らしいやり方(5)
「だから私たちはみんな日本ってところにいたことなの!」
《胡散臭く聞こえるかもしれないが、今のところオレたちの共通点はそれ以外見当たらないのは確かだ》
「そう、前世からのソウルメイトなのよ!」
《さっきからお前のせいで胡散臭くなってね?》
私たちの懸命の説得にも関わらず。
でんと椅子の上にあぐらをかいたマーカス少年は、頑固に首を振って見せた。
「そんなバカげた話、いきなり信じられるわけないだろ!」
「でも本当なのよ」
「前世だの産まれる前にいた国だの、証拠がどこにあるってんだよ」
さっきからずっとこんな調子だ。
「まぁー、なんて頭の固い子なのかしら!」
《いやちょっと待て。こいつの言うことももっともだという気がしてきたぞ》
いい加減勢いを失ってきた私たちに、不機嫌顔のマーカスは逆に質問で返してきた。
「そもそもその、ニホン? ニホンって何?」
「へ?」
今更なことを言い出されて、私とタヌタヌはきょとんとしてしまった。
転生者であるという前提で話していたから、当然私たちと同じように現代日本で生きていた記憶を持つものと思い込んでいたが。
だがマーカスの顔からは、必死に強弁していたり知らないふりをしているといった不自然さは感じられない。
本当に知らない様子だった。
「どういうこと?」
《さぁ。本当に違うのかも》
「もしかしてアンタって、別に転生してなくても喋れるとか?」
《うーむ、さっぱり分からん》
顔を見合わせて首を捻る。
そもそも私の方も、『どういう理由で転生していたらタヌキと喋れるのか?』という原理については全く把握していないのだった。
《たとえばこいつが何かの理由で動物と話せる能力の持ち主だったら、そういうこともありうるかも》
「なるほど。例の戦隊8作目『超電子バイ●マン』のレッドみたいな特殊能力なわけね?」
《せめてそこはドリトル先生とか出してくれない?》
私たちの話をマーカスは薄気味悪そうに聞いていた。
「マーカスくんだっけ? あなた今まで動物と話せたことある?」
「ない」
少年は断言した。
「急に能力が覚醒したのかしら? あるいはタヌキ限定の能力とか?」
《単に日本にいたことを忘れてるとかじゃないか?》
今更タヌタヌがもっともらしいことを言い出した。
なるほど、私も自分が現代日本のOLだったことを思い出したのはローティーンのころだった。
自我の目覚めというか、思春期の思春期の不安定な時期に記憶が引き出されるのかもしれない。
《どうする? 結局のところ本人が認めないと手詰まりだぞ》
「でもほっとけないでしょ! 同じように転生してきた仲間かもしれないのよ」
《そこまでこだわる理由ある?》
「こんな環境の悪いところにいつまでも置いとけないわ。それにアンタだって、私以外と話せる相手がいたらいろいろ都合がいいでしょ」
《確かにそうかもな》
小声で耳打ちしあう私たちに、目を半開きにしたマーカスが割って入った。
「それよりさあ、大事な話があるんだけれど」
「な、なに?」
マーカスはじろじろと私の頭頂部からつま先まで観察を始めた。
子供ならではの無遠慮さというより、まるで品定めでもしているかのような目つきだった。
「なあ、お姉さんってもしかして金持ち?」
「えっと、一応」
身なりから懐具合を探られたようだ。
爆発騒ぎとその後の逃避行で多少薄汚れてしまってはいるが、貧民街には場違いな格好であることくらいは自覚している。
「ならお礼! お礼してよ!」
手のひらを上に向けて、マーカス少年は遠慮なく言い切った。
あまりにもあけすけな要求をされて、呆れるというより面食らってしまった。
「うちでこうしてかくまってあげてるんだし、こうしてペットだって拾ってやったんだぜ!」
「はあ。まあ、それはそうかもしれないけれど」
まさか今日会ったばかりの初対面の少年から、こんな風に謝礼を要求されるとは思わなかった。
別に謝礼が惜しいわけでもないが、呆気に取られた気持ちになってタヌタヌに話しかける。
「……見た目はそっくりだけど、マダマさまとはタイプが違うわ」
《だいぶ世にもまれた性格してんな》
「マダマさまみたいな素直系優等生美少年じゃなくて、生意気なヤンチャ系美少年ってことね!」
《その分類法は専門的過ぎて良く知らん》
アコギな言い方はともかく、まあ言っていることは一理ある。
「お礼はもちろんするわ。でもあいにく今は持ち合わせがないのよ。騒ぎで着の身着のまま逃げてきたもんだから」
実は懐の奥にこっそり財布を忍ばせているが、こんな貧民街の奥深くで気前良く現金をさらすほど愚かなことはない。
更に襟の裏と靴底に銀貨を隠しているが、これは本当に万が一の時のための備えである。
「そうだ。安全に山の手の方に抜けられる、私道とか抜け道とか知らない?」
身を乗り出して聞き入った。
私と違って地元を知り尽くしているであろうこの子に案内を頼めば、爆破犯や騒乱に乗じる不逞な輩たちの目を逃れてマダマさまのところに帰れるかもしれない。
「お屋敷まで私を送ってくれたら、すぐにも現金で支払えるわ」
「現金?」
「謝礼は望みの額を払うわよ、主に大公夫人とモルガナが」
「そんなの良いから!」
「えっ?」
この条件なら飛びついてくるだろうと思い込んでいたが、マーカス少年は一蹴した。
「じゃあどんなお礼なら良いの?」
「金持ちだったら主治医がいるだろ? すごい名医に診てもらえるんだろ?」
「ええっと……かかりつけの医者みたいなヤツなら。うん、名医よ。多分」
『今、私の足元であくびをかいている毛むくじゃらがその医者だ』と言ったら怒り出しそうなので黙っておく。
「じゃあその人にパイを診せてよ! あとかかる治療費を全額出して!」
マーカスは椅子にちゃんと座り直してから、大真面目な顔と声で頼み込んできた。
「ど、どこか悪いの、彼女?」
「目だよ。見れば分かるだろ」
「あ、そっか」
「少しずつだけれどどんどん目が悪くなってるんだ」
少年の声に深刻さが増した。
「本人は言わないけれど、なんとなく分かるんだよ。明るいところに出ると特にダメで、人や壁にぶつかりそうになることが増えたし!」
「そうなの?」
「こんなところにまともな医者なんかいないし、いたってうちじゃ治療費が出せないんだ」
「…………」
「本当に何も見えなくなったら大変だろ! アンタの恩人なんだから助けてあげてよ!」
心からの願いを吐露する、真剣な口調だった。
直接向き合っていなければ、あどけない少年の口から発せられているとは信じられなかったかもしれない。
「―――――――――」
返事も忘れて、私は一瞬聞き入ってしまった。
なんだ。
良い子じゃん。
「優しいのね……!」
「ちょ、ちょ!?」
「何よ?」
「近いってば!」
「あ、メンゴ」
立ち上がって近付こうとしたところで、大げさに手を振り回して拒絶されてしまう。
肩を抱いてほめてやろうとしたのだが、パーソナルスペースに入られるのは好きではない様子だ。
見た目がマダマさまにそっくりなので、ついつい馴れ馴れしくなってしまった。
「それで、返事は!」
「事情は分かったわ。任せなさい、パイには最善の治療をしてあげるし、良い環境に移してあげるわ」
「えっ、入院させるの!?」
「ここは治療には不向きよ。悪く言いたくはないけれど……分かるでしょ?」
こんな貧民街に医者を通わせるわけにはいかないし、衛生的にも決して望ましくない。
「……分かったよ」
同居している年上のお姉さんと離れるのが嫌なのが丸わかりな表情で、不承不承といった様子でマーカスはうなずいた。
「心配しなくても、あなたも付き添いで付いてきなさいな」
「! ……良いの!?」
「もちろん。パイだって目が不自由なんだから、知ってる人がいた方が安心でしょ」
「あ、でもうちはばーちゃんが一人になっちゃうし……」
「あー、分かった分かった。おばあさんにも住宅と、お手伝いさんを用意してあげる。少なくともパイの目が良くなるまでは請け負うわ!」
そこまで言ってようやく、マーカス少年の表情は晴れやかになった。
「ありがと! お姉さん見た目よりずっと良い人だったんだな!」
「一言余計よ」
人が実は内心で気にしていることを堂々と指摘するんじゃない。
悪役令嬢なんて因果な産まれのせいか、金髪の縦ロールといい目つきといい見た目が攻撃的なことくらい自覚はあるのだ。
《おいおい、良いのかそんな安請け合いして》
無邪気に靴同士をぶつけて喜ぶマーカスを尻目に、タヌタヌがじとっとした目を向けてきた。
《今自分の立場もやばいってこと忘れてないか?》
「そうかもしれないけれど、でもほっとけないでしょ!」
もちろん私情を大いに挟んでいるのは認める。
パイは優しいし、なんとなく一緒にいて居心地が良いのだ。
彼女が光を失うかもしれないと思ったら、胸が締めつけられる思いすらする。
「ちゃんと必要だから言ってるのよ」
それでも同居人まとめて面倒を見るのにはそれなりの理由があるのだ、ということをタヌタヌに示してやった。
「この子だってほっとけないでしょ」
《なんで?》
「だってあまりにもマダマさまにそっくり過ぎない?」
《……それもそうだな》
スンスン、とタヌタヌが鼻を鳴らし出した。
「わっ、何こいつ!」
《あれま、どういうこった。臭いまでマダマに似てやがる》
慌てて足を引っ込めてマーカスを気にするでもなく、タヌタヌはぽつりと感想を口にした。
「えぇ……、そんなことってある?」
《分からん、少なくともオレにとっては初めての体験》
タヌタヌは短い首を傾げた。
《少なくとも肉親だったら臭いが似ててもおかしくはないんじゃないか?》
「そうかもね……」
と、そこで私は大事なことに気付いた。
「アンタって人の臭いが嗅ぎ分けられるの?」
《そりゃタヌキだもの。それくらい簡単よ》
「私の臭いは嗅ぐんじゃないわよ!」
《そんな無茶な》
まあそれは置いておくとして。
「……本当にマダマさまと兄弟だったりするの?」
《どういう理由で、王子様の兄弟がこんなゴミゴミしたところに住んでるんだ》
「生き別れの兄弟とか? 双子の弟が不吉だからって捨てられたのが生きてたとか」
《荒唐無稽な気もするが、可能性がゼロとは言えないな》
彼がどういう産まれをしたのか、両親は健在なのか。
ちゃんと調べる必要がある。
そのためにも手元に確保しておくのは絶対だ。
「マダマさまの身内をこんな貧民街に置いとくわけにはいかないでしょ」
《何も確証はないんだぞ。見た目が似てるだけの赤の他人かもよ》
「他人だったら他人だったでまずいわよ。詐欺師か何かに利用されて、『生き別れの弟だ』って触れ回られたりしたら大問題になるわ」
《それもそうか》
突飛な話かもしれないが、そういう噂が立ってもおかしくないくらいのそっくりな見た目だ。
「…………それに別の仕事も頼めるかもしれないし」
《仕事? こいつに?》
「ええ。うってつけの仕事があるわ。実行するかは分からないけど」
また頼む可能性は低いだろうと思って、私は打ち明けることはせずに脳内のファイルにそのアイディアをこっそりしまい込んだ。
こっちの会話には興味がない様子で、マーカスは安普請の椅子に持たれてマーカスは一人で屈託なく笑顔を見せていた。
「……あの、お話終わったかしら?」
話に入れず、いつの間にか部屋を出ていたパイが、トレイを手に中の様子を覗き込んできた。
人数分の不揃いなカップから湯気が立っている。お湯か何かを入れてきてくれたらしい。
「ああ、終わったというかこれからもう一度始めないといけないというか」
「?」
「貴女に関係のあることなの。とりあえず座って」
さて、どこからどう説明してパイを納得させたものか。
難事の予感に私はこっそり溜息をついた。




