4_5 朝食
ベッドに立てこもるマダマ様を何とか拝み倒して、何とか出てきてもらった。
別々に着替えてから朝食を取りに食堂へ向かう。
「おはようございます、大公夫人」
「おはよう。よく眠れたかの?」
大公夫人は長いテーブルの真ん中に陣取り、コックに卵の焼き加減から中に入れる具まで事細かに指示している途中だった。
昨晩は結局出て行ったきり戻ってこなかったから余程深夜に帰って来たのだろう。
或いは早朝、もしかしたらついさっき帰宅したのかもしれない。
それにしては疲れたそぶりは全く見せないし、態度も喋り方も快活なままだ。
「……おはようございます」
朝から刺激が強過ぎて憂鬱そうなマダマ様とは全く対照的である。
部屋に入ってきた少年を見て、大公夫人は弟をからかって楽しむ姉そのものの眼の輝かせ方をした。
「マダマもおはよう。ワシの趣向はどうじゃた? 気に入ってもらえたかの?」
「……」
まだショックから立ち直れないでいるマダマ様は、軽い会釈をしただけで自分の席についてしまう。
「どうしたマダマ。何か嫌なことでもあったか?」
流石にその様子に何か感じ取ったらしく大公夫人が声をかけたが、やはり返事はない。
無礼とも言える態度だったが大公夫人は意味深げに眉をしかめると、すっと私の方へ顔を近づけてきた。
「もしや……昨夜は早速お楽しみじゃったか!?」
「何言ってんですか」
「なんじゃつまらん」
心底がっかりしたように肩をすくめてみせる。
(本当に何を考えてるのかしらこの人……)
「ああ、もしかしてアレがなかったのか? ちゃんとサイドテーブルの棚に入れるよう申し付けておいたはずじゃがの?」
「アレって何ですか。アレって」
いかん。おっぱいで動揺する12歳の少年に聞かせる話ではない。話題を逸らさなければ。
「え、えーと、今日はマダマ様に一日付き合ってもらえる約束なんですけど」
「ほう?」
「この辺りでどこかデートスポットなんてありませんかしら? 恋人同士がゆっくり過ごせるような素敵な場所! ねぇマダマさま?」
「えっ、えぇ、そうですね……」
突然話を振られてマダマ様は驚いたようだが、そこで昨日の『仲良くする』約束を思い出してもらえたらしい。
曖昧にうなずいて同意してくれる。
「ほほぅ……。よきかなよきかな。それでこそ連れてきた甲斐があるというもの」
扇子を口元に当てて、大公夫人は意味深に笑みを作って見せる。
「では植物園なんてどうじゃ?」
「植物園?」
「知らぬのか? この地の名所でな。 先代の国王、つまりワシの父王陛下が研究のために造られた植物園があるのじゃ」
知らなかった。どうも私の見識は原作漫画【ダイヤモンド・ホープ】が基準だから、主人公と関わりのない情報はなかなか頭に残らないのだ。
「父王陛下は植物がお好きな方でな。大温室を作らせて世界中から珍しい植物を取り寄せては栽培しておられた。今でもそれが続いておるのじゃ」
「へえ、面白そうですね」
「懐かしいのう。 港に妙ちくりんな木が水揚げされる時に父王陛下に連れられて見物に行ったことを思い出すわ」
大公夫人はすっと遠い目をした。
「あら、ちょっと意外。大公夫人も植物がお好きなんですか?」
「いいや、全然。正直退屈じゃった」
「……」
「だって詰まらんじゃろ? 動きもせんし喋りもせんのじゃぞ?」
こともなげに言い切ってくる。
(じゃあどうして人に勧めるのかしら……?)
「ぼ、ボク、植物園に行きたいです!」
マダマさまがテーブルの反対側で声を上げた。
おや、と思う。この少年がこんな風に話に割って入ることがあるとは。
「そう、行きたいです! その……レセディと二人で、一緒に!」
言いながら、伏し目がちにこちらの様子をちらりちらりと見てくる。賛同して欲しいようだ。
(ははぁ……そういうこと)
ひとりで納得して小さくうなずいた。
(よっぽど植物が好きなのね)
それならばこちらとしても異論はない。
「ではご一緒しましょうか」
「よしよし、決まりじゃな。行って参れ」
大公夫人は上機嫌に頬を持ち上げた。
「大公夫人はどうされるんですか?」
「ワシか? これから寝る」
「……」
「昨日はほんの小手調べ、今日からが本当のギャンブル勝負じゃ。昼間はよく休んで鋭気を養っておかなければな」
そう言って大公夫人はオムレツやらパンやら冷製スープやらをあっという間に平らげてしまった。
「ではワシは寝る! 敵襲以外の理由で起こしたらおしおきじゃぞ」
そう言って大きなあくびをすると、大公夫人は食堂を引き上げていった。
眉をひそめて、マダマさまの方へそっと第三者に聞こえない声量でささやく。
「……別荘地の過ごし方を間違ってない、あの方?」
「ボクもなんだかそんな気がしてきました」
続きは今夜追加します




