表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/405

5_15 馬車道

「薬があるかもしれんじゃと!?」



 自室のソファでくずおれていた大公夫人は、私の話が耳に入るやガバっと跳ね起きた。

囲んで慰めていた周りのメイドたちがたじろぐほどの豹変ぶりだ。

泣き腫らした目を驚きに見開いて食いついてくる。


「本当か、それは!」

「可能性の問題ですが……。でも方法はこれしかありません! 手に入れるために馬車を出して欲しいんです!」

「許す! 乗って行け! 御者もみんな連れていって良いぞ、交代で夜通し走らせるのじゃ!」



 体を揺らしながら大公夫人は即断した。



 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 

「ベリル! 貴女も来て!」



 車止めへ向かう途中で、回廊沿いの壁に手をついている女警護士が目に入った。

普段の凛とした態度からは考えられないほど背中を丸めて肩を落としている。



「……は?」

「えーと、マダマさまを助ける薬があるのかもしれないの!」



 声をかけた後で、慌てて誘った理由を探してしまう。

思いつめた表情のベリルを放っておいたら自殺してしまいかねない。

こういう時は目的と仕事を与えて気を逸らした方が良いのだ。



「……それは本当ですか!?」



 ベリルの眼にみるみる生気が戻っていって、こっちがかえって驚かされてしまう。



「それで自分は何をすれば!?」

「ローワーガードルの植物園に行くんだけれど……ひょっとしたら力づくになるかも!」



 暴力が必要な荒事になる可能性は低いだろうなとは思っていたが、今は嘘も方便である。

それに自分の名刺も持てない未婚の行き遅れだけが乗り込んでいくよりも、宮廷警護衛士の制服を着た人間がいた方が話は通りやすいはずだ。

相手が王立の公共施設ともなればなおさらだ。



「分かりました、それで誰を殺します?」

「殺さなくても良いから! とにかくついてきて!」



 腰の軍刀に手をかけて目を光らせだした女警護官の手を引っ張って、足早に車止めへ向かった。




 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「あ、痛たっ!」


 

 突如車体全部が振動し、私は客室の側面でしたたかに頭を打ち付ける羽目になった。

車輪が道のギャップか、石でも踏みつけたのだ。

王都とローワーガードルを結ぶこの道は舗装道路とは違うし、馬車のスプリングの性能も揺れを全て吸収するような性能はない。

ましてや今は夜道である。客室は時折シェイカーの中と変わらない有様になった。



<<大丈夫か!?>>

「へ、平気よ。血も出てないし」



 シートにしがみついているタヌキに、とっさの空元気で答える。

彼ももちろん青い顔で今にも擬死しそうだ。 

夜通し馬を走らせるというのは、言葉にするほど簡単なことではないと思い知った。



 馬は2時間ごとに休ませて水を飲ませなければ潰れてしまうし、御者の体力と集中力にも限界がある。

実際車体の前の方の御者席には手綱を握る1人の他に交代要員として3人の御者のうちに1人は長銃まで持ち込んでいた。

馬車強盗というのはこの世界では現実に存在する脅威なのである。



「宿場に替えの馬を用意させて、騎乗で走ればもっと早いのですが……!」


 

 対面に座るベリルは揺れをものともせずに歯噛みしていた。

これほどの強行軍だというのに彼女にとっては馬車の速度がもの足りないらしい。

もちろんそんな移動に私やタヌキがついていけるはずもないから無意味な仮定なのだが。



「どれくらいまで来たのかしら……!」

「今が午前3時ですから、行程の半分ほどです!」

「えっ、まだそれだけ!?」



 懐中時計で時間を確認したベリルに大声で答える。

馬車の振動と車輪の音でそうしなければ聞こえないのだ。

あと半分も洗濯機の中に放り込まれたような思いをする羽目になると思うとくじけそうになったが、もっと命の瀬戸際に立っている少年がいるのだ。

この程度で弱音など吐いてはいられない。

 


「とにかくこのまま急いで植物園に直行して、キナの木を見つけてこないと……」

<<ちょっと待った!>>



 当然のことを口にしたつもりが、タヌキががばっと体を起こしてきた。



<<朝になったらどこか店があるところで止まろう! 用意するものがある!>>

(はあ? そんな暇ないでしょ!?)



 対面のベリルに聞こえないよう小声でつぶやく。

聞こえるかは不安だったが、タヌキの優れた聴覚には十分な音量だったようだ。



<<よく考えろ、あの植物園にはマラリアに感染した蚊がウヨウヨしてるかもしれないんだぞ!>>

「あ」



 そういえばそうだった。

マダマさまが植物園の温室で感染した可能性が高い以上、私たちも同じ寄生虫を持った蚊に刺されない保証はどこにもない。



<<うかつに踏み込んで俺たちまでマラリアになったらどうする!>>

(でもだからこそ早く行って、『危ない蚊がいる』って職員に教えないとまずいでしょ!」



 これから夏である。蚊の一番活発な季節だ。

おまけに相手は一度刺されただけで感染するほどの恐ろしい病原虫である。

植物園の職員や訪れた観光客に次々とマラリアが広まり出したら、下手をすれば大規模感染だ。

国中が熱病にあえぐ患者になりかねないではないか。



<<もちろんそれも大事だけれど、キナの木があるのかないのかもはっきりしないんだぞ。マラリアの対策はまず蚊よけからってのが基本だ>>

(じゃあどうすんのよ? 防虫スプレーなんかないわよ!)



 この世界にはペープ●ットどころか蚊取り線香もないというのに、どうやって蚊を防ぐというのだ。



<<天然物質を使おう>>

「天然物質?」

<<現実じゃ欧州原産だったから、多分この世界にもあると思う。食材としてはごくポピュラーだからな>>

次回は明日朝8時に追加します。

仕事が繁忙期で時間がかかってしまいました。

平日に更新できるかはまだ見通しがつかないです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ