タヌキトリカル・パレード(2)
パレードが始まった。
まず行列の前を行くのは、露払いの衛士隊の騎馬兵。
その次のオープンタイプの馬車に、主役のマダマさまがクリゾベリル宰相閣下と同乗して進む。
更に後方に私とタヌタヌが、本来不釣り合いな順番でくっついていく。
後続に皆が付き添いの大型の馬車にまとめて同乗。
どん尻にぎゅうぎゅう詰めになったツァガン族が、行進しているんだか衛士隊に護送されているんだか分からない有様で進む。
という格好だ。
「こんな変なパレード見たことないわ」
こんな形で王都に返ってくるとは思いもしなかった。
ごうつく張りの父親が観たら、いったいどんな顔をするだろうか?
《大スターの帰還だ!》
金色のカゴの中で座ったタヌタヌは、ちょこんと前足を揃えて偉そうにふんぞり返っていた。
なんと遠くの観衆からもよく見えるように、馬車の後部席には専用の台座まで衛士隊の手によって取り付けられていた。
衛士隊が何をする組織なのか、私の中で段々怪しくなってきた。
「出発致します!」
衛士隊の伝令が走り抜けていった後で、馬車が進み始めた。
シャトンを出て王都までは馬車でおよそ2時間ほど。
その間の街道の左右を衛士隊が厳重に見張っていた。
「………ねえ、何か妙だと思わない?」
《何が?》
「衛士隊よ。こんなに厳重に警備する必要ある? ここはもう王都とは目と鼻の先よ、こんな行列を誰が襲ってくるっていうの?」
最初は私たちを威圧するつもりなのかと思ったが、それならもっとでんと構えて力強さを誇示する方が自然に思える。
水も漏らさぬ警備からは当の衛士隊の方にも余裕のなさというか、慌ただしく動いている印象を受けた。
こんな人数を繰り出しているのに、まるで何かに怯えているかのようだ。
《VIP扱いされてるってことなんじゃねーの?》
「思い過ごしなら良いんだけれど……」
危険の正体が分からない分どうも腑に落ちないものを感じたが、とりあえず衛士隊が見張っている以上マダマさまが狙われるのを見過ごすようなことはないだろう。
宰相が同乗しているとなれば尚更だ。
「しかし馬車のオープンカーって冷えるわね!」
年の暮れに車室なしの吹きっ晒しの車で移動するのは結構きついものがある。
これが真夏なら今度は直射日光に照らされて干上がってしまうだろう。
最初はロマンチックに見えたがこの馬車は完全に儀礼用で、実用性は度外視の代物のようだ。
《……へくしっ! おい、ちょっとケージにカバーをかけてくれ》
「ないわよそんなもん」
カゴの中のタヌタヌまでが寒そうにぶるぶる震えていた。自前の毛皮を着ているくせに。
「おっ、そろそろ見えてきたわよ」
王都の周囲を囲む城壁が見えてきた。
万一戦争になったときのために築かれた王都をまるごと囲む高い防壁だ。
一口に壁と言っても、何せ一国の首都をまるごと囲んでしまう巨大建築である。
スケールが大き過ぎて見るたびに威圧感を覚えてしまう。
『ワ―――ッ!!』
「ええっ……?」
と、王都に入る前からもう歓声が聞こえてきた。
防壁の上どころか、王都の玄関口である主門からもう人でごった返している。
年の暮れの忙しい時期だというのに、街道では待ちきれずに街の外まで群衆が押し寄せているではないか。
「…………!」
今更ながらに、王都には数十万もの人間がいることを思い知らされた。
目の前に集まった見物客なぞその爪先ほどにも満たないだろう。
ツァガンの大群を前にした時も圧倒されたが、王都は住人の数だけでもその数十倍もの人間がいる。
そんな膨大な数の前に引き出されて、いったいどんな顔をしていれば良いのだろう。
あれこれ人の思惑の裏を読むことばかりに気を取られてそんな簡単なことも忘れていた。
「ど、どんな顔してれば良いのかしら……?」
《笑ってればいいんじゃね?》
言われるがままに引きつった笑みを作る。
「……来たぞ! アレだ!」
私たちが乗った馬車が城門に近づくと、群衆が一際大きく沸いた。
「本物のタヌキよ!」
「思ってたよりちっちゃいわ!」
「可愛い!」
「素敵!」
思わず目を見張ってしまう。
本当にこの人たちは、タヌタヌを一目見ようと集まったらしい。
見覚えのあるパチモンくさいタヌキグッズの、タオルやぬいぐるみを手に歓声を上げている熱心なファンまでいるではないか。
《おぉ……おお! オ――――ッ!》
タヌタヌは背中の毛を逆立てて、ぐるぐるとケージの中を駆けまわった。
そのままバターにでもなりそうな勢いだ。
《夢のようだ!》
「そうね、悪夢のようだわ……」
引きつった顔で小さく手を振るしかなかった。
《お集まりのみなっさーん! 賢くて可愛いスーパーアニマル、タヌキはここでぇ―――っす!!》
タヌタヌはケージに取りついて、隙間からじたじたと肉球月の前足を伸ばした。
こんなにはしゃぐタヌキを見るのは初めてだった。
「……いや、洒落にならないわよ。これは」
盛況なのは門前に留まらなかった。
行列が城門を通り抜け、表通りに入っても群衆は減るどころかますますいや増していく。
辻々に立っている警備服の衛士隊が押し留めようと一生懸命だが、ややもすると大通りにはみ出してきてしまいそうな勢いだ。
「こ、こんなに歓迎されてるだなんて……」
なんか薄気味が悪くなってきた。
本当にタヌキに化かされていやしないだろうか?
《……もう我慢できない!》
いったい何を思ったのか。
タヌタヌはケージの隙間から短い前足を伸ばして、扉の留め金を開こうとガチャガチャ揺らし始めた。
「ちょ、何やってんのよ!?」
《レセディ、カゴを開けろ!》
「はあ? どういうこと?」
《馬車から降りる!》
「えぇ!?」
《オレのことを愛してくれるファンのところに入っていく!》
「そんなことできるわけないでしょ!?」
こんな大観衆の中にタヌキが飛び込んだりしたら、それこそ大騒ぎである。
衛士隊がどんなに頑張っても数の力の前では制するのは無理だろう。
「アンタみたいなどんくさいの、踏まれて死んじゃうわよ!?」
《本望である!》
「落ち着きなさいよ、アンタのことが大好きなのはツァガンだって一緒でしょ?」
《あいつらは遠慮がないからダメだ!!》
タヌタヌは歯を剥いた。
どんな人気だろうと、ファンをえり好みしているようじゃ大物にはなれそうにないな。
「んん?」
歓声が急に静かになっていった。
群衆が途切れたのかと思いきや、見ると通りの両側に大きな馬車が列をなして並んでいるではないか。
徒歩の一般大衆がそちらに紛れないように衛士隊が警備までしている。
「……なんか客層が変わったわ?」
《ん? 確かに》
ケージの中のタヌタヌがきょろきょろとすると、さっと馬車の窓に乗客が取りついた。
それぞれ双眼鏡やらオペラグラスを手にしているところを見ると、タヌキの見物に集まったのは間違いないようだ。
「どうもお金持ちはああやって、馬車の中から見ているみたいね」
《ははあ、なるほど》
富裕層や貴族たちは一般人の列に混ざるわけにもいかず、ああやって馬車の中から見物する仕組みなわけだ。
建物の二階席やバルコニーを使わないのは、王族であるマダマさまを見下ろすのは不敬という考え方があるのか。
もしくは警備の都合で衛士隊が禁止しているせいでだろう。
《つまりオレはセレブにも大人気なわけだ!》
タヌタヌは目の玉が裏返りそうな勢いで白目を剥き、狂喜の形相で口元の皮を吊り上げた。
「……」
もうダメだこいつ。
こうなってはただのフニャフニャタヌキだ。
「あら……?」
他の貴族たちは馬車の窓から遠慮がちに覗く中で。
ときどき身を乗り出すようにして、必死にこっちをのぞきこむ姿があった。
どこの世界にもついのめり込んでしまう人間や、落ち着きのないやつはいるものらしい。
「……うおっ!?」
本当に窓に貼り付いているのまでいて、思わず肩が跳ね上げてしまった。
居並ぶ他の車列よりも更に高級そうな白塗りの馬車の窓ガラスに、小さな女の子が広いおでこと両手を貼り付けている。
食い入るようにこっちに目を凝らしている。
(モリオンちゃんと同じくらいかしら……?)
歳の頃は五歳か六歳くらいだろうか。体格も似たようなものだ。
ただしド田舎の寒村に生まれたクォーツ姉妹とは違って、こちらは間違いなく良いところのお嬢ちゃんだ。
よく手入れされ長く伸ばされた髪や、フリルをふんだんに使った服装から見れば分かる。
《――――――ッ! ――――――ッッ!》
タヌキが入った金色のカゴを認めるや、くりくりした瞳がぱっと見開かれた。
ばんばんと窓ガラスを叩いて口を丸くしている。
おそらくは馬車の中を歓声で満たしていることだろう。
「あらあら。あの子、よっぽどアンタのことが好きみたいよ」
《ふむ……》
タヌタヌが私と同じ馬車を認めるや、ちょっと考える仕草をした。
《サービスしてやろう!》
「何してんの?」
《かわいくウインク》
「この距離じゃ見えやしないわよ」
代わりに私が手を振ってあげることにした。
『…………!』
女の子は一瞬驚いたようだが、すぐにぶんぶん手を振り回して答えてくれた。
よほど嬉しかったのか、興奮した様子で隣にいる誰かに話し込んでいた。
外からは見えないが、きっとカーテンの影に隠れて親が同乗しているのだろう。
「あははは、かわいいわね」
《流石オレのファンだけあって素直そうな良い子だ》
こっちまでついつい口元が緩んでしまう。
「……え、何々?」
《どうした、何があった?》
行列の先頭の方が急に馬の脚を緩め始めた。
予定では主要な大通りを全部通るはずだから、終着点はまだまだ先のはずだ。
こんなところで止まるはずがないし、まさか信号に捕まるなんてことがあるはずもない。
「あら……トラブルかしら?」
目を凝らすと、先行するマダマさまたちが乗った馬車の向こう、露払いの衛士隊が列を乱して多いにうろたえていた。
その先に何やら背の高い男が一人突っ立っている。
一体どこから迷い込んだのか、その闖入者のせいで行列が止まってしまったようだ。
「どうもパレードに誰か乱入したみたいよ?」
《ナニ!》
さっとタヌタヌが反応した。
《このオレのパレードに! なんて迷惑な!》
「いつからアンタのパレードになったの」
《ええい、けしからん! ものども、ひっとらえい!》
ペット用ケージの中でタヌタヌはイキリ散らし始めた。
もう完全に調子に乗り切ってる。
まさかそのタヌタヌの声が聞こえたわけではあるまいが、さっと下馬した衛士隊が男の周囲を取り囲んだ。
(酔っぱらいかしら……?)
お祭り気分でついつい飲み過ぎてしまったのだろうか。
まさか無礼討ちまではされまいが、きっと衛士隊に連れて行かれてこっぴどく叱られることになるのだろう。
ちょっと気の毒だが仕方あるまい。
「……あれ?」
などと思っていたのだが。
取り囲んだ衛士隊は連行するどころか、入り込んだ男の周囲を二重三重に警戒し始めた。
まるでパレードよりも男の方を大事に見ているかのようだ。
「なんだか様子が妙よ?」
《どうなってるんだ?》
私たちが首を捻っていると、足早に近寄ってくる長身の男の姿が見えた。
警備責任者のビクスバイト警護官だ。
先行するマダマたちが乗った馬車に取りつくと、警護官は何事か短く報告した。
王子様と宰相閣下は、思いもよらぬ反応を示した。
そのまま馬車に乗って事態の成り行きを見守るのかと思いきや。
慌てた様子で扉を開き、下車し始めたではないか。
「どうぞ下車ください」
いつの間にか私たちが乗る馬車の後ろに控えていた二人の衛士たちも、左右に回って下車するよう促している。
《コラ! もっと丁寧に扱え!》
一人はタヌタヌのケージを台から取り外そうとして、ガチャガチャと悪戦苦闘していた。
これはただごとではない。
衛士隊にとっても予想外のことが起きているらしい。
「なに、何が起こってるの?」
「行進は一時中止です。予定外ですが、まずはご挨拶を」
「乱入したあの人に? 一体誰なの?」
「……ご存じない?」
面頬に覆われて外からはうかがえないが、その衛士の表情がぎょっと歪んだのははっきり分かった。
「もしかして王都では有名な変人とか、パフォーマーの人とか?」
「……あのお方はアルマース13世陛下であらせられます」
「えっ誰?」
「…………我が国の国王陛下です!」
あまりの不意打ちに心臓が止まるかと思った。




