5_17 南京錠
ローワーガードルの植物園に着くころには、もうすっかり日は高くなっていた。
正門前でタヌキとベリルを連れて馬車から降りると、御者に手振りで発車するよううながす。
彼らには別の役目があるのだ。
「我々は別荘で馬を替えてきます!」
「お願い、その間に私たちは薬を手に入れてくるわ!」
流石に疲れの色が隠せない馬たちが最後の力を振り絞って石畳の上を走っていった。
それを見送ってから植物園に乗り込もうと、鉄柵でできた門扉に手をかける。
「んっ!?」
門扉は思わぬ抵抗を見せてきて、その場でたたらを踏んでしまう。
見るとその中央には単純な構造の南京錠がかけられ、しっかりと閉ざされているではないか。
「はぁ!? まだ開園時間じゃないっていうの!?」
「いえ……ひょっとして……休園日なのでは?」
ベリルが青ざめた顔で口にした。
確かに鉄柵の向こうの園内にも、観光客や職員の姿が全然見受けられない。
見渡してもお知らせの看板も開園日のカレンダー表示もないという外国らしい不親切さだが、とりあえず開放するつもりはないのは事実のようだ。
「休み? こんなときに!?」
人の命がかかっているというのになんて間の悪い。
「誰かー! いないの!? ちょっと開けて、温室で採取したいものがあるのよ!」
大声で鉄柵の向こう側に呼び掛けるが、庭の奥からも事務所らしい建物からも人が出てくる気配がない。
タヌキが心配気に見上げてきた。
<<お、おい。こんなところで手間取ってたらまずいぞ>>
「分かってるわよ! ……あ、ごめんベリル。あなたに言ったんじゃないの」
「は、はあ?」
「どうする? どこかで木にでものぼって、柵乗り越えて侵入する?」
「いえ、そんな時間はありません。念のためお下がりください」
腰の軍刀に手をかけて、ベリルは決然として言った。
その有無を言わせぬ迫力に、何も言えずにタヌキと数歩あとじさりする。
ベリルは大振りな軍刀を全て引き抜くと、まるで空から糸で垂らしているかのように正確に垂直に頭の上に構えた。
「――――――ふっ!」
白刃一閃。
全身の関節と筋肉を見事に連携させて、ベリルは軍刀を振り落ろした。
軍刀が鉄柵の間を通り抜けたと思うや否や、金属同士がぶつかる嫌な音がした。
火花が飛び散る。足元でタヌキが思わず尻尾をぴんと立てるのが分かった。
斬撃を受けた南京錠は、潰されたカニのように歪んだ姿に変形していた。
「――――――ッ!!」
間を置かずに二度、三度と大上段の斬撃が繰り返される。
三度目の軍刀を受けて、たまらず南京錠は二つに割れて飛び散った。
門扉がふらりと回って隙間ができる。
<<やった!>>
「ベリル、すごい!」
思わず声を上げて門扉を開く。
女警護官は膂力や手柄を誇るでもなく、軍刀に刃こぼれや曲がりができていないか確認してから鞘に戻していた。
「お褒めいただくほどのことではありません。兄ならばもっと手際良く壊せていました」
「十分、十分。さっ、急ぐわよ!」
門内に飛び込んだ私たちは、一直線に温室へと向かった。
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幸運なことに温室のガラス張りの戸は開いていたので、その辺りの石を使って割る手間が省けた。
「くれぐれも蚊に気をつけるのよ!」
「はい!」
どんなに気を付けても刺される時は刺されるのが蚊だ。
分かってはいるが念のためにベリルと声をかけあってから、いよいよ温室の中に飛び込む。
この中にはマダマさまに熱病をもたらした悪魔に感染している蚊と、それに抗するための唯一の薬があるはずだ。
むっとする空気の中、通路を足早に進んでいると。
植物の世話をしていたらしい職員と鉢合わせた。
「な、なんですか! 今日は休園日ですよ!?」
「非常事態よ!」
「我々は親王殿下をお救いするための任務中である!」
吐き捨ててからその横を通り抜けようとする。
職員は止めるでもなく呆然としていた。
何せ私たちは不法侵入な上に、頭と手足にハーブを巻き付けニンニクを首から下げた奇天烈なファッションである。
思わぬことに職員が慌てるのも無理からぬことだろう。
「あっ、そうだ。最近職員の中で熱病にかかった人はいる!?」
っと、確認することがあったのだった。
「はあ? さあ、私は知りませんが」
「実はね、死亡率の高い危険な熱病を感染させる蚊がこの温室の中にいる可能性が高いの!」
「えぇ!?」
思わず職員は両手で自分の首筋を覆った。
「死者を出したくなきゃしばらく温室は閉鎖よ! あと全部の池に殺虫剤を撒きなさい!」
「わ、私にそんな権限はありませんが……!」
「じゃあ権限のある人に後で説明しなさい! 私はすぐ帰らないといけないしここで説明している暇はないから、詳しいことは王都のキューレット大公夫人の邸に聞きに来て!」
我ながら言っていることはめちゃくちゃだったが、実直そうな職員はぶんぶんとうなずいた。
「あと私たちはその熱病の解決策を探しに来たの。キナの木はどこにある?」
「キナの木……?」
「知らないの? えーと、なに? アカネ科の常緑小高木って言えば分かる?」
「池の向こうに、何年も前に南方から運んできたアカネ科の木が植えてありますが……」
職員は神妙な顔をした。
そしておずおずと聞いてくる。
「あの、もしかしてまた食べるんですか?」
「ええ、そうよ」
バナナの時のことを言っているのだろうが、今度はあの時とは事情がちょっとばかし違う。
苛立ちを覚えながら断言する。
「私じゃなくて王子様がね、召し上がるの」
今度こそ職員は目を丸くした。
次回は明後日までには追加したいです……。




