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5_10 マシュマロ

「隙間ができないように色紙で包んでリボンでラッピングすれば……。おぉ、なかなかじゃない」



 お土産用のマシュマロの包みが出来上がった。



「さーて、じゃあ準備してからマダマさまのところへお邪魔しましょうか」

<<準備?>>



 くちゃくちゃとマシュマロを噛んでいたタヌキが不思議そうに見上げてくる。



「そりゃ着替えなきゃいけないし。髪整えたり色々よ」

<<ふーん>>

「あなたも一緒に来てよ。マダマさまが喜ぶから」

<<そりゃ別に構わないけど>>

「じゃ玄関ホールで待っててね」



 タヌキに念押ししてから部屋に戻った。




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 ―――――――――――小一時間ほど経ってから。

 


「お待たせ。じゃ、行きましょうか」


 

 昼間用の外行きのドレスに着替えて、髪を整えてから。

トパースに馬車の用意をお願いしたついでに、タヌキを迎えに玄関ホールへ向かった。



<<…………?>>



 私の顔を見るなり、絨毯に寝そべったままタヌキは妙な顔をした。



「どうしたの?」

<<何かつけてる?>>

「ああ、これ? この間の誕生日にマダマさまがプレゼントしてくれた香水」



 折角だし、首筋や服にふりかけておいたのだ。

私からは植物性のおとなしめの匂いしか感じないが、鼻が敏感なタヌキにはちょっときつかったのかもしれない。

 


<<お見舞いに香水?>>

「何よ、私だって香水くらいつけるわよ。たまには」


 

 そりゃたまに金持ちぶった貴族がつけてる鼻の曲がりそうな匂いの香水だったりしたらお見舞いに控えるべきだろうが。

別につけるのはこれが初めてというわけでもないし。

私だって一応伯爵家の令嬢なのだ。



<<化粧もしてる?>>

「してるけど?」

<<へーえ?>>

「なによ。化粧くらいいつもしてたでしょ!?」



 タヌキが妙にゲスい顔をしてきたので、ついつい声を荒げてしまった。



「何が言いたいのよ」

<<別に何とも言ってないぞ>>

「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」



 靴の爪先でタヌキを小突こうとすると、さっと躱された。



<<動物虐待反対>>

「うっさい! とっとと行くわよ!」



(何よ、別に他意なんかないわよ!)



 相手が相手だから失礼がないようにしただけではないか。

何せこの国の王族の一員と、最大の領地と財産を持った貴族のところへお邪魔するのだ。

本当なら気軽にホイホイ訪問するのも考えられない相手である。

気を遣って当たり前だろう。



(……ちょっと待った。こんなこと考えてる時点で、まるで言い訳してるみたいじゃない!)



 タヌキが変なことを言うのでペースを崩されてしまった。

普通にお見舞いして、お土産にマシュマロを渡せば良いのだ。

気を取り直して私は車止めへと向かった。



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 例のやたら大きな大公夫人の邸宅の門をくぐるのにもようやく慣れてきた。



「おぉ。レセディ嬢! よう来た!」



 本当なら大貴族を尋ねるには先触れや手紙を前もってしておくのがマナーだ。

が、来訪を告げられた大公夫人は取次どころか自分で玄関ホールまで出迎えてきてくれた。

なんだかひどくご機嫌な様子だ。



「ちょうど良いところに来た!」

「ちょうど良い?」

「今まさに礼と褒美を兼ねて、そなたに贈る物を考えておったところじゃった」

「ほ、褒美だなんて……」



 私がしたことは大したことじゃない。

知恵を出したのはタヌキだし、看病も誰でもできるような簡単なものばかりだ。

それで報償をもらうことが後ろめたく思えて、とっさに首を振ってしまう。



「私は別に大したことは……」

「何を言っておるか。そういうのは謙虚とは言わんぞ。好意でもらえるものはちゃんと受け取っておけ」

「そ、そういうものですか?」



 少し不機嫌気に眉をひそめてから、大公夫人はにっこりと笑いかけてきた。



「……で、勲章と土地のどっちが欲しい?」

(――――――下手なことを答えたらとんでもない荷物を背負うことになる!)



 直観に怖気が全身を走った。

すっかりフランクな態度になった目の前の少女(?)が、たいていの貴族は指先一つで命運を左右できる権力の持ち主だということを忘れていた。



「え、えーと……」

「む? なんじゃそれは」



 答えに窮したところで、手に持ったお菓子の包みを大公夫人は扇子で指してきた。



「ああ、これ? マシュマロです」

「マシュマロってなんじゃ?」

「お菓子です」

「聞いたことがないのう? 異国の菓子か?」



 妙なところに食いついてきた。話題が移って私としては助かったけれど。



「マダマさまにお土産にと思って作ってきました」

「なんじゃと? 待て待てい! 王族の男子には王族の男子にふさわしい食べ物というものがある!」



 ばっと両手を広げて、まるで歌舞伎役者のように大公夫人は見栄を切って来た。



「地になる根よりも空に近い果物を! 魚や獣の肉でもより高貴なものを! 料理法も神聖な火を直接当てるものを! それが王家に産まれた男子が口にする食事に相応しいのじゃ!」

「そうですか」

「そのマシュマロとやらがマダマが口にするに値するかどうか、ワシが毒見をして進ぜよう!」



 大げさに言って大公夫人は手のひらを差し出してきた。



「つまり食べてみたいんですね?」

「ん」


 

 仕方ない。包みを緩めて小さな手に乗せた。



「なんじゃこの……フワフワで柔らかい菓子は……!」



 いぶかしむように顔をしかめながら、大公夫人はマシュマロをじっくり観察し始めた。



「……フン、見た目は軟弱な菓子じゃな!」

「はぁ」

「口の中でトロトロになって(パクッ)」


 

 評しながら大公夫人が次々に口に放り込む。

 


「触感が斬新で(クチャ)」

「褒めてるんですか、けなしてるんですか」

「なんとも子供だましの浅ましくて軽薄な……(ゴクン)」

「ちょっとちょっと」

「……ああん、もう一個よこせ!」

「全部食べちゃダメですよ。マダマさまのお土産なんですから」



 毒見で完食されてはたまらない。慌てて包みを取り上げた。



「マダマなら客用の寝室で大人しくしておるはずじゃ」



 まだ起き上がれるほど回復していないのか、私の言いつけを律儀に守っているのか、まだベッドで休んでいるらしい。



「そなたなら取次も必要なかろう。ワシもお茶を用意させてから行くから、部屋を直接訪ねよ」



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 そうしてタヌキを連れて客用の寝室まで来た。



「マダマさま、私です」



 声をかけてからドアをノックする。



「――――――」



 反応はなかった。



「マダマさま? 入ってもいいかしら?」



 さっきより強めに叩く。

ドアの向こうはやはり沈黙を保ったままだ。



「…………もしかして寝ちゃってるのかしら?」

<<書き置きでも残して、お土産だけ置いて行けば?>>



 ちょっと残念だが、愛らしい寝顔を見られるチャンスだ。

そっとドアを開けて中に入る。



「マダマさまー?」



 悪戯っぽく声を高くしながらドアを開けた瞬間。



「――――――――――――ッ」



 自分が息を飲む音が妙に大きく聞こえた。



 部屋の真ん中、床の上で丸まっている寝巻姿が見えた。

一瞬それが人間だと認識できなかったのは、その全身が死にかけのセミのようにぶるぶると震えていたからだ。

てんかんの発作か何かのように思えたが、違った。



 マダマさまの顔は蒼白を通り越して土気色で、猛烈な悪寒に襲われて両目が血走っている。

黒目がちな大きな瞳は苦痛と絶望に歪んでいた。

そして何より発熱の苦しみによって焦点が定まらず朦朧として、その目は私を捉えてさえいない。



「……嘘でしょ?」



 頭の中が真っ白になった。

絨毯の上にマシュマロの包みが落ちて、軽い音を立てるのだけが辛うじて分かった。

できたら次回は明日追加したいです。

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