4_7 黒馬に乗った王子様と悪役令嬢あとタヌキ
「よしよしグロシュラリア。もっと近づいて、そう、そこが良いです!」
マダマさまが木の柵の一番上に両脚を乗せていた。
アイディアというほどのことでもない、玄関までのアプローチと庭との間を仕切る柵を踏み台にしただけのことだ。
そのまま手綱を引いて、馬を乗りやすい位置へと誘導する。
「殿下、そんな危ないことを! ……ああ、落ちないように気をつけてください!」
不安定なその姿勢を見て、警護官のベリルは気が気でないようだ。
あわあわと手を震わせていた。
「まあまあ。男の子が頑張ってるんだから」
なんとか私が警護官をなだめているうちに。
「よし、今……もうちょっと……やった!」
馬のタテガミと手綱を掴んで、どうにかマダマさまは鞍の上に自分の身体を引き上げることに成功した。
そのままさっと足を反対側へ通して騎乗姿勢を取る。
意外や意外、なかなか堂に入った姿だった。
「馬が嫌がるときに柵と自分の身体で挟んで、逃げられなくしてから乗るというのは聞いたことがありますが……」
「しっ、黙ってて」
女警護官が感心とも呆れ声ともつかないつぶやきを発するのを制する。
せっかく頑張ったのに水を差すことはないだろう。
「お待たせしました!
「やったわね、マダマ様」
「さぁ、レセディもどうぞ」
「一体どないせいと?」
笑顔のマダマ様を乗せた巨大な軍馬が正面から近づいてきて、その迫力に後じさりしてしまった。
「では、失礼します」
「きゃっ!」
有無を言わさず、隣のベリルがさっと腕を伸ばして私の体を横抱きにしてきた。
お姫様抱っこの格好を取らされて、そのままほとんど腕の力だけで鞍の前側に持ち上げられてしまう。
流石、王宮警護官。鍛え方が違う。
「こ、これって横座りで良いの?」
「大丈夫ですよ。怖かったら鞍を握ってて構いません」
「うわっ、馬の上って高っ! 怖っ!」
「あはは、気を付けてれば大丈夫ですよ」
絶対に自分ひとりの力ではたどり着けない高さにいることが気持ちが悪かった。
馬の背と合わせて、目線の位置で高さは3メートル以上はあるだろうか。
本能的な高所への恐怖心が鎌首をもたげてくる。
「ペットをどうぞ」
「ありがとう」
<<なっ!>>
ベリルに抱えられたタヌキを受けとろうとするが、何故かいきなり手足をじたじたと暴れさせ始めた。
(ちょっとちょっと。そんなことしてたら危ないわよ?)
<<バカ、なんてことするんだ!>>
(え、何が?)
<<タヌキはみんな高所恐怖症なんだぞ!?>>
鞍の上のタヌキは耳も尻尾もしゅんと垂らして落ち着かなく視線をさまよわせていた。
本当に怖いらしい。
(そうなの?)
<<そうだよ! 野生のタヌキが木の実目当てに木に登ることがあっても、自力じゃ降りられなくなって仲間が心配して集まってくるくらいなんだ!>>
(へー、良いこと聞いたわ。あなたをお仕置きするときは高いところに乗せれば良いんだ)
<<おまえ―――っ!?>>
目を剥いても恐怖心が上回ってそれ以上のアクションは起こせないらしい。
鞍にしがみついてじっと大人しくしている。
「では参りましょう」
ベリルが馬の口を取って歩き出そうとする。
それを馬の上からマダマ様が制した。
「ベリルは別荘で待っててください」
「は?」
「今日はボクがレセディを、その、ちゃんとエスコートします! ベリルがついてなくても大丈夫です」
その時の警護官の表情を例えるなら、『お前は散歩につれていかない』と言われた時の飼い犬の悲しそうな顔が一番近かった。
「で、殿下。それでは警護官の職責が果たせません」
「植物園まで行くだけです。危ないことなんてありません」
「殿下!」
「待っていてください、と言いました」
静かだが『絶対に譲らないぞ』という意志をこめた声でマダマさまが命じた。
「ま、まあ。私もいるし、大丈夫よ」
「では行ってきます。後からついてきたりなんかしたら怒りますからね?」
ご飯の『おあずけ』をくらってそのまま放置された時の犬そっくりの顔をした警護官を無視して、マダマさまは手綱を操作した。
「じゃあ行きますよ、グロシュラリア」
「うぉお、揺れるッ!」
<<お助け―――ッ!!>>
黒馬が歩き出した。ヒヅメが石を踏みしめるたびに視界が上下に揺れる。
「できたら馬の前よりも後ろの方が良いんだけど!」
「馬の上って後ろの方が揺れるんですよ?」
「え? そうなの?」
しかしそう言われても、目を落とすと馬の頭と耳それからタテガミしか見えないではないか。
4メートル近い高さでこれでは宙づりにされているようでなんとも頼りない。
しかも身長の高い私が前にいるせいで、マダマ様からはときおり体を斜めにして前を確認しなければならない。
不安を感じても仕方あるまい。
「……あれ?」
心なしか揺れが小さくなった気がする。
馬の足取りも実に確かで、一歩一歩が安定しているのが分かった。
不安げにしたり、迷ったりすることなく、力強く道なりに進んでいく。
乗り手を信頼しているからこそだろう。
「マダマさますごいじゃない!」
「えへへ……。こう見えて御するのは得意なんです」
はにかみ笑いを浮かべるこの少年が、こんな大きな馬を見事乗りこなしているのはなんだか不思議な気がした。
「レセディ」
「何?」
「遠くを見てみてください」
ちょっと勇気が必要だったが、言われるままに顔を上げてみる。
「わぁ……」
思わず声が洩れた。
セルリアンブルーの空と、ビリジアンの丘陵の対比を基調として、自然の景色が見事な絵画を描いていた。
光の滴がまぶされたような素晴らしい午前の太陽の光を受けて、小高い丘も縦横に走る石道ものびのびと線を伸ばしている。
しかも馬上から見られているおかげ、視界は自由に開けて地面を歩くのとはまるで別物だった。
それがゆっくりと後方へ流れて、また新しい景色が広がってくるのは爽快としか形容しようがない。
「なんていうか、すごいわね」
「これがあるからボクは馬車より乗馬の方が好きです」
「そうね、私も何だかそんな気がしてきたわ」
熱いものが胸に込みあげてくるのとは裏腹に、頭の中の冷えた場所からある疑問が沸いてきた。
「ねえマダマさま。ちょっと聞いて良いかしら?」
「何です?」
「私たち、どうやってこの馬から降りるの?」
「あっ」
<<……バカ>>
ぶるぶる震えて鞍にしがみついているタヌキがそれだけを言った。
次回は今夜追加します。




