3_8 嫁の条件
「……」
ちょっと迷ってから、身に付けていた最後の一枚を床に落とす。
半ば半裸同然のドレスだったが、それでも全裸に比べればずっとマシだ。
一糸まとわぬ姿になると、急に皮膚の周りの空気が冷たく感じられた。
なんとか両手を上手く使って胸や局部を隠そうと努力する。
「ふむ、ふむ、ふむ……」
客間の真ん中でストリップを披露する私の周りを、獲物を見つけた肉食獣のような足取りで大公夫人がうろついている。
360度全方位から鑑賞しようとでもいうのだろうか。
自分の身体の中で視線を向けられる部位がうそ寒く感じられた。
(なんでこんなことさせられてるんだろう……)
『服を全部脱げ』と命じられた時は驚いたが、抵抗したり断ろうというという気は起きなかった。
生まれ付き人に命令することに慣れた人間の素養とでもいうのだろうか。
ごく自然に相手を従わせる声の調子というものがあって、大公夫人はそれを自由自在に使いこなせるようだった。
といってもそれで恥ずかしさが薄れるということは決してなく、もじもじと身をよじることしかできない。
ソファーのそばでは、タヌキがそわそわと落ち着かない様子でうずくまっていた。
ペットとして不自然に思われないようにしつつ、なるべくこっちを見ないようにしている。
実は結構純情なのか?
突然。
『パン』と大公夫人は両手を叩き合わせた。
「うむ、良い! 実に良いぞ!」
弾んだ声を上げて部屋を半周して、私の正面に回る。
「背の高さは十分!」
頭からつま先まで熱い視線を送られる。
「肩幅が広めなのもいい。骨太で良い骨格じゃ」
(もしかして褒められているのかしら?)
呆然としたところで胸元をじっと覗き込んでくる大公夫人に気付いて、慌てて両腕で自分の身体をかき抱いた。
「胸も豊満! これなら赤子にたくさん母乳を飲ませやれるな!」
「ち、乳って……!」
「知らぬのか。最近の王宮じゃ乳母を置かずに母乳で赤子を育てるのが普通なんじゃぞ?」
大公夫人はくるりと私の脇へ回ると、今度は脇腹から腰にかけてをじろじろ眺め出した。
「くびれた腰も良い。腹周りの筋が強そうで安産ができそうだの」
自分の身体を大声で品評されるというのは未体験の辱めだった。
こんな大声で称賛されても全く嬉しく思えない。
いややっぱりちょっとは嬉しいけど?
相手が実年齢不詳とはいえ見た目がとびきりの美少女ならなおさらだ。
「何よりこの尻が素晴らしい!」
いきなりさっと伸びてきた大公夫人の小さな手が、私のおしりを鷲づかみにした。
「おわわわっ!?」
手で振り払いたくなるのだけは必死にこらえる。
焦りと驚きと羞恥のあまり両手がグーとパーを一人でに繰り返した。
「腰骨が広くて、肉付きが良くて、なおかつ『キリッ』っと切れ上がった桃尻……。これなら強い子を何人でも産めそうじゃ!」
熱い吐息と共に感嘆の声がこぼれてくる。
見てられない、とばかりにタヌキが前足で自分の顔を覆った。
……もう耐えられない! 私の方だって限界だ!
「や、やめてください!」
ぱっと飛びのいて、老境の陶芸家が何十年も探し求めた理想の土をこねくるかのような手つきから逃れる。
「あぁん、もうちょっとだけ……。良いじゃろ尻くらい、減るもんでもなし」
「冗談じゃないですよ!」
名残惜しそうにわきわきと指を動かす大公夫人に生物的なおぞましさを感じて、じりじりと後じさった。
(何、何がしたいのこの人!?)
ドッキリ番組めいたイタズラの次はダイナミック過ぎるセクハラと来た。
一体真意はどこにあるのだ。
何がしたいのか混乱する頭で考えて、ある一つの結論に思い至る。
「ま、まさか私の体が目当てで……!?」
「ん?」
「肉体関係を迫って、愛人にするつもりで呼びつけたんですか!?」
「正直ワシはそっちでも全然構わぬがの」
「ヒェッ!?」
「なんじゃ。おぬし実はそっちの趣味か?」
「違います!」
「そうか、ちょっと残念。 ……まあいい。見るべきものは見た」
ぱんぱんと大公夫人が手を叩く。
それを合図にして、さっと退出していたメイドたちが入室してきた。
私が脱ぎ捨てた自前の服を拾い上げたり、ティーセットやらを手に手にたずさえてお茶の用意をしたり、きびきびと動き始める。
「ところでレセディ嬢。王族の嫁の条件を知っておるか?」
メイドたちの手を借りて服を着直していると、ソファに深く腰を下ろした大公夫人が尋ねてきた。
「そりゃあ……。家柄とか、社交性とか、育ちの良さとか……?」
「そんなものはどうでもいい」
熟慮の末ひねり出した答えなのにあっさり断言されてしまった。
そうして話している間にも私の周りのメイドたちは服を着せ、ボタンを閉じ、リボンを結び、髪を整えてくる。
恐ろしいくらい手際の良さだった。
「ワシにとって大事なのは、跡継ぎになる男子が産めるかどうかじゃ。なるべくなら強くて頑健な子が良い」
平行してテーブルの上で用意されていたお茶の支度が終わり、大公夫人が自分のティーカップを手に取る。
「とにかくたくさん産ませようとなるべく若い嫁を欲しがる家もあるようじゃが……あれはいかん。若過ぎる妊娠に耐えきれず死んだ女はたくさんおる」
「は、はぁ……」
「どうやら20代になって少しからが一番出産にはいい時期らしいぞ。何人も産婦人科の医者と話して確かめたから間違いない」
実年齢はともかく、見た目はローティーンのメイド服の美少女に妊娠出産を熱く語られて素直に応じたものか悩んでしまった。
「安産のためには尻が大きいだけではダメじゃ。体格・腰つき・脂肪の乗り方・肉の付き方……。何せ女の人生の一大事じゃからな。体の機能の全てをかけて挑まねばならん」
「はぁ。そっすか」
「そしてそなたは、ワシが見てきた中で一番素晴らしい尻をしておる! 断言する!」
「そりゃどうも……。あの、そんなこと言うためにわざわざ?」
「話を急ぐな」
大公夫人は一息入れて、ティーカップを傾ける。
一切音を立てずにお茶をたしなむ仕草は昨日のマダマ様そっくりだった。
いつまでも突っ立っているのも何だし、私の方もソファに座り直そうとしたところで。
「実はの、ワシはそなたをマダマの嫁に考えておる」
「ぶっ!?」
足がもつれて、もう少しでお茶のセットとお菓子が並べられたテーブルに頭から突っ込むところだった。
続きは今夜追加します。




