王宮へようこそ!(7)
「そうやって私をかつぐつもりね」
立ち上がって、きっと鋭い視線を送った。
「このおじいちゃんが、その……。なんだったっけ? 秘密結社大首領閣下だっていうの?」
「王都大主教猊下です」
マダマさまがすかさず訂正してきた。
確かにちょっと細部が違ったかもしれないが、そんなことは今問題ではない。
「なんでそんな偉い聖職者さまが、どういう理由で王宮の外れのチャペルの管理人なんかやってんのよ!?」
人の悪いことにいぶかしげに眉をひそめるマダマさまとベリルに、矛盾点を突きつけてやった。
おお、我ながらなんという鋭い指摘だろうか!
「おかしいでしょ? その、なんだっけ? 地球の総大主教猊下? なら自分の大きな聖堂で大晦日のミサの準備でもしているはずじゃないの。いくら綺麗でも、こんな人のこない寂しいチャペルで暇しているわけがないわ! 水戸黄門じゃあるまいし」
「ミトコウモンって誰です?」
自分の正論にどんどん自信が深まって、声がどんどん上ずっていった。
「ほらおかしいでしょう? 反論できる? 論破論破!」
「ああ、それなら二重役職だからです」
前のめりになった私に、背中から穏やかな老人の声が投げかけられてきた。
振り返ると、ワインの瓶を片手におじいちゃんが相変わらずニコニコとしていた。
「伝統的にですな。聖都におわされます法王台下から王都の大主教に任命された僧侶は、国王陛下からも宮中礼拝堂管理官を拝命して兼任することが慣例なのです」
まるで自分の庭に植えられている木の話でもするかのようにごく自然に、おじいちゃんは聖俗両方の権威の人事を説明した。
「……そんなことってあるの?」
「はい。言ってみれば教会と王国両方から役職を頂いているわけですな」
そこでぐいっとワインを傾けたおじいちゃんは、小さくふうっと幸せそうな熱い息を吹いた。
「へ、へー……。詳しいのね」
思わぬ形で冷や水を浴びせられたが、まあ王宮で長年勤めているならそれくらい知識として持っていても不思議ではない。
大主教が王宮でも働くのが慣例でも、このおじいちゃん本人が大主教であるという証明には全くならな……。
「そりゃあ自分の役職ですから。おかげで両方から俸禄を頂戴いたしましてな。まあ役得というやつです」
「……」
「ああ、あとこれはもう昔の肩書ですが。国璽尚書と大法官も務めました」
過去を懐かしむように天井を見上げながら、さらっと老人は国政の顕職を列挙した。
「今でも一応国王陛下の枢密顧問です。まあほとんど仕事はない名誉職ですが」
「…………」
「ヒマなおかげで、こうして昼間から神の恵みを頂戴できます。まったくありがたい話です」
本当に幸せそうに、おじいちゃんはグラスに残ったワインの雫をいとおしそうに口に含んだ。
「あははは、おじいちゃんおもしろーい。年越しにナイスジョークだわ!」
「いえ、本当ですよ。王都は私の教区です」
可愛く言ったが無駄だった。
全くふざけた様子がないことから、私は自分の敗北を悟るとともに。
頭のてっぺんまで、かあっと熱い血が上るのを感じた。
「ちょっとちょっとちょっと! いくらなんでもそれはないでしょ!?」
感情のままに声を張り上げるとは思わなかったようで、マダマさまもベリルも目を見開いた。
「な、ないって何がですか?」
「知らず馴れ馴れしく近づいちゃって後から偉い人だと分かって大恥をかくパターン、一体これで何回目よ!?」
「えっ?」
「マダマさまでしょ? 大公夫人でしょ? 王様でしょ? 王妃様でしょ? で、今度は大主教様? ワンパターンというか、発想が貧困というか、他に引き出しはないのかっつーの!」
「あの、レセディ? 何に怒っているんです? ……というか誰に怒っているんですか?」
マダマさまが困惑した顔になる一方で、足元で目を半開きにしたタヌタヌが鼻をひくひくとさせていた。
≪アンタの学習能力のなさも原因のひとつじゃねーの?≫
(うっさいわね! 本当のことなんか聞きたくないわよ!!)
≪無敵の理論やめろ……。それより良いのか? 大主教さまをさっきから無視して≫
タヌキが肉球付きの前足を差し出すのを目で追うと。
いつの間にかグラスを開けた大主教様が、赤ら顔で次の一杯をまた注ごうとしてた。
私はそこでようやく、王都で最高位の聖職者にろくに挨拶もせずほったらかしにして好き勝手喚いている状況のやばさに気づいた。
「ぎょええええ!?」
叫んでぺこぺこ頭を下げつつ、非礼を詫びて怒りを鎮めるべく床に膝をつこうとする。
「ひらにひらにご容赦を……!」
「レセディ! ひざまずいたりしたらドレスが汚れます!」
「ひぃっ!?」
マダマさまがとっさに止めてくれたので、私は危うくドレスに埃をつけずに済んだ。
徹夜続きでトパースが作った会心の作だ。うっかり汚そうもんなら、メイドからどんな怒りを買うか分かったもんじゃない。
「まあそうかしこまらずに」
ご機嫌にワイングラスを持ち上げる、威厳もへったくれもないスタイルで大主教さまはへらへらと笑った。
「いいえ! 知らないこととはいえ、そんな役職を歴任されたお方にあるまじき非礼ですわ!?」
「なあに、肩書なんていくらあってもお腹はふくれやしません。構いませんよ。今じゃおっしゃる通り、管理人の爺さんみたいなものです」
「えっ、やっぱりそうですか!? いやあ、話の分かる! 流石大主教様、懐が深い! 王都の信徒たちは本当に幸せ者ですわ!」
大主教様が笑って許してくださる空気をかもしていたので、ここぞとばかりにもみ手擦り手で追従した。
背中でマダマ様とタヌタヌが眉毛をひくつかせているのが、見ないでも気配で分かった。
「今、ものすごい勢いで態度が変わりましたよ……!?」
≪ある意味すごいな、アンタ……≫
うっさい。これも悪役令嬢として生き抜いていくために身に着けた世渡りのテクニックというものだ。
「いやあ愉快な方だ。アメシスのやつが手紙で言っていたことと、大分印象が違いますな」
「へ? アメシスって、まさかアメシス神父? オズエンデンド教会の?」
おそらくはこの国で最高位の権威の聖職者の口からいきなり、北の果ての貧乏教会の主の名前が出てきた。
思わぬ展開に一瞬毒気を抜かれてしまう。
「不肖ながら、あやつめは私の兄弟子の最後の教え子に当たりましてな。神学校のころから、まあいろいろ面倒を見てやったくらいの関係でして」
「は、はあ?」
「止めるのを止めずに昔から過激な主張を繰り返して、弱者と貧民救済をしつこく繰り返した挙句、とうとう自分から地の果てまですっ飛んでいきましたわ。……おっと失礼、公爵殿下の御領地でしたな」
「ああ、なんかそれは容易に想像できますわ」
私たちは一様にうなずかざるをえなかった。
あの情熱過多で思い込みの激しい神父様のことだ。
信仰心の命じるまま、大主教様の好意に後ろ足に砂をかけて北の果ての寒村に向かっていったことが、その口ぶりから察せられた。
「しかし、義理を欠かないのが数少ない長所のようでしてな。しょっちゅう手紙を送ってくるんです」
「へえ……なんだか意外な関係」
「それでやつの手紙によると、あなたが一人でオズエンデンド監獄を煙に包み、布でできた乗り物で空を飛び、あまつさえ七色の光を発して冬の海でおぼれた子供を蘇らせたと書いてありました」
「あの神父様め……。そんなことをいちいち報告してやがりましたか」
「流石にちょっと鵜呑みにはできません」
「いやまあ全部やりましたけれど……。大分誇張が入ってますわ?」
「まあ、あいつはそういう仕方のないやつです」
大主教様の声には諦めが色濃く含まれていた。
「まあそういうわけでしてな。あなたのことは前から聞いておりまして、一度お会いしたいと思っていたのです」
「そ、そうなんですか。でもどうしてこんなお忍びのドッキリ企画みたいなことをして……?」
「私の立場上表立って呼びつけたり訪問したりすると、いろいろとまずいのです。ほら、昨今は民衆と貴族の方たちの間が騒がしいでしょう? この間なんて火事騒ぎになったり、国王陛下のお近くで爆破事件まで起きたり」
最近物騒だ、とでも言いたげに好々爺とした大主教様は世相を嘆いた。
まさかその両方の事件に私が直接接していたとは思うまい。
「これでも一応私の名前は世間に通っておりましてな」
「はあ……。それはまあそうでしょうけれど」
かくいう私は全然知らなかったわけだが、最高位の大主教かつ人臣を極めた方となれば、本来であればおよそ伯爵家の娘ごときでは影も踏むことのできないお方である。
こんな風に場末のチャペルでおしゃべりしている状況の方がちょっと信じられないくらいだ。
「今や時の人であるあなたに近づこうもんなら、王都の主流派の主教たちがこぞって私を非難し始めるでしょう」
「非難って……。大主教様は一番偉いんでしょう?」
「ははは、顕職というのは実際は窓際と似たようなものでしてな。面倒くさい相手は偉くして実権から遠ざけてしまうと、そういう子知恵は良く働くのですよ。大学やら大聖堂やらにたむろしている僧侶というやつは」
近所の人間の陰口でも叩くかのように、大主教様は軽く他の聖職者をディスり始めた。
「確かに私のことを位人臣を極めたなんておっしゃる方もおられますが、代わりに恨みもごちゃまんと買ってしまっているわけです」
「そ、そうなんですか……?」
「それでどうしたものかと悩んでいたところで、あなた方が自然に王宮のそれもこのチャペルに参られたわけで。これ幸いと、下心をもって秘蔵のワインを取り出したわけです」
「これ幸いって……?」
まさか寂しいから話し相手になってくれというわけでもあるまい。
しかし話を聞くに、私とあってもおじいちゃんの立場上何もメリットはなさそうに思えるのだが……。
「実はお願いがありましてな」
「お、お願い?」
「助けていただきたいのです」
「へ?」
「いやあ、本当のところを申し上げると、このままでは捕まって幽閉されて処刑されそうなもので」
「は?」
「あなたがたのお力で助けていただきたいのですよ。 まああまり惜しくもないシワ首ですがね」
『……えええ!?』
笑いながらトントンと自分の首根っこを叩いてみせた大主教猊下の言葉に、私たちはおののくほかなかった。
遅くなりましたが今年もよろしくお願いします




