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4_3 寝床の場所

「…………」

「ほ、ほら。ベリルだって仕事でやってるわけだし。別に悪気があるわけじゃないわよ、きっと」



 恨めし気に閉じられたドアを見て唇をとがらせているマダマさまに、取り成すように声をかけた。

しかし私自身も半ば呆れた思いがするのは一緒だ。

大公夫人が強引な性格をしていることはどうやら第一印象の通りらしいが、ちょっとこれはやり過ぎなのではなかろうか。



(そういや改めて見ると、ここって夫婦用の寝室っぽいのよね……)



 部屋の奥には三面の化粧台や大きな姿見鏡まで置かれている。

最初は私のために用意してくれたのかと思ったが、どうやら元からそういう仕様のようだ。

ふとベッドサイドの藤カゴの上に寝転がったタヌキと目が合った。



<<ひょっとして俺はお邪魔だったかい?>>

(あなたは黙ってなさい!)

<<へいへい>>



 小さく叱りつけると、タヌキは新しい寝床の中の毛布にもぞもぞと潜り込んだ。

良く見ると、ベッドの上にハートの形をした枕までもが複数並べられている。

ここまで来たらはっきり言って趣味が悪いのではないか?



「うへぇ……。こういうのってどこで売ってるのかしら?」



 何の気なしにパステルカラーの枕をひっくり返してみる。

流石に『YES』だの『NO』だのアップリケがついたりはしていなかった。


 はぁ、と小さくため息をついた。

こうなれば仕方ない。ホテルのツインの部屋に泊まったとでも思って、なんとかやっていくほかあるまい。



「ま、しょうがないわね」

「……!」

「でもある意味ちょうど良かったかもね。これだけ大きなベッドなら二人でも余裕そうだし」

「このベッドはレセディが使ってください!」


 

 小走りに駆け寄ってきたマダマさまが、ベッドの上に乗せられていたブランケットを引ったくった。



「へ?」

「ぼ、ぼ、ボクはソファで寝ますから!」


 

そう言ってテーブルのそばの長いソファに飛び込んでいった。

背もたれの側に顔を埋めるようにして寝転ぶと、頭までブランケットを被ってしまう。



「……」



 同室になっても私の方は別に気にしないのだが、この多感な王子様には驚天動地のできごとだったらしい。

でもそんなに過敏に反応されると……。



(いじわるしたくなっちゃうじゃない)



「そんなところで寝たら風邪ひくわよ」



 近づいて声をかけると、上半身をすっぽりブランケットで覆ったマダマ様はびくりと肩を震わせた。



「へ、平気です!」

「車酔いで気分良くないんでしょ? 意地張らないでベッドで休んだ方が良いわよ」

「大丈夫ですってば!」



 そう言ってマダマ様はぎゅっと体を丸くした。

そんな態度を取られると、お姉さんとしては放っておくわけにはいかないではないか。



「――――――じゃあ、私もここで寝ようっと」

「えっ?」



 私もソファに身を横たえた。

ちょうど自分の体とソファの背もたれでマダマさまをサンドイッチにするような塩梅だ。



「ちょ、レセディ!?」

「あら、こんなところにちょうどいい抱き枕が」

「キャー――ッ!?」



 思い切りハグすると、絹を引き裂くような王子の悲鳴が上がった。。

これにはたまらなかったようで、マダマさまはブランケットの中でめちゃくちゃに暴れ出す。



「な、何するんですか!」



 ちょっと手こずってから、マダマさまがようやくブランケットから頭を出してきた。

一緒にソファに寝そべったせいで毛穴がはっきり見えるくらいの距離に互いの顔があるのだが、驚きと興奮でそれどころではないようだ。



「『一緒のベッドは使いたくない』なんて言うマダマ様が悪いのよ」

「なっ、そういうつもりじゃなくて!」

「じゃあ仕方ないから、このソファで一緒に寝ましょう。ほら、ブランケットに入れて」

「ちょ! レセディ! ……分かった、わかりました!」



 ブランケットをめくってくっつこうとしたところで、とうとうマダマ様が音を上げてきた。

よろよろと立ち上がると、ベッドの方へ肩を落として歩いて行く。

それを笑いながら追いかけた。



「そんなに気にしなくていいわよ、仕切っちゃえばいいじゃない」

「え?」

「ほらほら、こんなに広いベッドなんだからこう真ん中にものを置いて」



 余っている枕を真ん中に並べて、即席の垣根を作ってみる。



「ねぇ、となりで誰か寝てても気にならないわよ。試してみて」



 自分でも寝転がって誘うと、ため息をついてようやくマダマ様がベッドの反対側へ上がった。



「なんだか疲れました……。せっかく別荘に来たのに」

「ねえマダマ様」

「何です?」

「大公夫人が、私をマダマさまのお嫁さんにしたがってるって話は聞いた?」



 それを聞いて、マダマ様は文字通り飛び上がった。

柔らかいベッドのスプリングのせいでふらふらと頭が上下する。



「えぇぇぇ!!?」



 大きめの目をまん丸にして、酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせた。



「そんなことを言ってたんですか! 叔母上ったら!」

「落ち着いてよ。まさか夫人も本気じゃないでしょ」



 そんな確証はどこにもないのだが、とにかくなだめるためにそう言った。

ここで私が跡継ぎを産むよう期待されていることや、裸にされて尻を揉まれた話までしてしまったら。

この純真な少年はショックで卒倒するかもしれない。



「でも夫人の要望には従わないと。やっぱり私だって立場があるじゃない?」

「は、はぁ」

「娘が大公夫人の機嫌を損ねたってことになれば、父親の面子にも関わることだし」

「言ってる意味は分かります」

「だからこの別荘のにいる間は一緒にいてくれない? そうすれば大公夫人だって機嫌が良くなるでしょ」

「まあ……そうですね。時間を置いたら、叔母上の興味も他のことに向くかもしれないし……」



 自分自身を納得させるようにつぶやいて、マダマさまはようやくベッドの上に再び身を横たえた。

枕の垣根の向こうからため息が聞こえてくる。



「ごめんなさい、レセディ。 ボクのせいで迷惑かかってるみたいで……」

「そう? 私は結構楽しんでるけど?」



 自分でも思ってもみなかった言葉がぽろっと飛び出してきた。

言ってしまった後で、すっと胸に落ちるというか、自分自身で納得してしまう。

割と私はこの状況を楽しんでいるようだった。



「マダマさまは?」

「……」

「?」



 返事の代わりに静かに規則正しい息が聞こえてきた。

体を持ち上げると、いつの間にか少年は目を閉じているのが見えた。

長旅に疲れたせいで、話をしながら寝入ってしまったらしい。



(あらら……)



しっかりしてるように見えてもこういうところはまだまだ子どもなのだ、とちょっと安心する。



「でも寝顔は天使ね」



 体を起こして枕の垣根を乗り越えると、少年と薄く上下している胸のあたりまでブランケットをかけてやる。

そのまま音を立てないように気をつけて部屋を出た。

次回は今夜追加します。

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