王女さまはタヌキちゃんがお好き(2)
「ほら、見て見て! レセディ、見てってば!」
ご機嫌なカイヤ王女様は、ソファに座る私とタヌタヌのところまで次々と自慢のコレクションを見せに来てくれた。
その全部にタヌキのデザインがあしらわれている。
「これはね、タヌタヌのコースターよ」
「こんなものまで……」
「シルエットなのがかわいいでしょ?」
私は驚くと同時に、その種類と数に半ば呆れていた。
肖像画から始まったらしいタヌキブームだが、商魂たくましい雑貨業者たちにとってはまだまだ熱気冷めやらぬ商機のようだ。
しかしこのヘチャムクレタヌキが王女様まで夢中にさせているとは。
本当に世の中、何が流行るか分からないもんだ。
「次はタヌタヌの引き車よ。引っ張るとペコペコおじぎしながら歩くの!」
普段人に見せる機会がないのか、カイヤ王女様は興奮しきりだ。
収集趣味の人間の楽しみの半分は人にコレクションを見せびらかすことだろうが、今までその機会も与えられなかったらしい。
「レセディ嬢。夕食のメニューのことなんですけれど」
にこにこと壁のそばの椅子に腰かけて様子を眺めていたアンベル王妃が、窓の外を気にしながら言った。
いつの間にか日が傾いている。
「そろそろ支度を始めようと思うのだけれど」
「あ、手伝います!」
王妃ひとりにおさんどんをさせる訳にはいかないと腰を浮かしかけたが、アンベル王妃は手で制してきた。
「良いのよ良いのよ! カイヤの相手をしておいてくださる?」
「は、はあ……」
「それから何か苦手な食べ物とかありますかしら?」
「いえ、特には……」
この状況でくつろげるほど大物ではない。
恐縮する私の様子は素知らぬ顔で、
「カイヤ、タヌタヌと同じものが食べたい!」
ぱあっとカイヤ王女は目を輝かせた。
王妃が満足そうにうんうんとうなずく。
「そうねぇ。でもタヌキちゃんって何を食べるのかしら?」
この世界では未知の生物であるタヌキに食性について、王妃様が首をかしげた。
《レセディ、レセディ!》
それを見て、タヌタヌが私の膝に肉球を乗せて訴えてくる。
《『フォアグラを乗せたヒレステーキがタヌキの大好物です』と王妃にちゃんと言っておいてくれ!》
「あ、人間が食べるものなら何でも大丈夫です。タネネギ以外は。人間が食べられないものでも多分大丈夫です」
王妃様には事実のみを告げた。
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「さあ召し上がれ」
結局夕食のメイン料理には、柔らかく煮た鶏肉が出てきた。
一度ソテーしたもも肉を、さらに各種野菜と乾燥キノコ、ハーブと一緒に煮込んだ手の込んだ料理だ。
白ワインを使って奥深い味になっている。
料亭で出てきても違和感のない一品だった。
「私の故郷の料理ですの。お口に合うかしら?」
「い、いただきます……」
恐縮する私に、遠慮しないようそれとなく王妃がうながしてくる。
一国の王妃の手料理を食う機会なんて果たしてこの先、また転生したとしてもありうるだろうか?
「美味しい、タヌタヌ?」
《めちゃうま!》
テーブルを挟んだ向かいのカイヤ王女の椅子のそばで、がつがつとタヌタヌがエサ皿に乗った鶏肉をむさぼっている。
タヌタヌ用にちゃんと骨を全部外してあるあたり、王妃の繊細な気遣いがうかがえた。
《うーん、やはり美人が作ってくれた料理は一味違うなぁ!》
(黙って食べなさいよ!)
人妻にこびへつらうタヌキの感想は置いておくとしても、美味しいのは本当だった。
しかしタヌキの餌には贅沢すぎるが、王族のディナーとしては少し質素に過ぎる気がした。
その他のサラダといいシチューといい、使われているのはどこにでもある食材ばかり。
知らない人がこのテーブルだけ見ても、とても離宮で振る舞われる夕食だとは信じないだろう。
ちょっと気の利いた奥様が腕によりをかけた家庭料理、と言われた方がはるかに自然だ。
「カイヤの分のお肉もあげるわ」
《わーい》
皿まで舐めだしそうなタヌキの食いっぷりに気を良くしたのか、カイヤ王女は手を付けていないチキンをフォークで串刺しにして持ち上げた。
「お行儀が悪いわよ、カイヤ」
王妃様がたしなめたが、カイヤ王女は悪びれずに唇を尖らせた。
「タヌキちゃんと同じものが食べたいって言ったじゃないの」
「だってお肉って好きじゃないもの!」
「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ大きくなれないわよ」
「いや!」
「あの、カイヤさま」
口を挟むのはちょっと勇気がいったが、助け舟を出すことにした。
「なに?」
「タヌキと同じ料理が好きになれたら嬉しくないですか?」
「……」
『きょとん』とカイヤ王女は目を丸くして、私とタヌタヌの間で視線を往復させた。
《なに? くれるんじゃないのか?》
意地汚いタヌキがペロリと口元の脂を舌で拭ったところで。
ちょっと考えてから、カイヤ王女はチキンを皿に戻した。
「……じゃあ食べるわ」
7歳とはいえ流石は王女様。
今度はちゃんとマナーでナイフとフォークを使って、チキンを食べやすい大きさに切って口に運び始めた。
「ね、美味しいでしょ?」
「うん」
子供の味覚なんて結局食わず嫌いか、周りの反応によるところが大きいのだ。
カイヤ王女は嫌いと言っていた鶏肉をもそもそと咀嚼し、結局一皿平らげてしまった。
(なんだ。良い子じゃないの)
気難しいと聞いていたが、意外と素直な性格をしているではないか。
「カイヤが進んでお肉をあんなに食べるなんて……!」
王妃様はいちいち涙ぐまんでも、と思わんでもないが……。
「シチューもサラダも美味しいですよ」
「食べるわ」
私が取り分けたサラダ皿を王女様は笑顔で受け取った。
とにかく平和で、楽しい夕食の時間だった。
王妃と王女を相手にしているということを半ば忘れてしまいそうになったくらいだ。
……ただ一点。
父親である国王陛下のことが、一切話題に出ないのが少しだけ引っかかった。
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「レセディ、部屋でおままごとしましょう!」
夕食が終わった後も、カイヤ王女は元気いっぱいだった。
食後のお茶を楽しむ間もなく次の遊びに誘われてしまう。
「レセディ嬢はお母さまと大事なお話がありますから、カイヤはタヌタヌちゃんと二人で遊んでなさいな」
「そうなの?」
椅子を立ち上がりかけたところで、王妃様が割って入ってきた。
カイヤ王女は今度は特に我を通そうとするでもなく、ぱっと絨毯の上でゴロゴロしていたタヌキの胴に手をかけた。
「部屋に行きましょう、タヌタヌ! ぬいぐるみのお友達がたくさんいるわよ」
《え―――っ、やだ―――っ!》
悲鳴を上げるタヌタヌを抱えて、えっちらおっちらカイヤ王女は部屋へと向かっていった。
その背中に小さく手を振って見送る。
「…………」
なんともほほえましい光景ではあるが。
私の目からは、カイヤ王女の姿は普通の元気な女の子にしか見えなかった。
あの子に診察なんて本当に必要なのだろうか。
「あの、レセディ嬢の目から見てカイヤはどうでしたか?」
「は、はぁ……」
急に不安げになったアンベル王妃の目を見ると、うかつなことは言えなくなった。
しかし私には診断の経験どころか医療の知識すらロクにないのだ。
思ったことをそのまま告げるほかなかった。
「今日見た限りでは、健康に見えるのですが……」
「そうですわね。見た目は健康そのものですの」
目が節穴なことを悟られて怒られやしないかと内心ビクビクだったが、意外にも王妃様はため息交じりに同意してきた。
「飛んだり跳ねたり、体力は他の子と変わりないと思うのですが……」
「一体どこが悪いんですか?」
「その、風邪を引きやすいんですの」
「はあ、風邪?」
言いにくそうにする王妃様の言葉をオウム返しにしてしまう。
確かに親としては心配かもしれないが……。
ただの風邪で、しかも回復して健康ならちょっと気にし過ぎではないだろうか。
「これは私の日記なのですが」
付箋がたくさん入った日記帳がテーブルに置かれた。
「カイヤが風邪を引いたときのことをなるべく書き留めておいたのです。治療の参考になれば……」
「ちょ、ちょっと大げさでは? 風邪を引いたとしても治ってるんでしょう」
「ええ。そのたびに一週間ほど寝込むんですが、治りはするんです。でも回数が多くて……」
「えーと、例えば季節の変わり目ごとに風邪を引いてるとか?」
環境の変化で不調になってしまうのは子供ならよくあることだろう。
私の甘い目算に、王妃様はふるふると首を振った。
「今年の日記ですが、娘が風邪で寝込むたび付箋を貼ってきましたの」
「それで、合計で何回くらい?」
「……今年だけで20回を超えてますの」
「20!?」
文字通り桁が違った。
王妃様の話が本当なら、一年通算で5ヵ月近くを寝込んで過ごしたことになる。
あんなはつらつとした子がそんな長い期間ベッドにいただなんて、ちょっと信じられなかった。
「看病して治って一安心だと思っても、またしばらく経つと同じように風邪を引くんです」
「そ、そんなことが……!?」
「一体どうしたら良いんですの?」
痛切な母の声が食堂に響いた。




