4_6 馬と女衛士
<<植物園?>>
「ええ、今日はそこで王子様とデートよ」
帽子や手袋など外出用の用意をするために一度部屋に戻ると、タヌキがひょこっと藤製のカゴから頭だけを出してきた。
<<俺もついていって良い?>>
「あら、珍しいわね。いつも朝は寝てることが多いのに」
<<タヌキは夜行性だからな。 それはそれとして、この世界の植物園がどんなのか見ておきたいんだ>>
そう言ってタヌキは寝床から這い出すと、ぶるぶると体を振った。
「ああ、やめてよ。ジュウタンに毛が落ちるでしょ」
時々獣の本能が顔を出すようだが、意にも介さずタヌキは続けてくる。
<<植物園は学術研究の蓄積保存をする施設だからな。植生や風土とか、生物学のレベルとか、文化の進み具合とか色々なことが分かる>>
「へぇ。勉強熱心ね」
<<俺はこの世界の原作漫画とやらを読んだことがないしな。ちょっとずつお勉強さ>>
ということで、タヌキも連れていくことになった。
この世界で最近の流行りのツバの広い帽子と肘近くまである手袋を身につけてから玄関へ向かうと。
すでに外出用の支度を整えたマダマさまが、軽く胸を張って出迎えてきた。
「タヌタヌも連れていくんですか?」
「? タヌタヌ?」
「えっ、その子の名前でしょ?」
「あ! ああ、そうだったわ……。 王子様と一緒にお出かけできて良かったわね、ねぇ」
誕生パーティーの時になりゆきでついたタヌキの名前だった。
普段呼びかけることがないのでついつい忘れかけてしまっていた。
誤魔化すためにネコなで声を上げてタヌキに笑いかける。
<<よく考えずに名前なんか付けるからこういうことになるんだよ>>
(うっさいわね、付けたのは私じゃないわよ!)
タヌキの苦み走った顔に小さく叱責を飛ばした時、玄関前に何も用意されていないことに気付いた。
「あら、馬車はまだかしら?」
「今日は馬で行きましょう」
マダマさまが提案してくる。
別荘の使用人が馬車を用意しようとしたのを、丁重に断ったそうだ。
「道順はちゃんと知っていますし。乗馬はずっとやってきましたから大丈夫です」
「でも私、馬に乗ったことなんてないわよ?」
「大丈夫、二人乗りでボクが乗せて行ってあげます」
少年ははにかみながら自分の胸を叩いてみせた。
……正直ちょっと不安だ。
「でも乗馬用の馬なんていたかしら? 馬車から馬を外して借りるとか?」
「殿下。お待たせしました」
疑問の返事を待つまでもなく、答えが用意されてきた。
警護官のベリルに手綱を操られ、足取りも軽く立派な軍馬が玄関前の車止めへ軍馬がやってくる。
ベリルは鞍の上でぱっと身をひるがえすと、ほとんど飛び降りる勢いで地面へ降り立って見せた。
「これに乗っていくの!?」
思わず私は声を上げた。
黒い軍馬はいかにも戦闘用といったがっしりとした体格で、背中の高さまででも私の身長くらいはある。
鞍も手綱も豪華だが頑丈なものが取り付けられていて、どう見ても『子供の乗馬体験』なんかで使われるようなものではない。
「怖がらなくても大丈夫です、グロシュラリアは気性が良いですから」
その言葉通り慣れた様子で、マダマさまは顔を近づけてきた軍馬の頬を撫でてやった。
グロシュラリアというのが馬の名前らしい。
しかしいくら気性が良くて大人しいとはいっても……。
(こんな大きな馬乗りこなせるのかしら……)
不安は隠せなかった。
同じ年ごろの男の子と比べても小柄なマダマさまなんて、この馬の10分の1の体重もないだろう。
正直馬の鼻息だけで吹き飛ばされてしまいそうだ。
「何か?」
「あ、いえ、大きな馬だなあって」
いぶかしげにしたベリルに対して、慌ててごまかす。
「……ッ!」
「?」
何故か女警護官は恥ずかしそうに眉間にシワを寄せた。
「な、何か私悪いこと言ったかしら……?」
「は、失礼しました! ロナ嬢のおっしゃる通りです!」
「え? そうね、大きい馬よね?」
「はい、私は体が大きいものですから。……これくらいの馬でないとすぐ潰れてしまうのです!」
「あっ」
しまった、と思った。
どうやら馬の体の大きさの話をされたことで、ベリルは乗り手である自らの女性としては非常に高い自分の身長をあてこすられたと感じたらしい。
「あっ、違うのよ。あなたの身長のことを茶化したりしたつもりはないの!」
「お、お気遣いは結構です。『デカ女』などという影口を耳にしたことは一度や二度ではありません。慣れております!」
「そんなつもりはなくて、単に感心しただけ! それに私、背の高い女の人ってかっこいいと思うし!」
「……か、かっこいい?」
まるで大砲の音を間近で聞いた時のように、ベリルは頑健な体をびくりと震わせた。
「ほ、本気でおっしゃっておられる?」
「本気も本気。あなたは服だって似合ってるし、たたずまいも動き方もいかにもビシッ!としていて、すごく素敵よ。宝塚のトップスターって感じ!」
「タカラヅカというのが何か良く分かりませんが……。そんなことを言われたのは初めてです……!!」
さっきまでのさっそうとした雰囲気はどこへやら。
目をとろんとさせたベリルはぽわぽわと嬉しそうな空気を全身で発し始めた。
「うぉっ、マジか……。 あ、ええ、そうね。かっこいいわよ」
言い出したのは私だが、あまりの豹変ぶりに思わずたじろいでしまう。
ここまで喜ぶとは正直思わなかったのだ。
「ベリル、手伝ってください。このアブミひも、これ以上伸びないんですか?」
マダマ様の声に、私たちは急に現実へ引き戻された。
「こ、これは失礼! 殿下。如何されました?」
「ひもです、アブミのひも!」
「もう目いっぱいです。これ以上は伸びません」
マダマ様は馬のそばに立って、馬具の調整に四苦八苦していた。
どうやら足を乗せる器具であるアブミの位置が高過ぎて、体重を預けて馬の背に乗ることができないらしい。
「あの、殿下。私が持ち上げて乗せて差し上げましょうか?」
「良いです、自分でなんとかします」
「では近くの厩舎から踏み台を借りて参りましょう」
「余計なことしないで! ベリルはもう放っておいてください!」
マダマ様が警護官に対して声を荒げるのを初めて見た。少しムキになっているようだ。
(もしかして私に良いところ見せようとしてるのかしら……?)
まさかそんなことはないだろう、と思い直して助け舟を出してやることにした。
足場を貸してやったりしても男の子のプライドを傷つけるだろう。
なんとかマダマさまが自力で乗られる方法を考えなくては。
「おっ」
その時、別荘に元から備え付けてある、あるものが目に入った。
「マダマさま。アレを使えば?」
続きは明日朝8時に追加します。




