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国王の呼び出し(6)

「が、凱旋パレード? 何のことです?」



 マダマが大きな眼を見開きながら、もっともな疑問を口にした。



「公爵殿下のご成功をお歓びになられた国王陛下が、御自ら発議されました」



 無表情のまま、ビクスバイト一等警護官は立て板に水を流すように流々と言葉を継いだ。



「凱旋のパレードって、普通は戦争に勝った功績を称えるためにやるものでしょう?」

「その通りです」

「一体いつ戦争が起きたんですか?」

「殿下が蛮族2万人を無血降伏させられたことは、戦勝に等しい壮挙。それを記念し、王都の臣民に知らしめるための祝賀の行事でございます」



 無血降伏、という剣呑な表現のあたりでマダマさまが表情を硬くした。

宰相閣下からの報告に誤りがあったのか、それとも悪意と嫉妬によるものか。

どうも王都にはツァガンたちのことはかなり歪曲されて伝わっているようだ。



「そのために今夜はシャトンにてご逗留頂き、明朝より王都の主要道路をお列にて行進頂きます。我々を含め、王宮衛士諸隊が道中の警護を努めます」

 


 なんか話が大事になってきた。

いきなり呼びだされてやっとたどり着いたと思ったら、今度はパレードの主役を務めろという。

流石王政国家。王様のワガママは無敵である。



「そ、それは王命ですか?」

「左様です」

「………でしたら仕方ありません。よろしくお願いします」



 マダマさまはがっくりと肩を落とした。

折角の晴れ舞台と言えなくもないが、派手なのはお好みではない様子だ。 



「それから……」

「?」



 ビクスバイト警護官は、マダマさまの後ろで成り行きを見守るツァガンたちに目をやった。

相変わらず顔面筋はぴくりともしないが、その目が鋭い光を帯びる。



「あの蛮族たちもパレードの後尾に随行させていただきます」

「『蛮族』ではありません。彼らのことを呼ぶならツァガンと呼んでください、ボクたちはそう呼んでいます」



 マダマさまがムッとした様子で口を挟むが、警護官は謝罪一つ述べようとはしなかった。

仕方なくマダマさまが続ける。



「……あまり賛同できません。彼らはまだ、ファセット王国の文化や習慣を良く知らないのです」

「捕虜を従え、戦功を知らしめるのは凱旋式では恒例です」

「捕虜ですって!?」


 

 マダマさまが声を張り上げた。



「彼らはボクが打ち負かしたわけではありません! 自ら進んで帰服したんです!」

「…………」

「ツァガンは平和を愛し、礼儀正しく、法律を順守する分別を持った臣民たちです! 訂正してください!」



 自分の領民を庇い、その名誉を守ろうとする少年領主の態度は、ひいき目なしでも立派なものと言えただろう。

しかしそれとは裏腹に……。


 

「おい、なんかアイツ殿下と言い争ってるぞ?」

「文句でもあるのか!」

「やんのか、ああ!?」

「いてもうたろか!」

「シゴウするぞ!!」

 


 その様子を見たツァガンたちは、マダマさまが遥かに体格の優る警護官に因縁をつけられていると思ったらしい。

不機嫌そうに眉をひそめて、口々に警護官に向けて威嚇のこもった罵声を並べ始める。



『……』



 マダマさまと警護官の視線が、さっきとはちょっと違う温度で再び交錯した。



「……まだちょっとファセット王国の言葉には慣れていないんです!」



 弁解がましい少年の言葉に、警護官は礼儀正しく無視を貫いた。



「……それはともかく。連中は弓や剣を携帯しているようですが」

「使って暴れたりはしませんよ」

「武装を解除させて頂きます」

「えっ」

「王都に武器を持って入る者を見過ごすわけには参りません」



 警護官は言い切ると、片手を上げた。

背後の彼の部下が、一斉に前に進み出る。



『――――――ッ!』



 空気が一気に張りつめたものになった。

街道をふさぐ部隊が動きだしたことで、ツァガンたちの間に瞬時に緊張が走る。

とっさに弓や矢に手をかけるものまで出始めた。



「待って! 無理矢理取り上げようとしたら、彼らだって怒ります!」



 一触即発の空気の中、マダマさまは慌てて警護官を止めに入った。

こんな街道で王宮衛士隊と刃傷沙汰になったりしたら大問題だ。



「では自発的に武器を差し出して頂きたい」

「……分かりました、説得します! ちょっと時間をください!」



 困り顔をしながら請け負ったマダマさまのところに、近寄って小声で耳打ちした。



「……どうするの! ツァガンの連中がすんなり言うことを聞くとは思えないわよ!」

「でも彼の言っていることは筋が通っています」



 確かに武器を持った異民族の集団を見過ごすわけにはいかない、というのは治安を預かる側としては当然の言い分である。

また武装したまま王都に入ろうとするのは翻意あり、などと邪推を受けかねない。



 しかし相手は自分の腕っぷしが自慢で、強さが何よりの価値であるツァガン族だ。

そのまま伝えて素直に応じる見込みは絶望的だろう。



「……絡め手が要るわね!」

「絡め手?」

「北風と太陽よ!」

「なんです、それ?」


 

 きょとんとするマダマさまは置いておいて、私はツァガンのアルトゥと長老たちを呼んだ。



「……それでね、あなたたちの雄姿を見せたいんですって!」



 ざっとかいつまんで、翌日のパレードについて伝える。



「つまりパレードというのは閲兵式のことか?」

「なるほど、殿下の武力を見せつけようと」

「そういうことならワシらは構わんぞ」



 長老たちはうなずいた。 



(さっきの警護官の『降伏した蛮族』扱いを知ったら顔真っ赤にして怒り出すだろうなー……)



 と思いながらつとめて明るい声を出す。



「でもね、ちょっと問題があるんですって」

『問題って?』

「あなたたちがあんまりにも強そうなんで、王都の人たちがビビりまくってるんですって!」



 長老たちは顔を見合わせた。



「だから今のままのスタイルだと怖くて怖くて、とても見ていられそうにないってことらしいの!」

「………で、どうしろと?」

「だからせめて『弓と剣は置いてってください!』ってお願いに来たのよ!」



 一瞬これには無理があるかと自分でも思ったが、長老たちの顔色は変わらなかった。

どころかかすかではあるが、目尻はゆるみ、口元はほころび、鼻の下は伸びかけているではないか。



「……そういうことなら、まあ仕方ないか!」

「大人の対応というやつじゃな!」

「農耕民族相手ならばやむをえまい!」



 長老たちは顔を見合わせて、上機嫌な声を出した。

おだてるのは彼らに対してとっても有効な方法だったらしい。



「ソウソウ! ツァガン、ツヨイツヨイ!」

「そうかそうか!」

「王都ノ人タチ、武器コワイコワイ! 置イテッテ!」

「なんですかその片言表現……?」



 マダマさまは眉をひそめたが、長老たちは余裕ぶってうなずきだした。

その中でただ一人、アルトゥだけがいつものクールな顔で何か聞きたそうにしていた。



「どうしたの、アルトゥ?」

「ところでさっきちょっと聞こえたんだが、【ホリョ】とか【バンゾク】ってなんのことだ?」

「お友達って意味よ!」



 私は即答した。



「今、目を見ながら堂々とウソつきましたよね? どうしてそんなことができるんです……!?」

「しっ! 連中その気になったんだし、今の間に武器をまとめて片づけさせるのよ!」



 本気で愕然とする少年に静かにするようジェスチャーした。

長老たちの言葉に従って、後ろのツァガンたちは次々と弓や剣を置き始めている。この流れに水を差すわけにはいかない。

こんな奴らに死ぬほど苦労してきたのか、というやるせない思いがこみ上げてくるのは確かではあるが。



「シャトンに殿下とお連れの方の宿所を用意しております」



 成り行きを見守っていたビクスバイト警護官が口を挟んできた。



「どうぞそちらにお移りください」



 身振りひとつで、背後の彼らの部下が俊敏に道を開けた。

どうやら通してもらえそうだ。



「それから……」

「まだ何か?」

「……レセディ・ラ=ロナ嬢には、お一人で私とご同行を願います」

「へ?」



 警護官の冷たい目が、逃がすまいとするかのように私をとらえていた。

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