6_10 仲人
「……とにかく仲人さんがお待ちだ、早く支度をして応接間に出てきなさい!」
そう父親が急かして部屋を出て行ったので、私は慌てて着替えた。
鏡台の前で髪を整えながら、ついつい裏が読めずに眉間にシワを刻んでしまう。
「どういうことなのかしら……?」
<<分からんが、チャンスじゃないか!>>
ブラシを片手に長い金髪相手に格闘振している私に、タヌキが飛び跳ねるようにして近づいてくる。
<<渡りに船だ、このままあのおばさんに話進めてもらってさ! そのなんとか子爵と結婚しちまおうぜ!>>
「確かに良いお話なのは間違いないのよね……」
相手が初婚ではなくこの年で継母になるというのは気が進まないが、それを差し引いてもよだれが出そうなくらい美味しい話だ。
何せこの国では女は普通結婚しなければ一人前とはみなされない上に、更に夫のステータスというものが関わってくる。
王国創建以来の貴族当主といえば、総数二桁もいない文句なしのセレブである。
社交界の評判最悪で行き遅れの私にとっては本来望むべくもない話だった。
「……」
<<おいおい、嬉しくないのかよ>>
だが、気分は晴れない。
胸の奥底に暗い気持ちがよどんで、黒く濁っているようだ。
何か釈然としない。
そう思わずにはいられなかった。
<<修道院に入れられないように結婚相手を探すって決めてたはずだろ?>>
「……いいえ、なんでもないわ。そうね、あなたの言う通りよ」
理屈でいえばタヌキの言う通りだ。
父親の言うようにこれこそ本当に最後のチャンスかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、私はブラシを握る手に力を込めた。
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「まぁ! レセディ嬢、お久しぶりね!」
応接間に入るやいなや、上機嫌な声が響き渡った。
「ど、どうも……」
園遊会以来のスキャロップ伯爵夫人だ。
相変わらずの巨体を揺すって、人の良さそうな笑顔を顔中に貼り付けている。
「先日は本当にお世話になりましたわ! あなたは命の恩人よ!」
「お、大げさな……」
「いえいえ、とんでもない。あなたに勧められた治療法で毎朝散歩するようにしたら、とても調子が良くなったの!」
「そりゃようござんした……」
「夜もぐっすり眠れるし、体もなんだか軽くなった気がするし、もっと早く始めれば良かったと悔やむほどですわ!」
<<単に運動不足だったんじゃねーの?>>
ついてきたタヌキが余計なことを言ったので、私はうっかり反応しないように顔面筋を頑張らせなければならなかった。
「本当でしたらすぐにもお礼にうかがうところでしたけれど、手ぶらで恩人のところへうかがう訳には参りませんでしょう?」
豪快そうな見た目の割に義理堅いだ。
大ぶりな造形の顔の部品をころころと変化させて、伯爵夫人は内緒話をするように声のトーンを落とした。
「ぜひとも良い縁談をお持ちしなければと、私心に決めましたの! 苦労自慢ではないですけれど親戚や友人ほうぼうに声をかけましてね……」
「はぁ」
「カナリー子爵が結婚を考えておられるという話を聞きつけて、何度もご本人のところへ通ってあなたのことをお話しましたの!」
あっけらかんと伯爵夫人は言った。
個人情報の保護なんて概念がないとはいえ、あっさり第三者のところへ縁談の話を持ち込む神経の図太さに思わずたじろいでしまう。
「でも残念なことに。カナリー子爵はその……亡くなられた奥様にまだお気持ちがおありのようで、すぐには良いお返事をいただけませんでしたの」
言葉を濁したが、つまり子爵本人は乗り気ではなかったということだ。
まあ普通の反応だろう。家格では子爵家より上の伯爵家の娘とは言っても、私はやらかした行き遅れだ。
「……それが、昨日突然事情が変わりましてね」
いたずらっぽく扇子で口元を隠しながら、伯爵夫人は目を輝かせた。
「カナリー子爵ご本人が訪ねていらして、結婚を前提にしてお付き合いを始めたいとお話を頂けましたの!」
「……?」
私は思わず眉をひそめてしまった。
一体子爵の中でどんな心変わりがあったというのだろう。
「それでこうしてうかがった次第ですわ。 私も何人も仲人を務めさせていただきましたけれど、今回はとびきり良いお話をお持ちできて鼻が高いわ!」
「は、はぁ……」
生返事を返した私の表情を読み取ったのか、伯爵夫人は身を乗り出すようにして続けてきた。
「……実はここだけのお話。さる高貴なお方から直接お言葉を賜っておりましてね」
「……さる高貴なお方?」
「その方からも『あなたのご縁談に力添えするように』と命じられましたの」
私と接点がある高貴な方で、実力者の伯爵夫人のそんな命を下せる人物といえば、一人しか思いつかない。
「いや、突然のことで私も驚いたの何の! また倒れるかと思いましたわ!」
伯爵夫人は自分の冗談で大笑いを始めた。
「……」
そういうことか。
私は子爵と伯爵夫人の背後で誰が動いていたのか、ようやく察しがついた。
しかし、その理由が分からない。
「それではお見合いの日取りを決めましょうか。子爵はなるべく早くにお会いしたいとおっしゃておられますわ」
「いや、こちらこそ願ったりかなったりです! 是非最高の場所で一席を設けさせて頂いて、子爵をお迎えしたい!」
あとは父親と伯爵夫人の間だけで話が盛り上がった。
私は対岸の火事のように、ぼうっとそのやり取りを眺めていた。
頭の中は『なぜ?』という単語で満たされたままだった。




