3_9 調べられた過去
「えぇぇ!?」
「なんじゃ、変な声出して。何かおかしなこと言ったか?」
小首をかしげる大公夫人に、ついつい身分の差も忘れて色めき立ってしまう。
「だ、だってマダマ様はまだ12歳でしょ!?」
「もう12歳じゃ。結婚相手を探してもおかしくなかろう」
そうだった。ついつい日本にいたころの感覚で考えてしまうが、この世界の貴族ではそれくらい当たり前なのだった。
「だからって、他にふさわしい相手ならいくらでも……。私とは年が離れすぎです!」
「そうか? あと4年すればマダマが16歳の時にそなたは24歳。そこまでおかしくはなかろう」
「私たち、昨日偶然会ったばかりですよ!?」
「ふふふ、男女の関係というものは時間ではないのじゃよ」
「だからってお尻だけで決めるのもどうかと思いますけど!?」
したり顔で何やら深そうなことを言う大公夫人についつい突っ込んでしまう。
「そんな『思いもしなかった』みたいなことを言い出すとは思わなんだな。期待くらいあったじゃろ、特にあの如才のないロナ伯爵なら」
父親の性格を完全に読まれている。
見た目はメイドのコスプレをしたローティーンの美少女にしか見えないが流石は大貴族の当主、あなどれない。
「おぬしも知っておると思うが、今やラトナラジュ王室嫡流の男子はマダマだけになってしもうた」
「……」
「ワシとしては先王陛下たる父上と、皇太子であった兄上の血は残したいのじゃ」
そういえばマダマさまのお父様は亡くなって、今は親戚が王様やってるんだっけ……。
完全な他人事として受け止めていた王室のお家事情のことを切り出されて、私はボロが出やしないかと身が縮む思いがした。
何せ相手は当事者に一番近い王族の一員にして、この国最大の貴族なのである。
「そのためにはワシは考えた。王室繁栄のためのプランをな」
「はぁ」
「マダマには早めに結婚させて、健康な子を産める相手をどんどんあてがうのじゃ!」
競走馬の繁殖牧場のオーナーのようなことを言い出した。
「その子たちにどんどん領地を与えて味方を増やし発言力を強め、やがては王位を本来の血統へ取り返す! どうじゃ、良い考えじゃろ?」
「でもマダマさまはまだ子どもですよ……?」
それも知り合いの女がちょっと露出の多い恰好をしただけで赤面してしまうような純情な少年である。
種馬扱いはあんまりだ。
「なーに、男の子の成長は早いからの。もうすぐ女に興味も湧くようになるわ」
意に介さずけらけらと大公夫人は笑った。
「我が父の先王なぞ、14歳の時にもう侍女を妊娠させたぞ?」
「えぇ!? すごっ!」
「知らんのか。ラトナラジュ王家の男は好色が多いのじゃ」
果たして好色なのは男に限ったことなのだろうか、と先刻の怪し気な公爵夫人の表情を思い出した。
あの顔はもう少しで私の尻に噛みついてきかねなかったぞ、今になって恐ろしくなる。
「安心せよ、そなたの尻を欲しがらぬ男なぞおらぬわ。ワシが折り紙をつけてやろう」
「素直に喜べないんですが……」
尻ひとつで大公夫人というのもすごい玉の輿だが、私にだって女としてプライドはある。
「そう邪険にせずともよい。いくら尻が良くても愚か者の娘を甥にあてがうほどワシもモウロクしておらん」
「はぁ」
「最低限の才覚はないとな。その点……」
すぅっと大公夫人が目を細めた。
「侯爵家との縁談を自分ひとりの力で破談にしたそなたじゃ。世渡りの才能には合格点をやろう」
「!?」
(バレてる!?)
襟首から背中にいきなり氷柱を突っ込まれた気分になった。
ポーカーフェイスを辛うじて保とうとするが、顔がこわばるのはどうしても止められなかった。
「な、何のことでしょうか? トランスヴァール家から愛想をつかされたのは、私の不徳の致すところで……」
「隠さずとも良い。そなたのことは調べたのじゃ」
すっと近寄ったメイドから、大公夫人は高級そうな紙の束を受け取った。
「3千462万ディナールの隠し財産があること、商工ギルドの連中の間にコネと金銭のやりとりがあること。特許を6個隠し持っておること」
「!?」
「あとはただれたパーティーに参加しまくって妊娠と堕胎を繰り返したなんて噂もあるが」
「……」
「これはデマじゃな。子供を産んだかどうかくらい体を見れば分かるわ」
(調べたって……昨日から今日までの間に!?)
愕然としてしまう。
マダマ様と私が顔を会わせたのが昨日の午後。大公夫人が甥っ子から話を聞いて即調査を命じたとしても、まだ1日しか経っていない。
やはり侮ってはいけなかった。
大貴族の情報網恐るべきである。いや、見た目とは裏腹にこの大公夫人が特別やり手なのかもしれない。
「13歳まではごく普通の小娘としか言いようがないが。それ以降はなかなか小器用に立ち回っておるようじゃのう」
「え、えっと、何のことか……」
「とぼけるな。そなたがトランヴァール家の連中に婚約を破棄させるよう仕向けたのであろ?」
駄目だ。この人には嘘も誤魔化しも通用しない。
嫌な汗が脇の下でにじんで脇腹をつたっていくのを感じる。
「どういうつもりでそんなことをしたかは分からんが、手並みはなかなか見事じゃな」
「は、はぁ……」
「特にゴシップ誌から高級紙まで、記者に金を渡して自分の悪評を書かせた手口は感心したぞ」
「!?」
「なるほど、人間は同じような噂を別々の口から聞けばそれが真実だと思い込むからの」
一日でそんなことまで調べ上げたのか。
名探偵の手で仕込んだトリックを目の前で暴露される犯人のような心持ちで、私は全身こちこちになって続く言葉を待った。
「ひとつアドバイスというか、手抜かりを指摘するなら……陰謀には小金を惜しまんことじゃ。特に口止め料はな?」
「は、はい、恐れ入ります……」
にっこりとした笑顔が怖い。
全てにおいて自分より上回られている、という戦慄が私の胸の中を満たした。
「が、良く分からんのはそこからなのじゃ」
底冷えする恐ろしい雰囲気がぱっと解かれ、大公夫人は元のくだけた表情になった。
「トランヴァール侯爵家のせがれとの婚約を破棄されてからは鳴かず飛ばず。縁談を求めては失敗続き」
「ぐうっ!」
「よくも百回も見合いに失敗できたもんじゃな! 今でも結婚もせず、毎日うだつの上がらぬ日々を過ごしておると」
「うぅ……その通りでございます」
紙束をメイドに手渡しながら、大公夫人は不思議そうな顔をした。
「いったい何がしたいんじゃ、そなたは」
「えーと、その、なんていうか。とても一言では説明できないということしか申し上げられません」
「?」
『自分の前世は24歳のOLで、この世界は少女漫画の中の舞台で、あなたは主人公を追い詰めるラスボスです』
なんてことが言えるはずもない。例の馬車に乗せられて精神病院に放りこまれかねないではないか。
「もっとわからんのが、応急処置と毒に関して医者顔負けの知識で人を助けたことじゃ」
「!?」
<<げっ>>
「先刻の芝居を見破ったことといい、どこでそんな知識を学んだ? そなたの人生のどこにも医学との接点はないはずなのじゃが」
『今、足元でビクビクしてるタヌキに教わりました』と答えたら監獄に直行だろうな、と思いながらひきつった笑みでごまかす。
「ど、独学ですわ……。 知識と教養はいくら貯め込んでも腐らない財産ですもの」
「ふむ、まあいい。ワシは野心がある者は嫌いではない。ぼうっと平穏をむさぼっておる者よりよほど好ましい」
「はぁ」
「マダマの嫁候補は何人かみつくろっておいたのじゃが……。今はそなたがワシの一押しじゃ!」
(う、嬉しくない……)
<<おっ、やったんじゃねえの?>>
「あの子はちょっと線が細いところがあるからの。連れ合いには生活力があった方が良い。医学に詳しいとなれば言うことはないわ」
「は、はぁ」
「そなたのように健康でたくましくて一人で世間に放り出されても生き抜けるような能力の持ち主であれば満点じゃ」
(私がその能力でしたいことは、結婚じゃなくて自由に生きていくことなんですけど……)
言いたいことは山ほどあったが、もはやこの大公夫人に逆らう気力も度胸も私にはなかった。
「ところで来週からワシはローワーガードルにある別荘へ行楽に行くことになっておる。もちろんマダマも一緒じゃ」
にこにこと大公夫人は、この王国で一番有名な保養地の名前を口にした。
「是非そなたも招待したい」
「えっ」
「もちろん快く受けてくれるな?」
否と言えるはずもなかった。
無言で小さくうなずく以外の動作はできなかった。
「よろしい! では難しい話はこれで終わりじゃ。マダマをこれへ。それから遊戯盤を持て」
いそいそと私をもてなそうとしてくれる大公夫人とは裏腹に、私はこの話を父親に持ち帰った時のことを考えて憂鬱になった。
(あの親父、喜び過ぎて失神するんじゃないかしら……?)
<<おい、何ボーっとしてるんだよ。チャンスだろ、玉の輿だぞ!>>
自分の考えに没頭していると、意を決したような響きを立ててドアが開く音が聞こえてきた。
「叔母上! ボクはもう我慢できません、申し上げたいことが……!」
「よう来たマダマ! ほれ、ロナ嬢の隣に座れ。ゲームをするぞ。なんじゃ、もっとくっつかぬか!」
「えぇ、叔母上がごきげん……!? レセディ、何かあった!?」
世界の終わりの凶兆を目撃したかのようなマダマ様の声が聞こえてきた。
遅くなり申し訳ありません。
次回は明日朝8時に追加します。




