表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/405

4_10 マス釣りの日

 ……翌日の朝。


「う、うーん……」



うむ、今日もすがすがしい目覚めだ。

ベッドの上に起き出す。

このキングサイズのダブルベッドは広過ぎてちょっと落ち着かないが、寝心地は最高だった。



「うん?」



 固まった背中の伸びをしていると。

枕で仕切られたベッドの反対側で、びくりと震える気配がした。



「おはようマダマ様。どったの?」

「えっ、あっ、おはようございます」



 おどおどと自分の枕を抱きながら、マダマさまは顔を赤らめた。

どうやら昨日の朝見た私の痴態がトラウマになっているようだ。



「あはは……何もしないってば」



 などと言いながら、こっそりと寝乱れた寝巻の胸元を直す。

 


「ん? どうかした?」



 マダマさまが自分の手首当たりをポリポリとかいているのが見えた。



「どうも昨日、植物園で蚊に噛まれたみたいです」

「ふーん」



 シーツの上に膝をついて近寄って見てみる。

なるほど、白い肌に赤い斑点ができていた。



「かゆいようなら薬か何かもらってきてあげよっか?」 

「大丈夫です。薬をもらったなんてベリルに知られたら、心配し過ぎて大騒ぎしそうだし」

「あははっ、それありそう」



 単なる虫刺されだ。

傷を作ったとか、皮膚病ができたとかでもなければ無視して構わないだろう。

それはそうとして。



「マダマ様の肌って、白くて綺麗ねぇ」

「え? そうですか?」

「そうよ。キメも細かいしハリがあって、うらやましいわぁ」



 まるで女の子みたい、という感想を言いかけて止める。

その代わりに少年の肌を間近で検分させてもらうことにする。



「腕もスネも全然体毛ないのね」

「ちょ、レセディ!」

「あら。口回りもすべすべ。産毛も生えないのね、まるで赤ちゃんの肌みたい」

「近い、近いですってば!」

「ふごっ」



 調子の乗り過ぎた私の顔面に、マダマ様が枕を押し付けてきた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 支度をしてから食堂に入る。

今日もばっちり軍服で身を固めた警護官のベリルが、びしっと敬礼をしてきた。

ある意味この人はこの人で保養地の別荘らしくないことをしているな。



「おはようございます。殿下、レセディ嬢」

「おはよう。 ……って、大公夫人は?」



 テーブルには二人分の朝食だけが用意されていた。

昨日は一番いい席に陣取っていたはずの、この別荘の主は影も形もない。

代わりに奥の部屋から出てきたのは、執事らしい初老の男だった。



「おはようございます、皆さま。 実は主人はもうお休みになっておられます」

「そうなの?」

「はい、その、ご気分が少々優れないそうで……」



 微妙に言いよどんだその口調に、察するものがあった。



(ああ、なるほど。ギャンブルで負けたのね)



「まあ、それは大変。私たちはお休みの邪魔にならぬように出かけることにしますわ」

「お気遣い、主人に代わって感謝致します」



 触らぬ神にたたりなしだ。

うっかり別荘の中で鉢合わせして、勘気をこうむったりしたら目も当てられない。

役目上職場を放棄するわけにはいかない執事には気の毒だが、ここは逃げるが勝ちである。


 マダマさまと目を合わせると、同じ考えだったらしい。小さくうなずいてきた。

そうして朝食が始まった。

当然話題は、今日一日の遊ぶ計画についてになる。



「今日は遠乗りに行きませんか?」

「遠乗り?」

「馬に乗って好きなところへ行くんです。ちょうど12カルほど離れたところにすごい眺めのキレイな名所が……馬なら常足でも1時間ほどで着きます」



 メートル法に慣れ切った私にはこの世界の独自単位はなかなかパッと頭に入ってこないのだが、馬が歩いて1時間ということはおおよそキロメートルと大差ないのだろう。

21世紀の日本の言葉に無理矢理当てはめるならツーリングといったところだろうか。

乗るのは馬だが。



「うーん、馬に乗ってねぇ……」



 悪くはない提案だが、昨日の植物園までの道でちょっとは慣れたとはいえやはりまだ抵抗感が残っていた。

さりとて馬車を借りるには大公夫人の許可を取らねば後が怖い。

現代に当てはめれば高級車のマイカーを勝手に使われて喜ぶ人間がいるはずもない。



「そうだ、その辺の川に行かない?」



 昨日の道ながらに見た初夏の明るい小川を思い出して、私は提案した。



「川?」



 マダマさまがきょとんとした顔をする。



「川に行って何をするんですか?」

「そりゃあ決まって……」



 水遊びがしたい、と言いかけて私は思い出した。

ここは少女漫画【ダイヤモンド・ホープ】の世界なのだった。

とにかく貞操観念というか、女子の露出に対しての寛容さというものが日本とはまるで違うのだ。

もし女子が水着に着替えて水辺で泳ぐなんて真似をしたら、悪魔が取りついたと町中騒ぎになりかねない。

どころか公衆の面前で素足を晒しただけで『なんとハレンチな!』と怒鳴りつけられてもおかしくない。

女性にとって解放感とは無縁の世界なのである。



「えっと、その、川ですることを……」

「? だから何をするんですか?」



 慌てて視線をさまよわせると、食堂の壁にかけられた油絵が目に入った。

船に乗って二人の釣り人が竿を出している絵だ。

これだ!


 

「そう、私マスが大好きなの!」

「そうなんですか?」

「ええ、そう。サケとの違いが良く分からないところとか、矢よりも早く泳ぎ回るところとか、とにかく好き!」



 転生した自覚がなかったころに何度かマス料理を振る舞われたはずなのだが、何故かどうしてもその味が思い出せない。

しかたなく私は自分でも良く分からないことを言った。



「だからマス釣りが見てみたいの。それに地元で獲れたお魚を料理して食べるなんてゼイタクじゃない? ロハスよ、地産地消よ!」

「はぁ」



 マス釣りのシーズンなんて知らないが、とにかく川に行きたい。

それさえクリアすればなんとかなるという思いで強弁する。

私の思いが伝わったのかは分からないが、マダマさまは執事の方へ向き直った。



「この辺りでマスは釣れますか?」

「本当は真夏がシーズンですが……今でも釣れないことはありません。道具なら用意致しますが」

「では今日は釣りに行きます」

「マダマさま、釣りなんかしたことあるの?」

「ないですけれど……釣りの本なら何冊か読んだことがあります。大丈夫、任せてください」



 そう言って薄い胸を小さな拳で叩いてみせた。

どうやら張り切っているようだ。

何か男の子のプライドに触れるものがあったのかもしれない。

 


「殿下。本日は私も同行させて頂きます」



 ワクワクした面持ちのマダマ様のそばに、それまで沈黙を守っていた警護官のベリルがずいと進み出た。



「大丈夫ですって」

「いいえ。お二人で出かけられ、川でうっかり足を滑らせたりしては危険です」

「……」

「これは衛士隊長より殿下の警護を一任されている警護官としての言葉とお考え下さい」



 マダマさまはちょっと不服そうに唇をとがらせたが、大人の職分を引き合いに出されては従うしかないと思ったようだ。



「じゃあみんなで川まで行きましょう。ちょっと私は台所へ行ってくるから、二人は出かける支度をしてて」

「えっ」



 朝食を食べ終えてテーブルを立つ。

ちょっと企みがあるのだが、二人には内緒だ。



「釣りの道具なんて台所にはないですよ?」

「違うわよ。……ちょっとサプライズをね」

「?」

 


 不思議そうな顔をしたマダマ様を残して、私は台所へ入っていった。

次回は明日朝8時に追加します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ