5_19 副作用
革袋一杯に剥いだキナの皮を詰め込んだところで、馬を替えた馬車が着いたとの知らせがあった。
「良い? 言った通り熱病にかかった人が出たらすぐに知らせるのよ!」
「蚊の駆除には万全を尽くされたい!」
植物園の職員たちにもう一度念押ししてから馬車に乗り込んだ。
新しい馬に交替したのと、昼間で見通しが良いこともあって馬車はこころなしか昨日よりも軽快に進んだ。
「…………」
なんとなく馬車の中は安堵した空気に包まれていた。
同じ困難な道行きでも、目標が目に見えたら足取りはなんとなく軽くなるものだ。
薬を手に入れたという結果が私たちの神経の糸を緩めていた。
「…………っ」
徹夜で馬車を流石のベリルも疲れていたらしい。
向かい合ったシートに腰を下ろして、うつらうつらと頭が櫂をこぎだしている。
警護官の職責を果たそうと頑張ってはいるが、睡魔との戦いでは今のところ劣勢のようだ。
「ふぅ」
……私も疲れた。
流石に夜通し馬車に揺られてろくに眠れないのはきつい。
しかもこれからまた半日かけて王都の大公夫人の邸へ戻らねばならないのだ。
私もベリルを見習おうかと思って息をつく。
「とにかくこれで一安心ね、薬は手に入ったんだし」
明るい声を出したが、隣のシートの上のタヌキは難しそうな顔で中空を見上げていた。
「どうしたの、何が心配なの?」
<<ん? あ、ああ……>>
言いにくそうにタヌキは口をもごもごと動かした。
楽観的な気分はさっと消え去って、急に不安が押し寄せてくる。
「まさか間に合わないって言い出すんじゃ……!?」
薬を作るのにものすごく時間がかかったりするのだろうか?
タヌキの説明通りの病状なら、マダマさまはおよそ48時間間隔で発熱と解熱を繰り返しているはずだ。
次の発熱までに薬が間に合わなかったら……恐ろしい予感がぞっと背筋を撫でた。
<<熱帯熱マラリアは発熱間隔が不規則な傾向が強いから断言できないけれど……今までの経過から見れば余裕はあると思う>>
「じゃあ何が心配なの? まさか『効かないかもしれない』とか言い出すんじゃないでしょうね?」
<<それは心配してない。キニーネはマラリア原虫に対する特効薬だ。耐性がない限り経口摂取で血管中の無性生殖体を殲滅する>>
言っている意味は良く分からないが効き目は抜群らしい。
じゃあなぜタヌキの表情は晴れないのだ?
「何が心配なのよ?」
<<今まで言わなかったけれど……副作用があるんだ>>
タヌキが重々しく口を開いた。
「副作用?」
<<苦くて恐ろしく飲みにくい上に、頭痛やめまい、耳鳴りに発疹……。聴覚障害に精神作用まである>>
「せ、精神作用って……」
<<酷くなると内臓や血液に障害まで起きる。患者の苦痛が大きいから合成薬ができると使われなくなってきた薬なんだ>>
思わずキナノキの皮が詰まった革袋に目を落とした。
そんな劇薬を使わざるをえないというのか。
<<一番怖いのが過剰摂取だ。このキナノキの皮がどれくらいのキニーネを含有してるのか確かめようがない>>
「まさか、薬を与えたせいで死んじゃうって言うんじゃないでしょうね!?」
<<成人でもキニーネ投与で中毒を起こした例や死亡例があるんだ>>
思わず声が上ずってしまった私に、タヌキはあくまで冷静に答えた。
<<熱帯熱マラリアで消耗した王子様が耐えられるか、断言できない>>
「……」
<<でも慎重に投薬し過ぎても、血中にマラリア原虫が残ってたらまた発熱を引き起こすかもしれない。そうなったら薬で体力を消耗した体はもっと危険な状態になってる>>
まるで楽観できないということではないか。
手にした革袋がずしりと重くなった気がした。
(私のせいでマダマさまが死ぬかもしれない……?)
今更ながらに自分がしようとしていることの責任に気付いた。
病床の少年の命が今手の中に握られていて、一歩間違えれば永遠に失うことになりかねないのだ。
王都に帰るまでの長い移動時間、頭の中でずっとそのことを煩悶し続けていた。
次回は今夜追加します。




