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老人とタヌキ(1)

 あまりにも剣呑に過ぎる話題が突然飛び出してきて。

驚くより先に、私たちはぽかんと口を開けて固まってしまった。



「総大主教猊下が処刑……?」

「えっ、何がどうしてそんなことに?」


 

 格好と気安い態度からはにわかには信じがたいが、王都で最高の宗教権威という触れ込みのおじいちゃんが打ち明けたのは。

もうすぐ処刑されるかもしれないというあまりにも深刻な情報だった。

突飛な情報と老人のあっけらかんとした態度との温度差を平然と受け止められるほど、私は大人物ではなかった。



「まあ立ち話もなんですし、皆さんおかけになって」



 自分の首がかかっていると言い出したくせに、総大主教は世間話でも始めるかのように平然とマダマさまたちにも長いベンチにかけるよう勧めた。



「はぁ……」

「どうぞどうぞ。お付きの方も」

「いえ、自分は任務中であります! 殿下と同席することはできません!」

「ははは、神の前では誰しも平等ですよ」

「は!? いえ、聖典の教義ではそうなっているのは百も承知ですが……」

「ベリル。良いですから言われた通りにしなさい」


 苦虫を嚙み潰したような顔で渋るベリルだったが、話を先に進めたいマダマさまに叱られてしかたなく浅くベンチに腰掛けた。


≪俺もベンチにあげてくれ。モザイク床の上って結構さみーんだよ≫

(アンタ自前の毛皮着てるじゃないの)



 タヌタヌまでねだりだしたのでその通りにすると。



(……なにこれ?)



なんだか妙な光景になってしまった。



 順番に、王都総大主教のおじいちゃん。

タヌキのタヌタヌ。

悪役令嬢の私。

王子様のマダマさま。

そして警護官のベリル。

みんなが並んで、一列に長いチャペルのベンチに腰かけている。

身分についてとかくやかましいこの国では本来ありえない光景のはずだった。



(変なの……)

「さて、どこからお話しましょうか?」



 そんな状況を一切気にするそぶりもなく、総大主教は相変わらずマイペースに会話を始める。

タヌキ以下私たちは一斉に顔を横に向けて聞き入る格好になった。



「あの、総大主教猊下が処刑されそうというのは、何かの比喩ですよね……?」



 優等生らしく、マダマさまがおずおずと尋ねた。



「いえ、言葉通りの意味ですよ」

「え、ええ……? だ、誰がそんなことを!?」

「私以外の王都の聖職者たちによってです」

「……はぁ?」


 

 ますます分からない。

総大主教が王都で最高位の宗教権威なら、ほかの聖職者たちはいわば部下のはずだ。

なんでそれが処刑なんて実行できるのだろう。



「えーと、もうちょっと噛み砕いていただけませんか? 私たち王都について色々噂は聞きましたが、教会がどういう状況になっているのかまでは知らないんです」

「まず前提として。今ちまたでいろいろと騒がしい、新しい印紙法についてご存じですかな?」



 大公夫人から聞かされた覚えのある単語が出てきた。



「えーと……なんでしたっけ? 確か貴族の税金逃れですよね?」

「事業に必要な許可証や証書の範囲を広げて、大幅に増税しようという動きだと聞きました」



 いかにも自前の領地を持って左団扇の貴族様に都合のいい新税制である。

そんなことをされたら主に商人たち市民層が担っている商業活動は大打撃だ。

スターファへの肥料輸出が主要産業である我がオズエンデンド公爵領もただでは済むまい。



「そうそれです。まあ控えめに言って悪法もいいところですな」



 大主教猊下は断言した。



「えーとごめんなさい。まだ話がつかめないんですけれど、その税制度と処刑云々がどう関係あるんです?」

「実はその悪法を教会も推しているんです」

「えっ、なんで?」

「そりゃあ今の教会収入と財産は非課税ですから」

「あっ」



 そういえばそうだった。

教会も自前の財産や荘園を持っているし、立場上貴族と同じく無税の特権を有しているのだ。

教会と言われて出てくるのがオズエンデンドの貧乏教会だったものだから、ついつい忘れていた。



「印紙法を通過させて国庫の収入を増やさないと、当然教会の財産にも課税しようという動きになりますからな。土地や建物に加えて信者からの寄進や寄付にも課税されるなんてことになったら、そりゃ生臭坊主は抵抗します」

「うわぁ……。既得権益ってどこにでもあるのね」

「まあ世の常ですな」


 

 目の前のこの老人こそその生臭坊主たちがうごめく教会のトップのはずなのだが、まるで他人事のような口ぶりだった。



「それでその新法を推している連中がやろうとしているのが、いわば私を生贄にして貴族層と組もうとしているんです」

「えぇ……? いや教会が財産を守ろうとしているのは分かりましたけれど、どうして大主教様が生贄になるんですか?」



 ダメだ、まだ分からない。

風が吹けば桶屋が儲かると言われているようなものだった。



「王国の僧侶たちの中で、一番僧侶たちから恨みを買っているのが私だからです」

「? えぇ? どうしてそんなことに?」

「前国王のアルマース12世陛下と結託して、各地の教会財産をどんどん王室に差し出してきたのが私だからですよ」



 ……さらっととんでもないことを言い出したぞ!?



「え、えええ!?」

「12世陛下の統治時代、ずっと各地の荘園やら酒造権やら専売権やらを摘発して、口実を作って王室財産として分捕ってきたわけです」

「そ、そんなことしてたんですか?」

「そのおかげでまあこの地位まで上り詰めたわけですが」

「そんな理由で出世したんですか!?」



 流石のマダマさまも驚きは隠せないようだった。



「そうでもしないと、国庫が賄えきれませんでしたからなあ。アルマース12世陛下は偉大なお方でしたが、良くも悪くもやることが派手でした。各方面の領地を拡大するために戦争を続けながらこんな大きな王宮に改築するなんて、そんな収入でもないと無理でしょう?」

「た、確かに……」

「いわばこの宮殿もチャペルも、教会が貯めてきたヘソクリで建てたようなものというわけです」



 からからと笑う大主教猊下がどこまで本気なのかつかめず、私たちの首筋にうすら寒いものがつたった。



「まあそういうわけで。私は形としては王国で最高位の僧侶ですが、同時にはっきり言って王国中の僧侶たちから憎まれているわけです」

「……でしょうね!」

「根っからの王室シンパだと思われていますからね。貴族どもの立場を優先するような法律に賛同するわけがないし、どうせなら適当な罪状を擦り付けて糾弾して処刑してしまおうと。そう思われているわけですよ」

「ほぼ私怨じゃないですか……」

「その上王室の支持層であるギルドや有力商人からも甘い蜜を吸ってきたと、そう弾劾までしようとしているんです。ひどいでしょ、事実無根ですよこれは」



 ……それくらいやられても仕方ないという気がする。

という言葉をぐっと喉元で飲み込んだ。



「まあそういうわけでして。私の首を差し出して貴族の連合に近づき安泰を図ろうと、そういう動きが公然とあるわけですな」



 あっけらかんと総主教様は断言した。



「私たちに言って良いんですの、そんなこと?」

「構いません構いません。そういう陰謀があちこちで企まれていることくらい、教会中の皆知ってますから」



 穏やかで泰然とした態度に反して、どうもこの老人の立場は非常に危ういものらしい。

尻に火がつきかけているのに近いだろうに、こんなところでワインを傾けながら私たちとしゃべくっている場合なのだろうか?

ダメだ、大物過ぎて何を考えているのか全然読めない!


「……なぜ今、そんな話をボクたちに?」



 マダマさまが押し殺した声で尋ねた。

言われてみればそりゃそうだ。

どう考えても初対面の人間に相談するにはヘビー過ぎる話題だし。

何より田舎から来たおのぼりさんに等しい私たちに、それを解決する力もアドバイスする知識もあるとは普通考えないぞ?



「あなた方に現状を知っておいてほしかったのです。この首を救ってほしいというのは本音ではありますが、助けてほしいなどと懇願するのは流石に図々しすぎます」

「私たちが来るのをご存じだったんですか?」

「今日王宮に来られるのは広まっていましたからな。その前から手紙で良くうかがっていましたよ。特にレセディ嬢のご活躍は」

「へ、私? マダマさま、そんな手紙出してたの?」

「いいえ! 大主教猊下にお手紙だなんて、僭越極まりない」



 てっきりマダマさまが文通でもしていたのかと思いきや、少年は首を振って否定した。

北の果ての寒村だったオズエンデンドに、大主教と直接手紙をやり取りできるような人物が他にいただろうか?


 

「不肖の弟子ですが、アメシスのやつは私が大学の神学科で教授をしていたころの教え子でして」

「え、アメシス神父が!?」



 貧乏暮らしをしていた長身の神父が、まさか宗教界の最高権威とそんなつながりがあったとは!



「やつも一本気というか融通が利かないというか……。繰り返し貧民救済を訴えて、高位の聖職者たちが誰も腰をあげようとしないので業を煮やしましてな。『王国内で一番恵まれない土地で献身することこそ主のご意思だ』とか言い出して、本当に実行してしまいました」

「うわぁ、なんか容易に想像できるわその光景」



 なんともあの思い込みの激しい神父様らしい行動だった。

しかしその話が本当なら、実は結構エリートだったんじゃないかあの人。



「まあ欠点だらけの男ですが、義理堅いのは数少ない美点でしてな。年に何度か私に知らせをよこしてきたのですが、最近とみに増えたのがレセディ嬢のご活躍についての話題でして」

「か、活躍……?」

「輸出事業を成功させて住民を飢えから救ったとか、押し寄せた異民族を恭順させたとか、王都の新聞よりもはるかに詳しく知らせてきましたよ」

「いやあ、過分なお言葉ですわ。美人でスタイルが良くて立ち振る舞いが上品だなんて……おほほほほ」

≪そんなことは言ってねえよ?≫



 タヌタヌが鼻をぴくぴくとさせた。



「まあ、話を戻しますと。教会の有力者からは貴族に接近するための邪魔者と思われているのが私なわけです。その上市民層からは教会はおごりたかぶった特権階級と思われていますからな」

「ってことは……」

「そう。王都に味方がいないんです。かろうじて王室から頂いている役職だけが、身を守っているような状態でして」



 言葉にすると控えめに言って地獄のような気がするが、まるでおどけるように明るい声で老人は言ってのけた。



「これで教会と貴族の連中が組んで、市民との争いなんて起きたら、傷つくのは止められなかった王家の権威です。そうなれば私なんかあっという間に今の椅子から蹴落とされて断罪されるでしょう。異端審問くらいはされるかもしれません。悪くすれば火あぶりですな」

「えーとその、貴族と市民で争いが起きそうという噂は私たちも聞いていますわ」


 

 また一段と話がややこしくなってきたが、全国に荘園を持ち信徒を抱える教会は無視できない勢力のはずだ。

王家のために尽くしてきたおじいちゃんが生贄にされそうなのは気の毒という他ないが、教会は一体どうするつもりなのかということの方が私には気になった。



「ところで教会はどちらの立場を支持されていますの?」

「どちらに味方しても結果は同じです」

「え?」

「貴族と市民が本気で争えば、どちらが勝ち残っても教会はおしまいなのですよ」

「……というと?」

「貴族が勝ち残れば、王家を支持する商人たちが没落します。この国をかろうじて一つにつなぎとめているのは、ラトナラジュ国王が国民の父として君臨しているからです。王室が衰退すれば、あちこちで勢力争いが起きて国は四分五裂するでしょう」



 これは私にも容易に想像できる未来だった。

本質的には、うちの親父と同じく貴族は貪欲に自分の利益を追求するものだ。

国のために何かをするとすれば自分たち以上の権威である王家の威信にひれ伏しているからに他ならない。



「そんな抗争の時代で教会のかじ取りをできる人間は、残念ながらおりません」

「……」

「市民が勝っても同じです。国民が平等に政治に参加するという理念は言葉では美しいが、現実には醜悪な権力抗争が始まるのは想像するまでもありません」



 大公夫人も同じようなことを言っていたな、と思い出す。

平等に権利と責任を与えたところで、今のままでは大多数の国民は持て余してずる賢い連中に利用されるだけだと。

そうならないために王家が親代わりになって国民を守り、教育する段階が必要だと。



「なにより貴族と僧侶は実質同じく支配層とみられています。教会財産は間違いなく没収し、下手すれば組織自体が残らないかもしれません。彼らは万人が平等に政治の権利を持つべきだと主張しているそうですが、特権を享受してきた我々僧侶にも同胞として寛容になってくれるとは思えません」



 名残惜しそうに大主教様は瓶の底に残った深紅の液体に目を落とした。



「そうして世が荒れてしまえば、このワインも二度と作れなくなってしまうでしょう」

「はぁ? なんで、どうして!?」

「ワイン作りは簡単ではありません。畑の維持、ブドウの栽培、秘伝の製法の継承……。高度な技術を職人が正しく受け継ぎ実行して初めて成功するものなのです」

「そうなの!?」

「世の中が混乱すれば今まで通り、人と時間と財をワインのために注げるとはとてもとても……。特急畑は没収され、職人たちは貴族や僧侶の手先と糾弾され、ワイナリーは特権の象徴として荒らされてしまうことでしょう」

「ダメよ、そんなの! 許せないわ! まだ私、グラス一杯しか飲んでないのに!」



 暗い未来を語る大主教の諦め交じりの表情が許せず、敢然と主張した。

こんな素晴らしいものをもう二度と飲めなくなるなんて、そんなこと許せるもんか!



「私としては、そういった良き伝統くらいは残して後世に引き継ぎたいと思っているのですよ」

「おっしゃる通り! 喜んで協力いたします、大主教猊下! 古き良き伝統を根こそぎ破壊する法律や革命なんて間違っていますわ!」

「おお、そう言ってくださいますか。いや、これは嬉しい。百万の味方を得た思いです」

「……だからうまくいったときは、私にそのワインを瓶で譲ってくださらない? 1本で良いから……。いいえ、できたら2本。贅沢言えば3本!」

「ははは、木箱でお送りしますよ」

「さっすが! 話が分かる!」



 仮にも臣下の宮中序列一位として国王の右腕として働いてこられた方だ。こういう時にケチケチしたりしないのが大物なのだろう。なんて素晴らしい!

 

 

「ちょっと待ってください!」



『いざ同盟締結』というところで、青い顔をしたマダマ様が私のコートの袖を引っ張ってきた。



「どうしたのマダマさま?」

「レセディ! そんな大事なことを一人で勝手に簡単に決めないで!」

「何を言っているのよ! 迷う余地がある!?」

「ずいぶん自信満々に言い切りますね……」

「あの素晴らしいワインを守らなきゃ! 今それができるのは私たちだけなのよ!?」

「……あのね、レセディ!? どんなに高級なのかは知りませんけれど、たかがワイン一箱で買収されてどうするんですか!?」



とうとう本気で怒られてしまった。


お久しぶりです!

まだ生きてます!!

何もかも滞りまくりですが、新年度に合わせて連載再開しますです

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― 新着の感想 ―
全話でもアメシスの話ししてるから違和感 え、そんな繋がりがあるの!?って話を2回する?
[良い点] 面白くて最後まで一気に読みました。 続きがとても楽しみなので無理のないペースで完結作品にしてくれたら嬉しいです。 [気になる点] 私は好きですが、たぬたぬの性格が最初に比べて変わってるの…
[一言] 久々の更新嬉しいですね。 猊下は中々のタヌキのような雰囲気で好きですね。
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