5_20 薬、完成!
王都に着いたときには、もう時計は午後を大分回っていた。
体は十数時間も洗濯機の中でかき回されたようにくたくただが、本当にやるべきことはこの後に残っているのだ。
「うー、でも流石に体痛くなってきた……」
ずっとシートの上で体が固まってしまったので伸びをする。
関節がゴリゴリと音を立てるようだった。
<<大丈夫か?>>
「弱音なんか吐いてられないわよ……一番肝心なのはこれからなんだから」
これから薬を調合してマダマさまに飲ませなければならない。
ここでしくじれば全部が終わる。
下手をすれば私の飲ませる薬のせいで王子様の命が失われかねない。
気を引き締めてかからねば。
「着きました!」
大公夫人の邸の車止めへ馬車が飛び込んでいった。
ベリルが疲れを感じさせない動きでドアを開け、馬車の外へ飛び出す。
「お疲れさまでした!」
「幸運を祈ります!」
「マダマ様をどうかお願いします!」
交替でここまで運転してきてくれた御者たちが立ち上がった。
馬を扱う仕事らしくみんな体力自慢の屈強な男たちだが、十数時間手綱を握り続けてきた疲労の色は隠せないようだ。
それでも懸命に声をかけてきてくれた。
「ありがとう! あとはゆっくり休んで! ……えーと、バランさんとアドンさんとサムソンさん!」
「……名前はアンドリューですが」
「カイヤ」
「シリマールです」
適当に名前を呼んだら訂正されてしまった。
「……っ」
<<何やってんだか>>
笑顔でごまかしてぶんぶん手を振ってから、タヌキと一緒に屋敷の中に駆け込んだ。
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「すぐに薬を作るわ、台所へ行ってるから!」
「では私は大公夫人に到着を知らせて参ります!」
ベリルと声をかけあって確認し合ってから、私はもう勝手知ったるこの家の台所へ向かった。
となりについてくるタヌキに向かって確認する。
「確かこの木の皮のままでも、薬になるのよね!?」
<<ああ、キニーネはそのままの状態で皮に含まれてる! 充分効き目があるはずだ>>
「じゃ、マダマさまにかじってもらえば良い訳?」
<<病人が木の皮をかじるのは難しいだろ……。抽出して飲みやすくしよう>>
革袋からキナノキの皮を調理台に取り出して、とりあえず包丁やらボウルやら使いそうなものをざっと用意する。
<<キニーネは非水溶性アルカロイドで水には溶けにくいんだ>>
とりあえず水につけようとして、タヌキの注意ではたと手が止まった。
<<普通は塩酸か硝酸で抽出した後で中和して塩化するんだが……時間も道具もないな>>
「どうするのよ!」
<<酢を使おう>>
「ス?」
<<なるべく細かく刻んで、酢で溶かそう>>
化学の実験みたいな単語ばかりが出てきたところで思わぬ指示が来て、私は面喰った。
「ワインビネガーならあるけど」
<<充分だろ。濃縮した酢ならPh3近くはあるはずだ>>
「白と赤どっちがいい?」
<<どっちでも! いや、なるべく酸っぱいPhの高いやつで!>>
台所にあったワインビネガーの一番強そうやつをボウルに開ける。
「それで木の皮を漬ければ言い訳?」
<<その前に計量してくれ。キナノキの皮の正確な重さが知りたい>>
薬を作るとなれば当然だろう。
私は戸棚の中を探してから、ばねばかりを見つけ出した。
現代日本にあるような台の上に置くタイプのものではなくて、釣り下げて重さで伸びたバネが目盛りを示す単純なタイプの釣り秤だ。
手で折りたたんで、なんとか受け皿の上にキナノキを乗せる。
「全部合わせて800……825グラムね!」
<<……この世界ってキログラムで計量すんの?>>
「どうでも良いところで突っ込まないでよ!」
<<あっハイ>>
原作漫画【ダイヤモンド・ホープ】は創作の世界なのに、度量衡の基準ががややこしかったら読者が混乱するだけではないか。
少女漫画作者らしい細かな配慮も知らずに細かいところにこだわって……このオタクめ!
<<えーと……確かアカキナノキのキニーネ含有量は8%だったはずだ>>
誤魔化すようにタヌキがぶつぶつと計算し始めた。
<<つまり樹皮が800gあったとしたら、単純に考えて64gのキニーネを含んでる訳だ>>
「どれくらい必要なの?」
<<キニーネの処方は1日1グレイン……薬1gを数回に分けて飲むのが基本だ>>
「ってことは逆算して……」
<<12.5gの樹皮を測ってそれをみじん切りにする。それで1日分だ>>
ばねばかりは伸び縮みするのでちょっと測るのが難しかったが、なんとか細かく刻んで言われた量を取り分けた。
<<あとはなるべく細かくキナの木を刻んで入れる。少しでも薬効成分を抽出しよう>>
包丁で硬い木の皮をみじん切りにするのはなかなか難儀だったが、なんとか細かくして酢の入ったボウルの底に沈める。
トングを使ってかき混ぜて、木の皮の沈んだ酢が出来上がった。
命を救う熱病の特効薬にしては地味な見た目だ。
「何か見た目は何の変哲もない酢って感じなんだけど……」
<<キニーネ自体は無色無臭だからな。後は飲みやすさと糖分補給のために砂糖水に薄めて……>>
「薬ができたか!」
と、そこで台所にメイドたちを引き連れて大公夫人が乗り込んできた。
「材料は? ……はぁ、木の皮を酢に浸けた? そんなものを仮にも王族の男子に飲ませるつもりか!」
大公夫人はボウルに入った木の皮入りのワインビネガーを見て眉をひそめた。
私でも予備知識なしでこれが薬だと言われたら疑ってかかるだろう。
「それにマダマはもう相当弱っておるぞ……。 酢なんて刺激が強いものを飲ませたりして大丈夫か?」
「これから砂糖水で……」
「ええい、よこせ! ワシが毒見をする!」
「あっ」
大公夫人はやきもきした様子で、ぱっと自分の指をボウルにつっこんだ。
止める間もなく舌に押し当てる。
こういう時使用人や家来に押し付けたりしないのは立派な人だな、と思っていると。
「――――――ッ!?」
少女らしい大きな目をした大公夫人の顔がめまぐるしく変化した。
同じ苦みを味わった体験者として気持ちはよく分かる。しかも今度は刺激性の酢に漬かってまでいるのだ。
「ぐおおおぉぉぉっっっ!」
ケダモノのような咆哮を上げて、大公夫人は流しに向かってツバを何度も吐き捨てた。
「み、水! 水をくりゃれ! し、舌の感覚がなくなりそうじゃ!」
メイドたちに介抱されながら何度もグラスの水で口をゆすいでから、『信じられない』といった目でこっちをまじまじと見てくる。
「ただの酢ではないのはよーく分かったが……。こ、こんなものを患者に飲ませる気か!?」
「これから砂糖水で薄めるんです」
「それを先に言わんか!! ……わ、分かった。もう良い、早く持っていけ!」
もう怒る気力も尽きたらしい。
ぐったりと肩を落としながら、大公夫人は台所の出口を指さしてきた。




