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暗雲(3)

「……私、これからカリナンに会ってきます!」



 思わず席を立っていた。



「これ、落ち着かんか!」



 大公夫人はそう言うが、これがじっとしていられるものか。



「何かの間違いですよ! カリナンがそんな過激な運動の中心にいるだなんて……。本人に会って確かめなきゃ!」



 焦慮が他のことを考えさせてくれなかった。

自分の身の回りの変化が劇的過ぎて、完全に見落としていた。

マダマさまの存命。モルガナの渡来。アルトゥたちツァガン族の大量侵入。

私が関与したせいかは定かではないが、この世界の出来事は私が知っている少女漫画原作のそれとは完全に違ったものになっているのは確かだ。



 ならばカリナンたち、私に関わった人間の運命も少なからず変わっていてもおかしくはないではないか。

そんな発想が全くなかった自分の身勝手さが、焦りをさらに加速させた。



「馬鹿もん。今そんなことをさせられるか」



 大公夫人はにげもなく言い切った。

目を向けると、ヘリオドール警護官がドアの入り口をふさいでいた。

相手は王族付きの警護官。

ろくに鍛えていない私を制圧するなど、赤子の手をひねるように容易いことだろう。



「元婚約者が気にかかるのは分からんでもないが、うかつなことをするな! 今そなたは時の人じゃぞ!」

「え?」

「そなたが今『トランスヴァール侯爵家を訪れた』などと噂が広まれば、貴族制度の廃止を訴えておる急進派に勢いを与えかねんのじゃ」

「そんなことあるはず……」

「今自分が世間からどう見られておるか知らんのか!」



 変なことを言い出した。

私なにか、世間様に体裁が悪いことでもしただろうか。

いや、身に覚えはたくさんあるが。



 困惑する私に代わって、マダマさまが話に入ってきた。



「もしかしてそれって、ボクたちが突然王都に呼ばれたりしたことと関係がありますか?」

「大ありじゃ!」



 ヘリオドール警護官がテーブルに近づくと、持参していたスクラップブックを広げて見せた。



「な……っ、なんじゃこりゃ!?」



 そこに収められていたのは、新聞記事の切り抜きだった。

私が現代日本で目にしていた新聞紙よりもはるかに粗悪な紙に安っぽく印刷されたものだが、王都で発行されている主要な各紙の記事が集められている。

刺激的な見出しが踊っていた。



【何ひとつない寒村に産業を起こす! オズエンデンド公爵領の奇跡!】

【オズエンデンド公爵領の聖女!? ロナ家のレセディ嬢、水死した少女たちを救う!】

【異民族を平伏! アルグレート王子はファセット王国の救世主か!?】



「な、何ですかこれ! いつのまにこんなに報道されてたの!?」



 オズエンデンドでこれまで起きた事件が報道されていた。

しかも事実より大げさにされていたり、途中のことが省略されていたり、面白おかしく大衆受けするよう誇張されている。



「キャッ!? こんなことまで書かれてます!」



 マダマさまが声を上げたのは、三流のゴシップ紙を切り抜いたらしい1ページだった。



【アルグレート王子の元に、スターファ第四王女モルガナ王女が長期滞在していることが判明した。二人は現在同居している模様。我らがオズエンデンド公爵、若干12歳にして異国の姫君を射止める大物ぶりを示す!】


 

 下世話な勘ぐりばかりの、ワイドショーの熱愛報道みたいな内容の記事だった。

何故かでかでかと『スターファ国大使館提供』の字と共にモルガナの肖像画まで掲載されている。

普通なら大使館がこんな俗悪紙を相手にするはずがないのだが……。



「ま、まるでボクがモルガナと恋仲みたいな書かれ方をしてます! 事実誤認です、偏向報道です、捏造記事です! 出版社に抗議しましょう!」

「……あ、ごめん。それは今はあんまり重要なことじゃないわ」

「ええっ!?」



 拳を握りしめて怒りを燃やすマダマさまは置いておいて。



「間違いなく誰かが煽っていますよね、これは」



 一応各紙も記事を乗せてはいるが、マダマさまや私のことを繰り返し大きく取り上げているのはその中の2.3紙といったところだった。



「気付いたか。ワシもそのことが気になって調べてみた」



 ぱちん、と大公夫人が手の中の扇子を閉じる。



「調べてみたら、全部宰相の息がかかっておる新聞社ばかりじゃ」

「宰相閣下の!?」

「うむ、おぬしらの活躍は都合よく利用されたのじゃ」

「ってことはやっぱり、人気取りですか。これは」



 王族の一員であるマダマさまの活躍を大々的に報道して、新聞を手にする市民階級の不満のガス抜きをするつもりか。

常に芝居がかったあの宰相の考えそうなことだ。



「マダマも王族の一人じゃ。それにあやかって不満をなだめる算段じゃろうな」

「じゃあわざわざあんなお金をかけたパレードをしたのも……?」

「そのとおりじゃ。薄い財布を叩いてでもセレモニーをやって、大衆の歓心を買ったのじゃ」



 フン、と大公夫人は鼻を鳴らした。



「宰相らしい浅ましい発想じゃな! ……と断じるのは容易いが、分かるな? 今の王都の市民感情には、政権すら危機感を抱いておるということじゃ」



 大公夫人が政敵であろう宰相の判断に理解を示した。

それくらい追い詰められた状況だというのか。



「……ところで、マダマさまに関わる記事が載ってる全部の新聞を集めたんですか?」

「うむ。調査は徹底的にするのがワシの流儀じゃ」



 と言いつつ大公夫人の頬は妙に輝いていた。

きっとウキウキで甥っ子の活躍を報じる記事を切り抜いていたのだろう。

まあそれは置いておくとして。



「…………なんていうか、非生産的ですね。何もかも」

「全くじゃな」



 私たちは溜息を突き合った。

一体みんな、誰の得になることを狙ってこんなギスギスした活動をしているのだろう。

どちらに転んでも良い結果が出るようには思えないのだが……。



「とにかく今は微妙な時期じゃ! 万事に慎重に行動せねば、何がきっかけで民衆どころか、貴族どもを刺激するか分かったものではない」



 再び大公夫人は断じた。



「そなたらも我が家で大人しくしておれ。こういう時はな、まずはじっと様子を見るのじゃ。まず相手を動かしてから自分が動く。これは勝負の鉄則じゃぞ」



 海千山千の政治家を相手にしてきた大公夫人に言われては、私もマダマさまも否も応もなかった。

が、状況は大公夫人の予想を超えて早く変化していた。



「……ご歓談中に失礼します」

「なんじゃ?」



 私たちと話をしているのは先刻承知のはずだが、緊張した面持ちの執事がトレーを携えてやってきた。

お茶菓子を運んできました、なんて空気ではない。



「王宮からお手紙が参りました」

「なんじゃと?」

「レセディ・ラ=ロナ様へお渡しするよう、ご使者より仰せつかりました」



 近づいた執事が差し出すトレーには、確かに王宮の印章つきの手紙が乗せられていた。



「うーむ、先手を打ってきたか!」



 忌々しげに大公夫人は手のひらに扇子を打ち付ける。



「誰からじゃ?」

「わ、分かりません」

「なんと書いてある? 読んでみよ」



 言われるがままに手紙を手に取り封を開けると、声に出して読み上げる。



(……何これ?)



 それは不思議な手紙だった。

格式ばった文章が流麗な文字で書かれているかと思えば……内容は妙に腰が低い。

取次や紹介なしで突然手紙を送る非礼を長々と詫びる謝罪が書き連ねられ。

その後遠慮がちに……予定がなければ招待を受けて欲しいと書かれていた。



「招待じゃと?」

「ええ、明日迎えを寄こすって……。有無を言わさずに書いてあります」



 そしてその後は再びアウトマナーを働いたことへの謝罪が続いた。

強引なんだか謙虚なんだか、書いた人の人柄が判断しづらい手紙である。



 そして追伸には。

『来るときには必ずタヌキを連れてきて欲しい!』と、ここだけは何故か力強い筆致で書いてあった。

それを聞いたタヌタヌはぱっと身構えた。



《オレを!?》

(そうよ、アンタをよ)

《……ってことはオレの熱心なファンか! いやあ、人気者は辛いね!》

(…………)



 タヌタヌは機嫌よさそうに自分の鼻頭を舐め始めた。

幸せそうな人生でうらやましい。



「誰からの手紙じゃ?」

「差出人は書いてませんけれど……。フェルト・シュパート宮ってところへ来るように書いてあります」

『フェルト・シュパート宮!?』



 マダマさまと大公夫人が同時に眉を跳ね上げた。

それがどこか私は知らなかったが、二人の反応を見て突然不安が襲ってきた。



「えっ、なに? どういうこと? どこに私は呼ばれたの!? 地獄の一丁目!?」

「いえ、フェルト・シュパート宮は王宮の敷地内にいくつかある、離宮のひとつです」



 マダマさまは青い顔で妙な説明をしてきた。

今日、ほかならぬ王様から直接大晦日に王宮に参内するよう命じられたばかりだというのに。

その日の夕方になって、招待の手紙が来るとはおかしな話ではないか。


 しかも期日は明日という。

王様が突然無性に私の顔が見たくなったとは思えないし、一体どういうことだ?



「フェルト・シュパート宮は離宮の中でも一番新しい建物じゃ。……そして王宮の中でも唯一、国王陛下が許可なしには立ち入れぬ場所じゃ」

「そんな場所があるんですか!」



 ちょっと信じられなかった。

貴族と民衆の間の力関係が微妙なことになっているとして、このファセット王国は依然して国王唯一人が主権者である王政国家のはずだ。

その王様が、よりによって自分の家に等しい王宮の中で行動を制限されることがあるとは。



 驚いた後で、私は自分の認識と大公夫人たちの認識の間にある微妙なズレに気付いた。



「……え? 王様でも勝手に入れない場所に呼び出すってことは、これは王様からの手紙じゃないってことですか?」

「……あのな。そなたのそういう世間ずれしていないところをワシは気に入っておるがな。せめて最低限の常識は身につけてくれ!」



 叱られてしまって小さくなる他なかったが、仕方ないではないか。

これまでの人生、貴族社会について興味も知る機会もなかったのだから。



「王宮の中で陛下に対してワガママな振る舞いが許されるものなど、ただの一人しかおらぬじゃろうが」



 大公夫人は呆れ顔になってつけ足した。



「つまりじゃ。王妃がそなたを呼んでおる」

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[良い点] もしかして王妃ってキツネちゃん…?漫画主人公の動きも気になるし…
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