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4_4 揉んでみる?

 その日は一日ゆっくり過ごした。


 周囲を散歩したり、仮眠から起き出してきたマダマ様と夕食に舌鼓を打ったり。

食後は大公夫人が呼んでいた芸人たちが、ジャグリングや手品を披露してみせてくれた。

なかなか楽しい余興だったが、早めに切り上げて夜の支度を済ませることにする。



「今日は夜更かししないでおきましょ」



まだ恥ずかしそうにしているマダマ様の背中を押すようにして一緒にベッドに入って、私も長旅の疲れからすぐ寝入ってしまった。



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 そして翌朝。


 

「うぅん……」



 夢を見ることもなく深く眠りこけて、私は目を覚ました。

世の中には家具の配置が変わっただけで寝付けないという繊細な神経の持ち主もいるらしいが、ガサツな私は悪趣味なハート型の枕でもぐっすり眠れる。

寝るときの難点といえば『貴族の娘だから』と長く伸ばさせられた金髪くらいだが、こればかりはどうしようもない。

もう自然と頭を浮かして引っ張られないようよけるのに慣れてしまった。



「……。おっと、別荘に来てたんだっけ」


 寝ぼけた目に、見慣れない薄いベッドカーテンと天蓋が飛び込んできて一瞬混乱する。

すぐに大公夫人に連れてこられた経緯を思い出した。

隣で寝ているはずのマダマ様を起こさないようにそうっとベッドカーテンを開く。


 寝る前は閉じられていたはずの窓のカーテンはいつの間にか全て開かれ、朝の光が部屋の中に差し込んできている。

明け方に起き出した使用人が、全く音を立てずに部屋に入って来ては開けていったのだ。

21世紀の日本人としての感覚としては部屋に人が黙って出入りするのはなんとも落ち着かない気がするが、この世界の貴族の暮らしではこれが普通なのだ。



「映画に出てくるセレブの生活みたい……。って今は私もセレブなんだわ」



 意味もなくそうつぶやいて、せっかくなので窓の向こうのバルコニーに出てみることにした。

大きなガラスのついたドアを開けると、新鮮な朝の空気が頬を撫でてくる。

清々しい朝の光が緑を基調とした別荘地の眺望に、鮮やかな陰影を刻んで目が覚めるようなコントラストを作っている。

風に混じってかすかに聞こえてくる鳥のさえずりや、それぞれの別荘に生活品を運ぶ馬車の響きがなんとも心地良い。



「無理矢理じゃなくて、観光で来られたら良かったのになぁ……」



 誰も聞いていないことを確認してから、ちょっと愚痴をつぶやいてみた。

強制されて体験するにはもったいないくらいの素晴らしい朝だった。



「……おっといけない」



 ふと寝乱れた髪に気付く。

いくら相手が年端もいかない男の子といえ、寝起きのままの顔と頭で会うのははばかられた。

私にだって最低限の女のプライドくらいある。

音を立てないように気を付けてバスルームに入り込むと、洗面台でとりあえず顔を洗って髪を整えた。


 冷たい水で顔をすすぐと、肌にこびりついて残っていた眠気の粒子がようやく完全に取り払われた気がした。



「もう着替えておいた方がいいかしら?」



 早起きし過ぎたせいで教えられていた朝食の時間まで間があるのだが、使用人が来る前に服を着替えることにした。

今身に付けているのは昨夜、『これを着るように』と別荘側が用意していた寝巻である。

手で握ったらそのまま溶けてしまいそうなくらい薄いネグリジェだった。

手編みのレースで彩られた高級品で、胸の谷間や太もももバッチリ見せつける夜の生活にも役立ちそうな一品である。



「純情な男の子の目には毒でしょうに」



 さっさと着替えてしまおう。

服を取りに寝室に戻ると、例の大きな姿見鏡の前を通りかかった。



「……ふーん」



 こう言っては何だが、『レセディ・ラ=ロナ』としての私は控えめに言って美人だ。

少女漫画の序盤の敵キャラらしく尖った顔立ちや、攻撃的なドリルを巻いた金髪など、マイナスポイントは確かにあるが総じていえば美形といっていいだろう。

鏡を見るたびに毎回この世界に転生する前の、日本で過労死寸前の冴えない24歳OLだったころとの見た目のギャップに戸惑ってしまう。

が、今のビジュアルは決して嫌いではない。

むしろ気に入っていると言っていい。それは何より……。



「うひひひ……」



 鏡に映るネグリジェで辛うじて南半球が隠された大きな胸を見る。

思わず下品な笑いが漏れてしまう。

大きさも量感も、貧相な体つきだった前世とはくらべものにならない。

綺麗な丸い線を描き、しっかりと重力に逆らう未来の赤ちゃん食堂の姿には尊ささえ感じてしまう。

口元のにやにや笑いがどうしても止められず、私はむんずと自分の胸をわしづかみにした。



「いや―――、たまりませんなぁ!」



 指からこぼれでそうなボリューム! 

張りのある肌!

ずっと揉んでいたくなる柔らかさ!

これのためなら、ぶっといブラジャーの紐や、谷間にたまる汗や、慢性的な肩こりなんていくらでも我慢してみせる!

 


「おっぱいが大きいのって……素敵!!」



 つい本音が声になって出てしまった。

断言しよう。

『胸の大きさを気にするのは男だけで女は気にしていない』などというのは大嘘だ。

だいたい顔のパーツの形や肌の油分まで敏感に反応して気にする女という生き物が、こんな巨大な性のアピールポイントをわざわざ避けて通るわけがない。

女だって巨乳は好きだし、できたら自分もそうなりたいと思っているのだ。



「うひっ! うひひひひっ!」



 この身体に産まれて良かった!

漫画の悪役なんかに転生してしまったのは計算外も良いところだが、これだけは『神様ありがとう』と声に出して言いたい。

自分の巨乳を揉みまくりながら感動さえ覚えていると。

背後でシーツが擦れあう気配がした。



「―――――――――」

「あっ」



 振り返ると、ベッドの上でいつの間にか目を覚ましていたマダマさまが赤面していた。

やらかした。

起きだした時ベッドのカーテンを開けっぱなしにしていたのだ。



 朝の空気が凍り付いた。

流石の私も固まってしまう。

何か言おうとする気持ちと、誤魔化そうとする羞恥心と、それでもやっぱり誇示したいという自尊心がないまぜになって。

思わず両胸を握りしめたままベッドの方へ向き直ると口走っていた。



「マダマ様も揉んでみる!?」

「~~~~~~ッッッ!」



 リスが自分の巣穴に逃げ込む時とそっくりの動きで、少年はパッとシーツの中に潜り込んだ。

続きは明日の朝8時に追加します。

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― 新着の感想 ―
[一言] マダマきゅん可愛すぎる
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