表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/405

1_4「アナグマだ!」「アライグマだ!」「いや、タヌキだ!」

 それからが大変だった。

父親が予言した通り、私にまともな縁談は一向にこなかった。

気が気ではない両親は親戚や友人に頼み込みなんとか結婚の機会を得ようと、お見合いをあちこちとセッティングしまくった。



「侯爵家から婚約破棄された方を引き受けるのはちょっと……」

「失礼ながらお嬢様は悪い噂が……」

「ありがたいお話ですが、伯爵家と我が家では家格が釣り合わないので……」

「音楽性とフィーリングの違いが……」



 無理矢理面会までねじ込んでも、色良い返事はもらえなかった。

弁解めいた理由を並べ立てられお断りされるのが常だ。



「金に困ってる貧乏貴族に援助見返りに結婚してもらうのは? 偽装結婚は? 死亡証明を出してない貴族を実は生きてることにして書類上だけ結婚するのはどう?」

「家名に泥を塗るつもりか!」

「えっダメ? どうしても?」



 私としては良いアイディアに思えたのだが、父親は頑として聞き入れようとしなかった。

頭が固いなあと思いつつ、親が勧めるままお見合いを繰り返した。


 てっきり貴族の娘といえば社交界にデビューして舞踏会やら晩餐会やらで相手を探すものと思っていたのだが。

どうも実はそういう『大人の世界』は結婚して一人前の女性と認められた者に許された特権らしい。

この世界の私の社会的立場は親父の付属品扱い……というより所有物に等しいのだ。

どこに行くにも付き添いが必要だし、一人でパーティーに参加するどころか男性と二人きりになるのも遠慮しなくてはならない。



「こんなので自力で結婚相手なんか探せる訳ないでしょ!?」

「お前が撒いた種だろうが!」



そんなことをしている間に1年、2年と何より貴重なはずの十代の時間は浪費されていった。



「……おめでとう、百連敗目!」



 百回目のお見合いがにべもなく断られたとき、私はついつい叫んでしまった。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「百回や二百回お見合いが失敗したからって何よ……。貴族はこの王国には七百家もあるのよ?」

「その意気よ! 頑張るのよ、レセディ」



 ある日の私は、母に連れられて園遊会に出席した。

伯爵家の娘といっても、結婚前の私は貴族間の常識として一人前とは決して扱われないのでこのようなイベントも親の同伴が必要になる。

手間をかけてまで親が私を連れ出した理由は言わずもがな、他の若い貴族の子弟に売り込むためである。



(少女漫画原作だってのに、男尊女卑過ぎない? この世界)



 などと思いつつ、パーティー会場に入った。

今日の園遊会を主催したのは、家名と爵位を引き継いで間もない男爵だった。

正式な晩餐会や舞踏会よりも敷居が低い園遊会を開いて、私的な繋がりのある貴族を増やそうという魂胆らしい。



「なんでも将来は地元から政治家として出馬するつもりなんですって」

「へぇ」



 扇子で口元を覆い隠しながらの母のひそひそ話に、私は曖昧にうなずいた。



「まだ若い男爵夫人にも協力させているようでね。うちにも何度も来られては名刺を置いて行かれたわ。他の家にも声をかけているみたい」

「へぇ。それは大変ね」


 

 私としては政治家の妻なぞ苦労ばかりして報われないイメージしかないので、夫に良い様に使われる夫人を想像してひそかに同情した。



「それがとても仲の良いご夫婦みたいでね。『夫の役に立てるのが私の幸せなのです』って繰り返し言っていたわ。とても感じの良い方よ」

「……リア充め。心底むかつくわぁ」

「そういう良く分からない言葉使いも、男性の前ではつつしむのよ?」



 などと母が耳打ちしていると、メインのパーティー開場となるホールに噂の男爵が夫人を伴って出てきた。


「どうか今日は我が家をご自宅と思っておくつろぎください! 趣向を変えて庭では催し物なども行っております!


 いかにも『気勢が先走った若者の野心家』といった感じだった。

なるほど何年も伯爵家をやっている両親とお近づきになるのは、彼にとっても悪い話ではない訳だ。


 しかし若い野心家だけあって、招かれた客たちも若者が中心である。

名家こそ少ないものの、小貴族の他にも一代限りの騎士称号の持ち主や準男爵家も混ざってなかなかの盛況だった。



「家柄や年や見た目でえり好みしてはダメよ」

「分かってるわよ」



 ここに来たのは男漁り……もとい結婚相手を探すためである。そういう意味では格好のスポットと言えた。



(と言っても私の方から男に声をかけたりはできないんだけどね)



 主に精力的に動き回り、若い男を話し相手として誘うのは母の役割だ。

繰り返すが『結婚もしていない未婚の娘がパーティーで若い男を誘うなんてけしからん』というカビ臭い価値観が支配する世界なのである。



(貴族の娘がこんなに不自由なものだとは思わなかったな)



などと心の中で愚痴りながら壁際の椅子に座って、母が若い男を言いくるめて話し相手として連れてくるのを待った。



「あの、とても魅力的な方だとは思うのですが、我が家とは家柄が……」

「お話できて良かったです。では私はこれで!」

「……私は妻帯しているんですが、お母様がどうしてもと」

「実は私は同性愛者なんです!」



 が、やはりだめだ。

なるべく話を盛り上げようとはするのだが、相手として選ばれた男たちはみんな奥歯にものが挟まったような言い方をしてお茶を濁すばかりである。何か変なのも混ざったけど。



「なかなか良い相手が見つからないわね……、でもくじけてはダメよ」



 母がため息をついた。

『お母様の男を見る目にも問題があるんじゃないかしら?』と言いたくなったが、ぐっとこらえた。母は母なりに一生懸命なのだろう。

 


「……あら大変。スキャロップ伯爵夫人がいらしてるわ」

 


 私の二倍くらいの横幅と体重を持っていそうなご婦人が遠くでのそのそ歩いているのを見て、母は目を丸くした。



「知り合いなの?」

「私の社交界のグループの先輩なの。こちらから挨拶しないと失礼だわ。……お話の長い方だからしばらく時間がかかるでしょうけれど、待っていてちょうだい」

「ああ……それなら庭の方に出てるわ。何か催しがあるみたいだし」

 


 母がいそいそと先輩のところにご機嫌うかがいに行くのを細めで見送った。母も母で、なかなか苦労があるようだ。


 中庭に面した扉が開け放たれていて、そのままイベント会場に出られるようになっていた。

庭ではもう人ごみが出来ていて時折歓声が上がり、使用人たちが食べ物や飲み物を持ってその間を忙しく歩き回っている。

なかなかの盛況のようだ。



(大道芸でもやってるのかしら?)



 少しは気分晴らしになるか、と庭に降りた。



<<……タスケテ!>>

「んっ?」



 救助を求める悲鳴が聞こえた気がして、私はばっと顔を上げた。



「……? 気のせい?」



 周り人々は何も聞こえなかった様子で、思い思いにパーティーを楽しんでいる。

少なくとも見渡せる範囲では子供が事故に巻き込まれたりだとか、急に具合が悪くなった老人がいたりだとか、急を要する気配は全くない。


 代わりに聞こえてきたのは歓呼の声だった。

はやし立てるような野次や、侮蔑の含まれたげらげら笑い。あまり上品とは言えない騒ぎで庭が盛り上がっている。



「何かの見世物……?」



 21世紀の日本とは比較にならぬほど娯楽に乏しいこの世界、この手のパーティーではあらゆる興行が持ち込まれるのが普通だ。

中には現代的な感覚では相当えげつないものも含まれているが、みんな熱中しているようだ。

ちょっと覗き込んでみた。



「うへぇ……。『動物イジメ』じゃない」



 特に趣味が悪いものに当たってしまった。

動物同士を戦わせて観客を楽しませる、いわゆる『ブラッドスポーツ』というやつだ。

現代日本に残るものでは闘犬や闘牛が思いつくが、それに比べて洗練もされていない上にずっと血なまぐさいものだ。


 その場で行われていたのは観客席で取り囲むようにして木のフェンスを設けて、その中で動物同士を戦わせるタイプだ。

もちろんフェアな対戦が組まれるはずもない。

無数の闘犬相手に雄牛が戦わされたり、哀れな羊が観客から石を投げられながら熊に噛み殺されたり、はっきり言ってリンチを見世物にするのだ。


 現代日本の感覚では信じられないが、この世界では貴族や平民問わずこの手の見世物はいつも大人気なのである。

美しい原作漫画【ダイヤモンド・ホープ】の世界観を汚されているようで、私は正直むかっ腹が立った。

原作にもアニメにもこんなもの一切出てこないぞ! 



(でも確かに悲鳴が聞こえた気がするのよねぇ……)



 正直言って趣味ではなかったが、どうしても気になったので覗いてみることにした。

席に近寄ると、めざとい係の少年がすっと近寄ってきた。



「お飲み物はいかが? お菓子もありますよ」

「ありがとう、でもいらないわ」



 追い払って木製のフェンスの傍まで近寄った。

闘技場の中央では、哀れなヤギの死体がちょうど片付けられようとしているところだった。

一体何と戦わされたのかは知らないが、その末路は決まっている。

おそらくバラバラにされて勝者たちの餌となり、文字通り骨までしゃぶりつくされるのだろう。



「……さて、続きましては趣向を変えて笑える一戦を! 世にも珍しい希少種の犬と、世界でたった一匹の珍獣の戦いをお目にかけます!」



 司会役らしい着飾った男が口上を述べる。客席からは拍手と歓声が沸いた。



(そんな珍しいもの、こんなところで使いつぶすはずないでしょ)



 冷ややかに見ていると、闘技場の両端に当たる舞台袖から何やらごそごそと物音が聞こえてきた。次の動物の準備ができたのだろう。



「まずは青コーナー!」



 司会の指示に合わせて、細長い胴体を持った短足の犬が飛び出してきた。

ウナギのようなスタイルと垂れた耳は私にとっては馴染みのある姿だが、観客席からは思わずどっと笑いが湧いた。



「これなるは地峡大山脈の秘境より参りました珍種の猟犬であります! 可愛らしい見た目にだまされるなかれ! 過去にアナグマを10頭も噛み殺した猛者であります!」

「……ただのダックスフントじゃない」



 私のつぶやきは耳に入らない様子で、観客たちは初めて見るその胴長短足の姿に目を輝かせていた。

狭い穴に入ってアナグマやウサギを捕まえるためのそのスタイルは21世紀の日本では珍しくもないが、この国では事情が違うようだ。

愛玩用に小型化されたものとは違って、原種に近いかなり大柄なダックスフントだ。

まだ若いようで興奮しているのか、ぐるぐる闘技場を周回しながらさかんに尻尾を振っている。



「続いては赤コーナー!」



 ぱっと反対側から、灰色の影が飛び出してくる。



「えっ……?」



 それを見て、私は目を疑った。



「これなるは東方の大森林にて捕獲された、世界でたった一匹の珍獣であります! 珍し過ぎて名前もまだついてはおりません!」



 司会の口上はもっともだった。

中世から近世にかけてのヨーロッパをモデルにしている【ダイヤモンド・ホープ】の世界に存在するはずのない生き物だったからだ。



「えっ。 ―――――タヌキ?」



 思わず口に出してしまった。

丸くて黒い模様に囲まれた両目。

靴下を履いたように黒く短い手足。

丸くて太い尻尾。

その灰色のずんぐりした体型は、どう見ても信楽焼や絵本でおなじみのタヌキだ。



「アハハハ!」

「なんだあれは! 変な生き物!」

「イタチか何かの方がまだましな見た目をしてるぞ!」



 観客からは初めて見るであろうそのみすぼらしい姿に失笑が湧いた。

そりゃあそうだ。もともと東アジアの一部にしかいない珍獣のタヌキが、ファンタジー少女漫画の世界に登場するはずもない。


 観客たちの嘲笑に構わず飛び出してきたタヌキは、ちょうど私の目の前のスペースで急制動をかけると、その場でぐるぐる回り出した。



<<うぉぉ―――! 助けてくれ―――!!>>

「!?」



 今度は私は耳を疑った。

確かに人がそう叫ぶ声が聞こえたのだ。


 慌てて周囲を確認するが、みんな二頭の生き物に集中するばかりで誰も気にした様子もない。



(私だけに聞こえてる? まさか幻聴?)



 血の気が引く思いがした。

お見合いに失敗し過ぎて頭がおかしくなったと噂されては笑い話にもならない。 

が、それは杞憂というものだった。


 対戦相手を認めて、血気盛んなダックスフントは短い足で猛然とダッシュをかけた。

避けることも反撃することもできず、タヌキが体当たりの一撃を受ける。

その瞬間また声が聞こえた。



<<痛ぇっ! こいつめ、少しは手加減しろよ!?>>



 ようやく気付いた。

さっきの悲鳴は、このタヌキのものだ。



<<動物虐待反対―――ッ! だ、誰か助けて―――!!>>



 タヌキが助けを求めている。

ようやくタヌキが出せました。

次回は明日朝8時に追加します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ