私に、大公夫人はさして興味もなさそうにうなずいた。
「スキャロップ伯爵夫人に斡旋されたのは……」
「そうじゃ。ワシが口を聞いた」
悪びれもせずに言い切られる。
伯爵夫人の口ぶりから薄々分かっていたことだが、改めてはっきりと言われると胸の奥がずきんと痛んだ。
(どうして……!?)
なかなか言語化できなかった内心だが、今でははっきりと分かる。
大公夫人が私を他の家に嫁がせようとしたことに、私は見捨てられたような寂しさを覚えている。
『そなたをマダマの嫁に考えておる』だなんて大公夫人の話を真に受けていたわけではもちろんない。
しかし、いつの間にか私は彼女やマダマさまと一緒にいることが居心地よくなっていたのだ。
マダマさまが領地に赴任して、軽々しく会えなくなっても、なんとなくその関係は続いていくのだと密かに期待していた。
それをあえなく断られて、迷子になった子供のようなうそ寒さが心にどんどん広がっていった。
「……マダマから頼まれた」
大公夫人にしては珍しく少しばつの悪そうな顔になった。
「…………マダマさまが!?」
「そうじゃ。マダマがワシに頼み事をするなんて久しぶりじゃったぞ」
ソファの上で大公夫人は身をよじって、真っすぐに座り直した。
「あやつめ、いきなりワシの部屋に来てな。『レセディに結婚相手を見つけて欲しい』と頼みこんできおった」
「…………」
「言いながら泣き出しおったわ。あの未熟者め」
まるで目の前にマダマさまがいるかのように、苦々しく大公夫人は吐き捨てた。
「ラトナラジュ家の流儀がどういうものか、全く分かっておらん!」
深々とため息をつく大公夫人をよそに、私は内心では密かに腑に落ちるものがあった。
『恩返しできるものが自分にはないことが残念だ』
確かにそう言っていた。
だから大公夫人にすがって、私の身が立つように頼み込んだのだ。
少年なりに自分の力では返せない義理を果たすために考えた結果なのだろう。
12歳の男の子にとってそれは簡単な決断ではあるまい。
「マダマさまは……」
感嘆とも呆れとも敬意ともつかない、様々な色をした感情がこみ上げてきて言葉を切ってしまう。
「立派すぎます」
「ワシもそう思う」
大公夫人はうなずいたが、これ以上長くこの話を続けるつもりはないようだった。
「とにかく、そなたに頼めることはもうない。あとのマダマの面倒はワシが見る。そなたは自分のことだけ考えよ」
そう言って大公夫人は手の中の扇子でドアを指し、軽く辞去するようにうながしてきた。
「――――――ようやってくれた」
椅子から立ち上がる私にかけられたそれが、大公夫人の決別の言葉だった。




