4_12 たき火
「あははは!」
「キャー、冷たい! ちょっとタンマ、タンマだってば!」
川の中で、顔中をくしゃくしゃにしたマダマさまが水をかけてくるのから逃げ回っていると。
「レセディ嬢!」
ようやく我に返ったらしい。一人だけ岸に残ったベリルが声を上げていた。
「避暑地で行楽なれば多少は大目に見ますが……やりすぎでしょう、いくらなんでも!!」
女衛士は両手にマダマの靴を持ったまま、顔を真っ赤にしている。
「今すぐ殿下と一緒に岸に上がってください、さぁ!」
一瞬迷ったが、屈託なく笑っているマダマさまを見ていると腹は決まった。
「ベリルもこっちに来たらいいじゃない! 楽しいわよ!」
「はぁ?」
思い切って声をかけてみると、女衛士は眉をハの字にした。
「そうですよ、気持ち良いですよ!」
「そんな恥知らずなことはできません!」
マダマさまにまで誘われて女衛士はとうとう地団駄を踏み出した。
「王室を守護する使命が……! 王宮衛士の権威が……! ストラマクト家の名誉が……!!」
何か小難しいことを言っているが、迷いだしたのは明白だ。
そうでなければ言い訳がましいことなど口走るはずもない。
「とにかくダメ、ダメなものはダメです!」
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――――――10分後。
「あははは!」
そこには、元気に小川の水を跳ねて走り回る警護官の姿が!
「殿下! 攻撃です、敵の砲撃ですよ! ほらほら!」
「ちょ、ベリル! それずるい、ずるいですよ!」
大きな軍帽をバケツに見立てて、バシャバシャとまとめて水をマダマ様の頭から浴びせていた。
思わぬ集中砲火にマダマさまはうろたえる一方だ。
「微笑ましい光景だわ……」
岸に戻って小枝や流木を集めながら、感慨深くその光景を見つめる。
<<おい、良いのかあれ>>
タヌキも泳いで戻ってきた。濡れると毛のボリュームが減って痩せた犬そっくりになるのは相変わらずだ。
「私は彼女の心の鎖を外してあげたのよ」
<<そんなことして他人から職務放棄とか思われたらどう責任を取るんだ>>
タヌキを無視して持参したマッチで火を起こす。
最近好天に恵まれていたおかげで、流木はカラカラに乾燥していた。
おせじにも質が良いとは言えないこの世界のマッチでも一発で火が付く。
<<おう、気が利くな>>
タヌキが火に当たって毛を乾かしだした。
自分からたき火に当たりに行くタヌキというのも妙な気がした。
「あんまり近づき過ぎるとカチカチ山になっちゃうわよ」
一応言っておいてから持参してきたランチボックスを取り出す。
<<なんだ、もう弁当?>>
「おやつよ。うふふふ、結局昨日のバナナをもらってきていたのよ」
<<めげないな>>
「それでね、このままでも美味しいんだけど甘さが足りないから……」
硬くて甘味の少ないバナナに、同じく持ってきた串焼き用の木串を打ち込んでいく。
石の間に挟んで遠火に当たるようにしておけば、あとは待つだけだ。
<<なるほど、焼きバナナか>>
「本当はマシュマロとかチョコレートとかもあると良いんだけどね」
<<チョコはともかく、マシュマロなら多分この世界にある材料で作れるぞ>>
「ウソ、そうなの? 作り方教えてよ」
<<また今度な>>
などと言っているうちに皮があぶられて良い匂いがしてきた。
「あー、楽しかった……」
「少し火に当たって休憩しましょう」
匂いに釣られたのか、マダマさまとベリルがたき火の方へ近づいてきた。
「おかえりなさい。良いものがあるわよ」
「良いものって……それが?」
良く焼けたバナナをマダマさまが指さした。
なるほど皮は真っ黒に焦げて、お世辞にも見た目が良いとは言えない。
「こう二つに割って……」
皿の上に取り出してバナナを皮ごと縦に真っ二つにする。
「そしてお砂糖をかければできあがり」
精白技術が未熟なせいで茶色いが、ともかく砂糖を振りかける。
本当はシナモンがあればもっと良いのだが、ヨーロッパをモデルにしたこの世界では香辛料は輸入品で高価なのでお預けだ。
「ね、試してみて」
「えぇ……でもこれ、昨日の植物園のアレでしょう?」
『サルの餌』というイメージが頭の中でよぎるらしい。マダマさまが渋い顔をした。
「だまされたと思って。火を通したらもっと甘くて美味しくなるのよ」
フォークに刺してすすめる。
焼いた果物の濃厚な匂いが鼻先をかすめたのか、マダマさまはおそるおそるといった具合に口に運んだ。
「……!」
ぱっ、とその顔に光が差す。
「美味しいでしょ?」
「なんていうか、こう、ジュクジュクでフワフワでトロトロです!」
喋る間も惜しい、といった様子でぱくつき始める。
初めて見る果物を不審げに見ていたベリルも、主人に習ってがっつき始めた。
<<なあなあ、俺にもくれよ!>>
我慢できなくなったのか、タヌキは体を立てて両手を上げるいわゆる『チンチン』の格好でおねだりを始めた。
「はいはい」
焼きバナナを放ってやると、見事に空中で口で受け止めてみせる。
<<あちっ、はちゃっ、アチチ!>>
が、熱かったらしい。くわえきれずに石の上に放り出してしまった。
諦めきれずに落ちたバナナを拾って食べようとするが、まだ熱くて反射的にぱっと口を離してしまう。
「あなた猫舌なの? タヌキのくせに」
<<動物は全部猫舌だよ! 火を使ったものなんか野生で食うはずないだろ!>>
言われてみればその通りだった。
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とにかく一日川で遊び倒した後。
みんな鉛のように重くなった体を引きずって別荘へ戻った。
「…………どうして皆様、全身濡れた格好なんです?」
玄関で出迎えた執事が不思議そうな顔をする。
そういえば釣りに出かけたんだった、と今更思い出した。
「マスを釣ろうとした結果です」
軍帽から水気をにじませながら、ベリルが平然と言い切った。
執事も額面通り信じそうにはなかったが、彼女の嘘に乗っかることにした。
「そうそう。すごい大物が釣れそうになってね。川に入って全員で捕まえようとしたけどあと一歩のところで逃げられたの」
「はあ……まことで?」
「本当です……クチュン!」
最後はマダマ様がくしゃみをした音である。
次回は明日朝追加します。




