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王女と王妃をゲッツする件(8)

 停止した馬車の前に護衛の衛士隊が整列した。

私たちも客室から慌てて降りる。



「では、我々はここで失礼させていただきます」



 衛士隊の指揮官がさっと敬礼をする。

大公夫人の屋敷の入口、キューレット公国の兵士たちが作ったバリケードの手前まで私たちを送り届けた時点で彼らの職務は完了というわけだ。



「はいはい、ご苦労様。今度王妃様に会ったらあなたたちのことは良く言っておきますからね!」

「お気遣いいただき恐縮です」



 さっさと引き上げてもらいたい一心で愛想よく振る舞う。

積み荷のタルを開封して王妃と王女を外に出すのに、彼らの存在は邪魔でしかない。

手を振ってその背中を見送ってから、いそいそと荷車をバリケードの中へ引き入れた。



「早く王妃様と王女様を出してあげましょうよ!」

「ちょい待ち。ここじゃ人目につくわ。屋敷の中に入ってからよ」



 無駄に広い大公夫人の屋敷の、門扉から玄関までの無駄に長い道のりを徒歩で進んだ。



「もうすぐですから頑張るんですよ、エレミア」



 そろそろ荷車を運ぶ足取りが重くなり始めたロバのエレミアをマダマさまが気遣う。

産まれて初めて長距離荷車を曳いたのだ。流石に疲れが目立つのは無理からぬことだろう。



「ほらほら、私たちも押すのよ!」

『えーっ』


 

 ぶーぶーと不満を垂れるクォーツ三姉妹と一緒に荷車を押して、えっちらおっちらと玄関先までたどり着いたところで。



「レセディ嬢! 何を考えておるんじゃ!」



 怒りで濁った声が私たちを迎えた。



「あっ。やばっ!」



 冷たい風が吹き抜ける玄関先に、目を三角にした大公夫人が仁王立ちしている。

無断で外出したのがバレたのだ。

マダマさま、三姉妹と同時に身がすくんでしまう。



「こんな時に外出などと、一体何を考えておるんじゃ!」



 来るまで待っていられるかと言わんばかりに、大公夫人はバタバタと上着の裾をはためかせながらずんずんと歩み寄ってきた。



「そなたに万一のことがあったらいかんと思ってワシは心を砕いてきたというのに! よくもこんな……!」

「えーっと、大公夫人! これには訳が……!」



 頬を紅潮させた大公夫人は、私たち一行に混じったシンジュちゃんの姿を見て、ますます語気を強めた。



「しかもマダマまで連れ出したのか! なんという慮外者じゃ! ……おまけにわざわざそんな可憐で素敵な格好で!」

「後半がちょっと気になりますが、ごめんなさい叔母上!」



 ほとんど反射的にマダマさまが叫んだ。



「ええい、本当に何を考えておる!?」

「ごめんなさい、でもこれは必要なことであって……」

「いったい何の用があって出かけたというんじゃ! この非常時に、ロバまで連れおって!」

「あ! 大公夫人! ダメです!」

「なんじゃ、こんな古いタルなんぞ拾ってきおってからに! 何を持ち帰ってきた!」



 興奮した大公夫人の怒りは納まらない。

苛立ちそのままに荷車に取りつくと、衝動的な動きでタルのフタを払いのけた。



「あ、どうも。ごきげんよう」



 中をのぞきこんだ大公夫人は、中にいた王妃から短く挨拶されて、表情筋を硬直させた。



「…………」



 たっぷり数秒呼吸を忘れた大公夫人が、頭を押さえてよろよろと後じさりする。



「ど、どうしたんですか。叔母上」

「……マダマ。ワシは疲れておる。医者を呼んできてくれ」



 さっきまでの剣幕はすっかり鳴りを潜め、ぽつぽつと大公夫人はつぶやいた。



「気分が悪いんですか?」

「なんか今、幻覚が見えた」



 こんなに気を落とした大公夫人を見るのはえらく久しぶりだったので、私は弁解も忘れて目の前の光景に見入ってしまった。



「今、タルの中に王妃がおった……! おかしい、今日はまだ酒は飲んどらんし変な薬ももうやっておらんはずじゃ……!」

「叔母上は正常です。残念なことに」



 冷めた目のマダマさまが、頭を抱える大公夫人に現実を突き付けた。



「なんじゃと―――!?」

「ついでに申し上げると、こっちには王女様も入ってます」

「ハロー!」



 マダマさまが小さな方のタルを持ち上げると、中からぱっとカイヤ王女が顔を出してきた。

血の気の引いた大公夫人のそれとは対照的に、こちらはいたずらっぽい笑みを顔中に貼り付けている。



「ぎょえ―――ッッッ!?」



 妖怪を目撃したかのごとく、大公夫人は仰天した。

あわあわと両手を振り回し始める。

マジックパワーを吸い取ろうとでもいうかのような珍妙な踊りだったが、ややあって必死に手振りで私を呼びつけているのだと気付いた。



「……あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわい!!」



 ほとんど白目を剥いて大公夫人はツバを飛ばした。



「一体これはどうしたことじゃ! 何が起こっておる!?」



 どうやら急変する事態に脳の処理が付いていけないようだ。



「どういう理由で王妃と王女がここにおるんじゃ! どうせ国王陛下には無許可じゃろ、無許可じゃな!? 黙って勝手に連れてきたんじゃろ!?」

「すみません。私の判断で王妃様と王女様を保護してきました」

「今すぐに元おった場所に戻してまいれ!」



 まるで放り捨ててくるかのようなジェスチャーを交えて、大公夫人は必死に訴えてきた。



「今、フュルト・シュパート宮にいるのは危険すぎます!」

「知ったことか!」

「いつクーデターが起きるか分からないんですよ! かくまってあげてください!!」

「王宮で衛士隊がどんなバカなことをしでかしても、ワシの責任ではなかろう!」


 

 大公夫人の言うことももっともなのだが、私もここまで来て引き下がるわけにはいかない。

不興を買うのを覚悟で抗弁する。



「そんなことしたら死んじゃうかもしれないです、危険ですよ!」

「ワシの立場の方が危ないことになろうとしておるんじゃ!」

「ちゃんと私が面倒見ますから!」

「ダメじゃダメじゃ!」



 被りを振って嫌がる大公夫人と押し問答をしていると。

マダマさまがおそるおそる、といった顔で話に入ってきた。



「あのー、二人とも王女と王妃の処遇の話をしているんですよね……?」

「はあ?」

「犬とか猫とかタヌキを拾って飼おうとかいう話じゃなくて?」

「当たり前じゃ!」



 吐き捨てた大公夫人が、さらにまくしたてようと大きく息をついたところで。



「くちゅん」



 可愛らしいくしゃみの音が響き渡った。



「あ、ああ。失礼しました」



 チーフで鼻を押さえながら、タルから顔を出していた王妃様は再びタガと木板の間にしゃがみこんだ。



「えーと、大事なお話をされているんですよね? 大丈夫、もうちょっと待ってます。この中は結構温かいですから……」

「…………ワシが粗忽じゃった」



 ようやく大公夫人は、自分が一国の王妃を無視して目の前で言い争っている無礼に気付いたようだ。



「おい、レセディ嬢」

「はい」

「……王妃と王女を客間へ案内せよ。丁重にな」



 ほとんど泣きそうな声で大公夫人は命じた。



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 王妃と王女を一番良い来客用の部屋に通して、トパースに頼んで温かいお茶を淹れてもらった。

『一緒にいかが』という王妃様のありがたいお言葉を丁寧に断って、後は三姉妹に相手を任せて辞去する。

大公夫人のところに怒られにいかねばならないのだ。



「失礼します、王妃様たちをお通ししてきました」

「うむ」



 おそるおそる大公夫人の執務室に入ると、夫人は自分の椅子に深々と座り込んでいた。

その前にマダマさまが所在なさげに立ち尽くしていた。

更に残念なことに男の子の格好に戻ってしまっている。



「まあやってしまったことは仕方ない」


 

 大公夫人は物憂げながらも、落ち着きを取り戻した声でつぶやいた。



「確かに何も知らぬ陛下に任せていたら、あの母子は無防備なままじゃ。安全なところへ連れておかねばならぬという理屈も分からんではない」



 てっきり怒られるものとばかり思っていたが、思わぬ展開だった。

これはなし崩しに許してもらえるのかも……。



「……しかしこれはいかれた事態じゃぞ!」



 甘かった。

大公夫人はいきなり語気を強めるや、ばんと机の天板を手のひらで叩いた。


 

「早急に手を打たねばならん! 少なくとも陛下の了承だけでも取りつけておかねば! それも今すぐにじゃ!」

「お、落ち着いてください、叔母上……」

「これが落ち着いておられるか! ワシらはこのままじゃ、勝手に王妃と王女を連れだして武装した私邸に立てこもる国事犯じゃぞ!」

「そんな大げさな……」

「そう認定されてもおかしくないと言っておるのじゃ!」



 なんとかなだめすかそうとするマダマさまに、大公夫人は歯を剥き出しにした。



「あの悪辣な宰相が黙ってみていると思うか! きやつめは主要な新聞各社を押さえておるんじゃ! 下手なことを書かれてみろ、ワシやそなたの評判が地に落ちるぞ!」

「あ、その点なら心配はご無用です」



 話の途中に割り込むと、大公夫人とマダマさまはきょとんと目を丸くした。



「……えらくはっきり言い切りよったな?」

「ええ、新聞にすっぱ抜かれる心配はありません」

「何故断言できるんです?」

「もう私の方から新聞各社に手紙でタレコミました。今日の夕方には手紙が届いて、明日の朝刊に載るはずです。『王妃様が大公夫人屋敷に滞在している』って記事が」

「なんじゃと―――!」



 ばっ、と大公夫人は椅子から立ち上がった。



「自分から広めたというのか!」

「こそこそ隠すから悪いことをしているみたいで問題になるんですよ」

「だからつーって、自分から悪事をバラしてどうするんじゃ!」

「悪事にはなりません。『国王陛下にお目見えするレセディ・ラ=ロナのために王妃様が直々に泊りがけで宮廷作法を指導することになった』って投書ですから」



 大公夫人とマダマさま、そっくりの四つの目が同時に長いまつげをしばたたかせた。



「なんじゃそりゃ……」

「で、でたらめもいいところじゃないですか。何も聞いていない王宮は大慌てで否定するに決まって……」

「だからそうはなりませんよ。王宮が公式に認めると思います?『王妃様と王女様を知らないうちに拉致された』なんて」

『…………確かに』



 不承不承、といった具合によく似た面立ちの両者がうなずく。



「この件に関しては、宰相閣下はむしろ事態を問題化しないよう必死に動いてくれるはずですわ」

「宰相が?」

「だって王室の株が上がりますから。私はもう王都じゃ有名人です。その私の名前付きで国王ご一家の宣伝ができるんですから、国王陛下の信任が後ろ盾の宰相閣下にとっても損じゃありません」

「フツーそういうこと自信満々で本人が言うか?」

「都合の良いことに私が陛下にお目見えして頂くことは、数日前から新聞で報道されていますから。王妃様を指導のためにお迎えしても、読者は誰も不自然に思いませんわ」



 宰相が私のお目見えを自分と国王のプロパガンダのために利用していることは既に下調べ済みだ。

世論の力というものを良く分かっている宰相のことだ。

ここで私を犯罪者にして、これまでの宣伝活動を無為に帰すような真似はできない。相手が事実上何の政治権力も持っていない王妃となれば尚更である。



「大抵は好意的な論調で終わるか、精々『引きこもりだった王妃が出しゃばってきた』とかそんな陰口で終わるでしょうね。それ以上の批判的な口は宰相閣下が念入りにふさいでくれますよ」

「宰相を利用するというわけか……」

「国王陛下も大臣たちも宰相閣下が上手く言いくるめてくれますよ。あの方、そういう政治力はおありでしょう?」



 宰相を利用したというより、宰相自身が自分の策につまずいたといったところだ。

あまりに大々的に宣伝したばかりに、ここで私のイメージが失墜したら宰相閣下もただではすまない。


 とはいえ損にならないとはいえ、国王や閣僚を説得しマスコミの世論をまとめあげる手間は小さいものではあるまい。

降って沸いた事態を早急に収拾するとなれば尚更だ。



 おそらく今夜は徹夜仕事だろう。だが宰相の場合全然カワイソーとは思わん。

 必要もない人気取りの貧民街でのボランティア活動に巻き込んで、私やマダマさまを危険な目に遭わせた報いに比べればこんなの軽いものだ。



「てなわけで手間は宰相閣下が引き受けてくださいます。私たちは黙ってお披露目の時まで待っていれば、勝手に周りが持ち上げてくれますわ」

「……そなた何か変わったか?」



 大公夫人は少し薄気味悪そうな声になった。



「変わったって、何がです?」

「こんな風に他人を利用しておったか?」

「ぼ、ボクも同じこと思いました」



 不安げな目つきのマダマさまが話に入ってくる。



「レセディはこれまでずっと自分の力でなんとか成し遂げようとしてきました。こんな風に他の人を無理矢理巻き込んで利用するなんて、ボクが知らないやり方です」

「もう手段を選んでなんていられないのよ」



 ぴしゃりと言い切った。

そもそも私やマダマさまの名声を利用しようとして危険な王都に呼び寄せたのは宰相の方ではないか。

こっちが都合よく使って何が悪いというのだ。



「緊急事態だからそういうのが必要なのは分かりますが……」



 マダマさまの目にこちらを気遣うような色が宿った。



「だ、大丈夫ですか? 王妃様を連れてくるやり口といい、ちょっと強引です。無理をしていませんか? レセディ……」

「平気よマダマさま。確かに今までより悪どいやり方をしているかもしれないけれど、思っていたより全然罪悪感が湧かないわ。きっとこういうのが天職なのよ」

「て、天職……?」



 本心からの言葉であることを証明すべく、余裕たっぷりの笑みと共に断言する。



「だって私、悪役令嬢ですから」

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと思うところがあって初期の話を読み返しました ……あの頃は大公夫人にビビり散らかして引っ掻き回されてたのに、今では逆にビビらせて引っ掻き回すようになるなんて、レサディ嬢も成長しましたねえ…
[良い点] 悪役令嬢ですから(キリッ) そういやそうだったw 行動力の化身みたいなレセディにまきこまれた宰相は今頃ボヤいていることでしょうよw
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