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ぼくらはタヌキ音楽隊(2)

 私たちは寒い空気の中で背筋を丸めながら、マーカスの集合住宅にこっそり戻った。



「大丈夫、ばあちゃんもパイも寝てるみたいだ」



 マーカスが中の様子をうかがってから、なるべく足音を立てないように中にお邪魔する。

 寝ている間に招かれざる客が大人の男の人を引き込んでいたら驚くだろうな、と思いながらビクスバイト警護官をちらりと見やった。

家主のおばあちゃんには申し訳ないが、警護官だけ外で一晩明かさせる訳にもいくまい。



「一応聞いとくけれど、これ以上増えたりしないだろうね?」

「その予定はないわよ」

「うち毛布もそんなにないよ!」



 露骨に嫌そうな顔をするマーカスをなだめながら、とりあえず今夜の私の寝床である納戸へ案内しようとすると。



「…………」



 ビクスバイト警護官の足がぴしりと固まった。



「? どったの?」

「レセディ嬢と同室ですか……?」

「ええ、何か問題ある?」

「問題しかありません!」



 決然とビクスバイト警護官は首を振った。



「私は廊下で休ませていただきます」

「ダメよそんなの!」



 急に頑固になった警護官はその場で毛布を手に居場所を作ろうとしたが、慌てて引き止めた。

朝起きた時に、知らない警護官が廊下で座り込んで野営していたら軽くホラーだ。

おばあちゃんとパイが見たらパニックになることだろう。



「別に同じベッドで寝ようって訳じゃないのよ! 今晩仮に避難するだけ!」

「しかし道徳的にやはり……!」

「今は暴力が支配する時代なのよ!」



 渋る警護官の背中を押して、なんとか納戸に入れようとする。



「ちょっとちょっと」

「はぁ?」

「朝飯はどうする? 何人分用意すれば良い? うちパンもたきぎもそんなに余裕ないんだけれど」



 袖を引っ張って、マーカスが面倒くさいことを言い出してきた。



「とりあえず人数分用意してよ! 後で必ずお礼するから……」

《オレも人数に入ってるか確認しろ!》


 

 足元のタヌタヌまでぎゃあぎゃあと喚きだした。

ああもう、この男どもと来たら!

普段はおおざっぱなくせにどうしていざとなると細かいことにこだわりだすんだ?



「……」



 何かを察した顔つきでビクスバイト警護官は、ゴソゴソと懐をまさぐった。



「迷惑料だ」

「どうも!」



 差し出された何枚かの硬貨を、マーカスは小さな手のひらで握りしめた。

如才なく銀貨をせしめた少年は軽い足取りで自分の部屋へと戻って行った。

呆れてしまうくらいの切り替えの早さだった。



「あの子ったらもう……」



 世渡りがうまいというのかもしれないが、マダマさまとは本当にえらい違いだ。

そっくりな見た目をしているくせに。



「……レセディ嬢」

「ん?」

「あの少年は何者ですか」



 真剣な目で一等警護官は私の方を振り返った。



「え、マーカスのこと?」



 言わずもがななことを聞いてしまった。



「やっぱりびっくりした?」

「……驚きました」

「似てますよね、マダマさまに」

「公爵殿下とはどのような関係です!?」



 雑談の種くらいのつもりでいたら、ビクスバイト警護官は血相を変えて食いついてきた。

その勢いに思わずたじろいでしまう。



「赤の他人よ。私だって今日初めて会ったわ」

「本当ですか?」

「ウソついてどうするのよ」

「あの少年本人は公爵殿下のことを知っているんですか?」

「まっさかー! 知ったら驚くわよ、自分とそっくりな男の子が北の果てで公爵さまやってるだなんて」



 ケタケタと笑い飛ばしたが、ビクスバイト警護官の形相は一切変わらなかった。

その目が血走っているように見えるのは気のせいだろうか。



「いくらそっくりでも生き別れた兄弟なんてことがあるはずないでしょ、アハハ!」



 脳裏にかすかな不安がよぎって、言われてもいないことを自分からペラペラと喋ってしまう。



「…………」



 即座に否定されると期待していたのが、ビクスバイト警護官は表情筋を固めたまま押し黙った。



「えっ、本気?」

「……ありえますね」

「えぇ……っ?」



 謹直な警護官の態度からは、冗談めかした空気は一切感じ取れなかった。

急に妙な寒気が足元から這い上がってくる。



「あ、ありえないでしょ? マダマさまって王族でしょ? 先代の国王陛下のお孫さんなんでしょ?」

「もちろん。公爵殿下は先の皇太子殿下のご嫡男であらせられます」

「じゃあなんでその兄弟が、こんな貧民街にいるのよ!?」

「……」



 同じ無表情でも、ビクスバイト警護官は言いにくそうな顔になった。



「オズエンデンド公爵殿下のお父上……。7年前に亡くなられた、先の皇太子殿下はその」

「マダマさまのお父様がどうかした?」

「英雄色を好むといったところがあるお方でしたから」

「んん?」



 何か妙な話になってきたぞ?



「たくさんの女性と親しく交際されていたと聞き及びます」



 【女好き】という言葉を、衛士隊印のオブラートに包むとそういう表現になるらしい。



「そうだったの?」

「社交界では有名な話だったと記憶していますが、ご存じなかったのですか?」



 無関心ですみません。

その頃は自分がどうやってカリナンとの婚約をなかったことにするか、そのことばっかり考えてました。



「もしかして『据え膳食わぬは男の恥』とかそういうタイプだった?」

「私の口からはこれ以上は申し上げられません」



 じろりと警護官の眼球が動いた。

相手が不敬罪を取り締まる立場の衛士隊に所属していることを思い出して、私は慌てて口をつぐんだ。



 しかしマーカスが隠し子ではないかと疑った時点で、一等警護官はもう答えを言っているようなものだ。

こんなところに住んでいた女性にまで手を出した疑惑を持たれるほど、その、愛情をたくさんの相手に振りまいたお方のようだ。



「いやぁ、しかしマダマさまのお父様がねぇ……」



 息子の印象とのギャップに、驚きのあまり溜息までついてしまった。

キュートなマダマさまの父親が漁色家というのは、意外というより困惑を覚えるほどだ。



(あるいは男の人って成長したらみんなそうなるのかしら……?)



 そういえば私の因業親父も浮気相手を自宅に連れ込むようなサイテー男だった。

まさかマダマさまも色を知る年になったら、ガールハントに一生懸命になるような軽薄な男になるのだろうか……?



(えーっ、いや、そんなはずないわ! あの純情なマダマさまが……でももしかしたらある日突然ラトナラジュ家の血に目覚めて!?)



 不安を払拭しようと、自分を安心させられる材料を記憶の中から探し出そうとする。



そう、あれはオズエンデンドにモルガナが来てしばらく経ってからのこと……。



『殿下ー! 新しい下着を仕立てたんだけれど、どれが似合うか見てくれない!?』

『ボクに聞く必要ないでしょ!?』



「…………」



 オズエンデンドの公爵邸で、モルガナのセクハラから逃げ惑うマダマさまの姿がありありとまぶたの裏に浮かんできた。



 いや、ないわ。

それはない。

間違いなくバリバリの草食100%男子だ。



「ふぅ……。良かった、安心したわ」

「何を!?」

「あらごめんなさい、こっちの話」



 そうだった、マダマさまのことは本題ではなかった



「……まさかマーカスって本当に隠し子!?」

「確かめる手段はありませんが」



 半ば用心のつもりでマーカスを確保したつもりだったが、一等警護官が本気で疑いを持つとは相当だ。

口さのない世間に知られたら、一体何を言われるものか分かったものではない。

我ながらとんでもない爆弾を見つけてしまったもんだ。



「えっ、ヤバくない?」

「全く考えておられなかったんですか?」

「ちょっと確認! この国の次の王位ってどうなってるんです? 何かの間違いで、マーカスを担ぎあげて王様にしようって動きが出てくる可能性は?」



 警護官は言いにくそうに眉間にシワを刻んだ。



「……王位については言い及ぶだけでも罪に問われる場合があるのですが」

「ゲッ!?」



 どうやらデリケートな問題にずけずけと踏み込んでしまったらしい。

慌てる私に、警護官はちいさく溜息をついてから説明してくれた。



「王位継承権のお話であれば問題ありません」

「そうそう、それが聞きたいの!」

「まずは国王陛下の唯一のご息女、カイヤ王女が王位継承権第一位です」

「へ、そうなの?」



 ちょっと意外だった。

そりゃ国王陛下の一人娘なんだから資格があって当然なのだが、男尊女卑が当たり前のこの国で普通に女の子が継承権を持っているとは。



「女王の即位を禁じる法は特にありません」

「……はあ、何か意外だわ」

「しかしカイヤ王女はご健勝とは言えません。健康面を考えられると、国王としての公務は難しいでしょう」



 まあそうだろうな、と思った。

一年に十数回も風邪を引いて寝込んでしまう王様なんて、とても職責が果たせるとは思えない。



「その次は先の皇太子殿下の妹君、キューレット大公夫人ということになります」

「マジで!?」



 これまた先の皇太子の妹君だから当然……なのだが、思わず声に出してしまった。

あの方が国王になったらどんな治政が始まるのか、想像しただけで暗い気持ちになる。



「しかしこれも現実味がないと思われます」

「何故?」

「キューレット大公国は隣国という意識がまだまだ強いので……。同君連合となれば反発も強いでしょう」

「ああ、なるほど」



 どこの国民だろうと、隣の国の王様に支配されて面白いわけがなかった。

これはキューレット大公国でもラトナラジュ王国でも変わりがないだろう。



「そしてその次、王位継承権の3番目がオズエンデンド公爵殿下です」

「つまり実質、マダマさまが一番次の王位に近いわけね」

「今の時点では」



 それを聞くと大公夫人がマダマさまのことに並々ならぬ情熱を燃やすのも無理がない話である。

同時に今の国王陛下とその周りにいる王宮の連中にとっては、直接の血縁でもなく大公夫人の庇護下にあるマダマさまは何とも邪魔な存在であることだろう。

まあそれは置いといて。



「……そこにマーカスが亡くなられた皇太子殿下の隠し子って話が出てきたら、いきなりややこしいことにならない?」

「なります」



 一等警護官は断言した。



「…………どうしたら良いのかしら?」

「どうしたら良いんでしょうか」



 ことは一つの王国の継承順位に関わる問題である。

とても悪役令嬢と警護官が、貧民街の集合住宅の中で結論が出せることではなかった。



『……』



 数分間黙り込んで、嫌な沈黙が納戸の中を満たした。

そして熟慮の末、



「まあ今は考えないことにしましょ、非常事態だし。とりあえずしばらくの間マーカスは絶対表に出さないってことで」

「御意」



私たちは問題を先送りにすることにした。

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