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4_9 バナナ

 その後。

鳥小屋で色とりどりのインコやオウムを眺めたり。

飼育されている猿が、高い枝の間をジャンプするのに二人で声を上げたりして。

私もなかなかこの温室の中の楽しみ方が分かってきた。



<<おい、ちょっと来てくれ>>

「ん?」



 大きなクジャクを見物していると、一人で歩いていたタヌキが戻ってきた。



「どうしたの?」

<<良いものがあるんだよ!>>



 そう言ってピンと高く太い尻尾を掲げた。

興奮しているときのこのタヌキのクセらしい。



「タヌタヌ、どうかしたんですか?」

「何か見せたいものがあるんですって」



 タヌキに先導されて外周沿いの通路をついていくと。



「えっ、あれはまさか?」

<<なっ、良いものがあるだろ?>> 



 見覚えのある植物の実に気付いた。



「バナナじゃない! しかもちょうど食べごろ!」

<<なっ、なっ!?>>



 おなじみの細長くカーブを描いた実が、地面とは逆方向に鈴なりになっていた。

21世紀の日本ではごくありふれているが、この【ダイヤモンド・ホープ】の世界では全く目にする機会がなかったものだ。

懐かしささえ覚えて、タヌキと一緒に思わず小走りになって近づいてしまった。



「な、何ですかそれ?」

「何って、バナナでしょ。どう見てもこれは」



 柔らかそうな皮といい、黄色い見た目といい、どう見てもバナナ以外の何物でもない。



「へー、一度にこんなにたくさんなるんだ」

<<苞葉つってな。花が何層も重なっててその一枚一枚に十数本のバナナの実がなるんだ>>



 スーパーで陳列されたものしか見たことはないが、列に並んだバナナが何層にも積み重なって塊を作っているのはなかなかの迫力だ。

これも植物園の努力のたまものなのだろうか。

ふと見ると、少し離れた場所で勤務中の職員が一人いた。


 ナイフを使って背負式のカゴに無造作にバナナの房を放り込んでいる。

今がちょうど収穫の時期なのだろう。



「……」



 当たり前なのだが、そういえば悪役令嬢レセディ・ラ=ロナとして転生して以来一度もバナナを食べていない。

思わず湧いてきた唾液をごくんと飲み下す。

こんなにたくさんなってるんだから、いくつか頂いても迷惑はかけないだろう。



「ちょっとおひとつ失敬して……」

「れ、レセディ!?」



 手を伸ばして、枝からバナナを一本むしり取る。



「それ、どうする気なんですか!?」

「どうするって、食べるに決まってるでしょ」

「た、食べる!?」



 バナナの皮を剥きだした私を、マダマさまは慌てて止めようとしてきた。



「や、やめた方が良いですよ! いくら植物園だからって、全部の植物が安全とは限らないんです!」

「だいじょーぶだって、そんな心配しなくても」



 毒のあるバナナなど聞いたこともない。

忠告を受け流されても諦めることなく、マダマさまは引きつった顔で手を引いてきた。



「例えば……ほら、あの木! あれを見てください」

「? 特に変わったようには見えないけど」



 マダマさまが指さしたのは、何の変哲もない背の低い木だった。

卵型の葉っぱと、枝の先端に薄い色の小さな花がついているだけのさして特徴のない種類だ。



「無害そうに見えるでしょう? でも実はそんなことないんです」

「まさか何かすごい危険な毒を持ってるとか……?」

「なめるとすごく苦いんです!」

「……なんですって?」



 思わず手を止めてしまった。



「実体験です。小さなころあの木の樹液をなめてみたことがあるんですから」

「その前にどうしてそんなことしたの?」

「カブトムシは樹液が食べ物だって聞いて……。甘くておいしそうなイメージがあって」

「あー、あるある。私もそう思ってたことあるわ」



 日本の子供も少女漫画世界の子供も考えることに大差はないのだ、と妙に感心してしまった。

 


「で、皮についた樹液をこっそりなめてみたらものすごく苦いんです」

「なめたことないけど、木の皮って大体まずいもんじゃないのかしら?」

「程度が全然違うんですよ! 本当に舌がしびれて、次の日になってもまだ苦い味が口に残ってるような気がしました」



 マダマさまは苦い樹液もとい苦虫を噛み潰したような顔をした。



「ふーん……。でも大丈夫よ、バナナは美味しいから」



 マダマさまが何か言おうとする前に、黄色い実にかぶりついた。



「……むっ!?」



 舌を指すその味に思わず顔が引きつる。



「ね、美味しくないでしょう! ペッってしてください、ペッって!」

「……むほほ、これよこの味! やっぱり果物といえばバナナよね!」

「え、えぇ……?」



 21世紀のスーパーに並んでいたものよりは小さいし、甘味が薄くて酸味が強くて硬い気がするが、ちゃんとバナナの味だ。

ぺろりとちょうど三口で頬張ると、すぐに平らげてしまった。


<<おい、俺にもくれよ!>>

「はいはい」



 半分ちぎって皮の付いた方を投げてやると、タヌキは見事に口でキャッチした。

そのまま器用にキバと口を使って皮だけを捨てて中身をむさぼる。



<<うまうま!>>

「あー、美味し! やっぱり房でもらっていこうっと!」

<<よっしゃよっしゃ!>>

「ちょ、レセディ!?」



 バナナの実の塊に両手を伸ばして、房ごとまとめてもぎ取ろうと引っ張る。

が、意識したことはなかったがバナナの茎というのはなかなか丈夫だった。

無利に力を入れすぎると皮ごと折角の実を潰しそうだ。



「手ごわいわね!」 

<<頑張れ!>>

「マダマさま、ナイフかハサミみたいなもの持ってない?」

「持ってませんよそんなの」



 悪戦苦闘していると。



「……一体何をされてるんです?」


 

 知らない男の声をかけられて、思わず飛び上がりそうになった。

あっ、やばっ。

さっきまでバナナを収穫していた職員が、背中のかご一杯にバナナの房を入れてぽかんと立ち尽くしている。



「あ、いえ、おほほ。ちょっとバナナを頂こうかと……」

「まさか、食べてしまったんですか!?」



 慌てて手を引っ込めてごまかそうとするが、足元の皮を見とがめられてしまう。


 

「やっぱり毒か何かあるんですか! た、大変! お薬を、いえ、お医者様を!」

「いえ、召し上がられても害はありませんが……」

「あ、もしかして売りものとか? だったら弁償します」

「いいえ。そういうわけではないんです」



 青くなったマダマさまと職員ではらちが明かないので、会話に割り込んだ。



「? じゃあ何が問題なのよ?」

「このバナナをどうするのかご存じで召し上がられたんですか?」



 おそるおそる、といった具合で職員が尋ねてきた。



「? どうするかって、食べるんじゃないの?」

「飼育しているサルのエサにするんですよ」

「「……」」



 しばらくの間、嫌な沈黙が私たちの間を満たした。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 帰ってからこの話を聞いた大公夫人は、分厚い絨毯の上を窒息を心配されるまで文字通りの意味で笑い転げた。


 そしてこれは後日の話だが。

一体どこから洩れたものやら、『伯爵令嬢とそのペットが、サルのエサを盗み食いしてむさぼり食った』という噂がしばらくの間王都で流行した。

私も手を尽くして調べはしたものの、巧妙に隠蔽されたその噂の出所は永遠に謎のまま終わった。


 ……チキショーめ!



次回は今夜追加します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんな面白すぎる噂を王都の貴族達はどんな顔してヒソヒソしたんだろうか……ご令嬢なら扇があるからセーフかもしれないけれども!
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