タヌキトリカル・パレード(4)
パレードは予定の時間を大幅に超過して、ようやく全ての行程を終えた。
行列の終着点と決められてた、王都内部に三つある宮殿の一つ、プータオユ離宮の前庭にどうにかツァガン族千騎が無事に押し込まれてパレードは終了である。
予定外のことは更に続いた。
予定にはなかったことだが、その場で国王陛下がツァガン族を見物すると言い出したのだ。
「すごいね。これだけ揃うと壮観だ!」
部族ごとにぎっきりと整列させたツァガンの前を、笑顔で手を振りながら国王陛下は通り抜けて行く。
その後ろを私たちが慌てて追いかける。
更にその後ろでは、突然始まってしまった閲兵式への対応に衛士隊が大わらわだった。
「遠いところをようこそ! 余が国王でーす!」
あまりに明けっぴろげな言い方にツァガンの男たちも流石に顔を見合わせた。
彼らの言葉で、ひそひそ意見を交わし合っている者までいる。
内緒話の内容は、まあ容易に想像がついた。
「これって何の動物の毛? その襟巻についてる石きれいなだね。 ところで君たち弓や矢は持ってきてないの?」
国王陛下はツァガンの馬具や服飾について、並々ならぬ関心をお持ちのようだった。
足を止めて見入るどころか、矢継ぎ早に質問をぶつけ始めた。
更にそれにも飽きたらず……。
(あーあ、輪の中に入っちゃった、王様)
なんと男たちの間に分け入っていって、服を手に取って感触を確かめ始めた。
騎馬民族と肩組んでるし、首飾りなんかかけてもらっちゃってご機嫌だよ。王様。
「…………ッ!」
呆然とする私たちのすぐそばで、両肩から剣呑な空気を放っている男がいた。
警備の責任者、ビクスバイト一等警護官た。
ぴくぴくとこめかみの辺りを動かし、落ち着かなく佩いている大剣の柄を握り直している。
万が一陛下との間でもめごとでも起きようものなら、彼が装備の使用を躊躇する理由はない。
私はツァガンが早まったことをしやしないか、生きた心地がしなかった。
「見て見て―! これ、プレゼントしてくれるって!」
私たちの焦慮なんてどこ吹く風。
毛皮でできた帽子を被ってご満悦の王様が足早に引き換えしてきた。
「陛下。お楽しみのところ恐縮ですが……」
唖然とする私とマダマさまを見かねたのかは知らないが、宰相閣下が微笑みながら一歩進み出る。
「オズエンデンド公爵とお連れの方々も長旅でお疲れでしょう。正式な謁見はまた後日に予定しておりますし、そろそろ……」
「おお、そうそう。悪かったね」
本当に申し訳なさそうに国王陛下は毛皮の帽子を脱いだ。
「……実は大晦日は王宮で、親しい者や世話になった者を集めて年越しの晩餐会をするんだ」
聞きながら、この人がパーティーの計画の話題をすると似合うなあ、なんて思ってしまった。
「招待を受けてくれるね?」
「も、もちろん。身に余る栄誉です」
マダマさまはしゃちほこばって頭を下げた。
王宮の晩餐会。
言うまでもなく、この国の社交界での最上級のイベントである。
招待されただけで一生自慢話にしても良いレベルだ。
マダマさまの社交界デビューとしてはこれ以上ないくらいの晴れ舞台である。
「そのときは是非、レセディ嬢も一緒に来てくれると嬉しいな」
「!?」
突然話を向けられて、私はもう少しで飛び上がりそうになった。
「あ、あの! 申し訳ありませんが……」
不敬をとがめられても仕方ないが、ここで下手に約束なんてしようものなら後で絶対こじれて面倒くさいことになる。
そう直感して話に割り込んだ。
「実は私、まだ未婚でして…………」
「えっ、そうなの?」
国王陛下が意外そうな顔をした。
その反応には耐えがたいものがあるが、やむをえない。
この世界で貴族の婦女子が二十歳超えて未婚なのはそれくらいのレアケースなのだ。
「なので、正式に国王陛下に『お目通り』していないんです……」
「そうだったんだ……?」
「ですからそういう華やかな場所には出席できないんです」
「むっ!」
王様が顔をしかめた。流石にそれくらいの社会常識はお持ちのようだ。
成人した貴族の令嬢は有力者を集めたパーティーでお披露目をするが、それだけでは社交界の仲間入りとはならない。
その後公式の場で国王夫妻に正式に『お目通り』して頂いて、初めて大人とみなされ社交界に参加する資格を与えられるのである。
(国王夫妻に『お目通り』客として扱われて、初めて一人前というクソシステムなのよね……)
そしてこの国では、未婚の娘を公式の場に出そうとする貴族はまずいない。
大抵の場合国王へ結婚の報告……これも貴族の義務である……をする過程で『お目通り』して頂くのが普通だ。
つまり事実上、結婚は正式に社交界にデビューする必要条件なのだ。
ちなみに男性の場合は、爵位をもらうか上位の公職に就いた時点で資格ありと見なされる。
うーむ、なんという男尊女卑。
「……何故独身の女性が、若い身空で一人でオズエンデンドなんて僻地に?」
「そこんところはまあ色々ありまして……」
国王陛下が本当に怪訝そうな顔をされるが、こっちにだって色々事情があったのだ。
そりゃまあ自分でも非常識なことをしているという自覚はあるにはあるが。
「というわけで、ご招待には応じられないんです」
「……では『お目通り』をしようか?」
「へ?」
言外に諦めてくれという意思を込めたつもりなのだが、国王陛下はあっけらかんと言った。
「大晦日。パーティーより先に、オズエンデンド公爵と一緒に宮中に参内したまえ!」
「えっ、ちょ、待っ」
「その時に正式に謁見しよう。そうすれば君が社交界に出ても、誰も文句を言えないぞ!」
そうだ、それが良い!
だなんて国王陛下は勝手に盛り上がった。
……確かに理屈では国王に招待されてお目通り叶った時点でもう一人前ではあるが。
パーティーに呼べないならパーティーに出られる資格を与えてしまえばいい、というなんとも大胆な解決策だ。
というかそんな話前例もないはずだし、聞いたこともないぞ!?
「それで良いよね、宰相?」
「名案かと」
うやうやしく宰相が一礼した。
それで本当に決まってしまったらしい。
国王と宰相が承諾したことに、王政国家で誰が異を挟めるだろうか。
(社交界デビュー!?)
目の前で行われているやり取りを飲み込めずに、頭の中が朦朧としてきた。
(こ、こんな簡単に決まって良いの!?)
何年もそれを強要されて、母からは心配され、父からは渋い目で見られて。
お見合いを百連敗してでも手に入らなかった一人前の証。
社交界へのチケットが、こんなに簡単に予約されてしまった。
(……今までの苦労は何だったの!?)
叫び出したくなる思いと共に、脳裏に疑問がよぎった。
いったいなぜ国王陛下と、宰相閣下は私をここまで特別扱いするのか。
マダマさまはともかくとして、私にそんな気を遣う理由なぞないはずだ。
……。
ダメだ、全然頭が回らない。
突然の状況の急転に、いったい何が起こっているのか把握しきれない。
ああ、またふらふらとしてきた……。
「……もう耐えらんない。限界!」
「レセディ! しっかりして!」
たたらを踏んで立ちくらみを起こしたところで、マダマさまが慌てて横から支えてくれた。




