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5_18 キニーネ

 『どうしても園長に話を通さなければならない』と職員が泣きつくので、仕方なくベリルに同行してもらい許可を得てもらうことにした。

二人が事務所へ向かったその間に物置へ向かって、剪定用の大きなナタを拝借する。

もちろん今のうちにキナノキを手に入れるためである。



<<良いのか、まだ無許可だぞ>>

「緊急時よ。事後承諾ってことで!」

<<それ、通ると思う!?>>

「怒られたら最悪馬車で逃げましょ!」

<<よし、分かった!>>



 例のバナナの林のそばを通り抜けて、マダマさまが話していた背の高い木のエリアへ駆けていく。


<<! 止まれ、これじゃないか!>>

「これが!? キナノキ?」



 タヌキが短い脚を踏ん張って急停止した。

その丸い目が見上げる先には、私の身長の倍以上もある高さの細い木が立ち並んでいる。

枝先は赤く色づき、小さな白い花が無数に開花していた。

 

 

「こんなに大きな木だったの!?」

<<キナノキは30メートル以上に育つことだってあるからな>>

「そんなに」



 思わず尻込みした。

苦労して持ってきたナタだが、果たして私の腕力で太刀打ちできるだろうか?

どう手をつけたものか思案している間にも、タヌキはうろうろと歩きながらその木の特徴の観察を続けていた。



<<アカキナノキみたいだ>>

「えっ、何? 種類があるの?」

<<キナノキは20種類以上あるけどキニーネが含まれてるのは3種類だけなんだ>>

「!? 何それ、初めて聞いたわよ!?」


 

 今目の前にあるのが、薬となる木でなければ完全な無駄足ではないか!

よく見ると目の前にある木たちは一種類ではなく、似たものが何本も植えられている。

樹皮の色だったり、高さだったり、花の色だったり、細部が違っている気がした。

なんてことだ。輸入されたキナノキは一種類でないらしい。


 慌ててタヌキが見上げていた一本、がさがさとした樹皮に手を当てた。



「これはどうよ!?」

<<一番キニーネ含有量の多いアカキナノキに見える!>>

「見えるって何!?」

<<……多分そうだと思う!>>

「多分って何よ!」



 自信なさげなタヌキにいら立ってしまう。



<<分からない、図鑑でしか見たことがない!>>

「はぁ!? あなたに分からないなんて言葉があるの!?」


 

 私としてはタヌキの知識が頼みの綱なのにそこがふらついては困る。

が、タヌキはじっと見上げるばかりで不安げな顔は一向に晴れない。

どうしても確信が持てないようだ。



「なんとかしてキニーネが入ってるのを選ばないと」

<<とても全部の皮を持ち帰って試してる暇はないからな……>>

「でも確かめる方法なんか…………あったわ」


 業を煮やしてつぶやいていると、あることを思いついた。

それは突拍子もない思い付きで、ひどく単純で乱暴なやり口で、しかもそれでいて確実とはいえない不確かなものだった。

はっきり言ってアイディアとも呼べないものだが、今はそれにすがるしかない。



<<何か思いついた?>> 

「……昨日の話だと、キニーネって苦いのよね?」

<<ああ、キニーネは味覚の研究じゃ苦みの標準物質に使われてるくらいだ>>



 タヌキが不思議そうに見上げてくる。



<<それで? どうするんだ?>>

「こうするのよ!」



 意を決して、ごつごつした目の前のキナノキに噛みついた。

口を開き過ぎてアゴが痛くなるのを我慢しつつ、どうにかして犬歯を木の肌に押し当てる。

何せ木の皮をかじり取るなんて産まれて初めての経験なので手間取ってしまった。

が、なんとか欠片をこそぎ取って口の中に取り込むことに成功した。



「うっわ、まっず……!」



 私の蛮行を見たタヌキが唖然としているのが分かったが、今はそれどころではない。

繊維質の塊を歯で噛み潰してその汁を舌に乗せるまで、婚約破棄をしたときと同じくらいの勇気が必要だった。

瞬間。

苦みが微細な刃物のように鋭利に姿を変えて、舌全部を刺し貫いた。



「!?」



 反射的に樹皮を吐き出す。

それでも舌の根本までびりびりしびれて、脳天まで衝撃が駆け上がって一瞬足元がふらっとした。

配電ケーブルをかじってしまったネズミの気持ちが分かったような気がした。



「うわっ、にが、にっが! し、しびびび……水! 誰か水ちょうだい!」

<<お、おい。大丈夫か?>>

「ぺっ、ぺっぺっ! ……間違いないわ、普通じゃない! この味は何かやばいものが入ってるわよ!」

<<…………>>

「? どしたの?」

<<いや、アンタすげーよ>>



 つぶらな瞳をまんまるにして、タヌキはしみじみと感嘆した。

正直こんなことで感心されたくなかった。



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 その後、戻ってきたベリルと職員たちに頼んで大き目の枝を何本か切り落としてもらった。

持ち帰りやすいように樹皮を厚めにナイフで切り離して、革袋に包んでもらう。



「レセディ嬢。どうかなさいましたか?」



 その作業を見守りながらこっそりハンカチで舌をぬぐっていると、めざとくベリルが声をかけてきた。



「え、ええ。なんでもないの。ちょっと気が緩んじゃったみたい」

「左様ですか。しかしどうやってこの種類の木が薬になることをお知りになったのです? 私は不勉強にしてそんな話は一度も聞いたことがありません」


 

 敬意のこもったきらきらとした目でベリルはたずねてきた。

マダマさまを助ける希望がつながりそうで興奮しているようだ。

喜ばしいことだが私としてはあまり追及されたくないことでもある。



「え、えーと。子供の頃に読んだ本に書いてあったの。タイトルも忘れちゃったけど」

「それにしてもよくこの一本が薬になる木だと判別できましたね。私の目には、周りのどれも同じような種類の異国の植物にしか見えません」

「うっ!」



 まさかかじって味を確かめたとは言えない。

サルの餌を盗み食いして木の皮をかじったとなれば、父親風に言わせればロナ家末代までの恥ではないか。



「いったいどうやって……」

「企業秘密よ」

「は?」

「企業秘密だから教えられないわ。早く作業に戻って!」

「は、はぁ、分かりました。……キギョウって何ですか?」



 ベリルの最後の質問を無視して、私は悪役令嬢らしく仁王立ちしながら口の中の苦みを噛み潰していた。

ようやく仕事が落ち着いてきました。

次回は明日追加します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 医者も知らない未知の病気を診断して、治療薬を作る。 これ、マラリアを治療出来てもレセディが「毒を盛ってマッチポンプした」って疑わわれないだろうか?
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