国王の呼び出し(3)
ほどなくして、ツァガンの各部族の長老たちが集まってきた。
椅子に座って話すのが苦手な彼らのために、いつものように玄関から続くホールに敷物を用意してやる。
「……というわけで、この国の首都まで出かけることになったの」
それぞれ腰を下ろした長老たちに事情を説明する。
「それであなたたちツァガンの民が『オズエンデンドの臣民になった』って報告するために、長老たちは皆で首都まで同行して欲しいの。場合によっては国王陛下にあいさつしてもらうことになるかもしれないわ」
「なるほど」
「道理ですな」
「承った」
長老たちはうなずいた。
私の説明に納得したのか、首都を見てみたいという欲が働いたのかは定かではないが。
「それでね。長老たちはとりあえず皆お供と一緒に来てもらうとして」
「何か?」
「道中の警護と、お披露目のために、ツァガンの民から随行者を集めて欲しいの。そうね……100人くらいいれば十分だと思うんだけれど」
『!?』
長老たちの目の色が変わった。
「お、お任せを!」
長老たちの中で、指と耳に包帯を巻いた老人が前に一歩進み出た。
先日の遭難騒ぎのキズもまだ癒えていない、ハル族の長老だ。
やややせこけたその両目がギラギラと熱意に燃えていた。
「公爵殿下より受けたご厚恩から、万分の一でも御奉公でお返しするまたとない好機! ぜひ我がハル族に随行をお命じくだされ!」
「そ、そうなの? 私としてはどこの部族でも構わないんだけれど……」
「はっ! 抜かりなく殿下の警護を努め、いかなる危難からもお守りしてみせまする!」
ものすごく肩肘の張った口上にたじろいでしまったが、やる気があるのは良いことだ。
ハル族にお願いするわ、と声が出かかったところで。
「待った!」
長いヒゲを整えた長老が割って入ってきた。
アルトゥの出身部族、ツァガン族の族長だ。
「初めて殿下に付き従うこの機会、我らツァガン族が殿下の護衛を努めるのが筋かと!」
じろりとハル族の長老を迫力ある目でにらみつつ、何か面倒くさいことを言い出した。
「何と!」
「我がツァガン族は血族の者が殿下に嫁入りしておる、いわば姻戚! 当然第一の藩屏としてお守りする義務がある!」
「いやそれは、あくまで他に適当な娘がいなかったからで……」
ハル族とツァガン族の間でいきなり口論が始まってしまった。
「ちょっとちょっと、落ち着いて。別に一つの部族に絞らなくても……」
慌てて仲裁しようとしたところで、他の長老たちまで口々に異議の声を上げ始めた。
「ワシらを差しおいて何を話しておるか!」
「我が部族こそ殿下の護衛に相応しい!」
「そうじゃそうじゃ、このような名誉は実力ある部族が担うべきじゃ!」
私は自分の失敗を悟った。
どうも長老たちに、王都まで連れて行ってもらえる部族こそが信頼されている部族だという誤解を与えてしまったようだ。
どこが随行にふさわしいか、ケンケンガクガクの議論が始まってしまった。
「フフ族が相撲の強さなら一番じゃ!」
「シャル族をお忘れなく! 部族の人口なら我らがもっとも多い、代表にふさわしかろう!」
「フレン・ウングの神箭手をお連れなされ!」
「オラン族は美人ぞろい!」
「良馬はノゴン族にこそ揃っておる」
「ニル・ナガール・ウングは人数こそ少ないが、宴会芸は得意じゃぞ!」
こうなったら統制もクソもあったものではない。
長老たちは自分たちの立場も忘れて、それぞれ自分の部族の自慢をぶつけ合い始めた。
「落ち着きなさいってば。そんなつもりじゃないのよ……!」
私が制止しても長老たちは一切聞く耳を持たなかった。
「何を言うか!」
「実践じゃうちこそが最強じゃ!」
「おお、実際やってみるか!?」
「出入りじゃ、カチコミじゃ!」
「どこの組のもんじゃワレ!!」
熱を帯びた口論どころか、ついには襟や腕をつかみあいまで始まってしまった。
なんてばかばかしい。
本当にそれぞれの部族を代表する長老たちか、こいつら!?
「ああ……! もう……!!」
苛立ちが募って、頭を掻きむしってしまう。
こっちは分けも分からず国王に呼び出されて頭がいっぱいだというのに。
よりによって出発前に、こんなことでトラブルを起こされてたまるか。
「いい加減にしなさい!!」
肺の中の空気を全部吐き出す勢いで、長老たちに声をぶつける。
あまりに大声を出し過ぎたせいで、一瞬自分自身が酸欠になりかけてクラクラした。
が、ここで弱みを見せるわけにはいかない。
「もう良いわ! そこまで言うなら全部の部族を連れて行きます!」
『ぜ、全部?』
長老たちはまるで打ち合わせしていたかのように、全員で一瞬お互い顔を見合わせてからこっちを向いて目を丸くした。
「そうすりゃ文句ないでしょ! 全部で10部族だから……公平に20人ずつ選んで連れて行くことにするわ!!」
『しかし!』
「うっさい! 反論はなし! オールスターの連合軍で決まりにしなさい!」
『でもやっぱり……』
「でも、はナシ!」
ビシッ、と指さして断言する。
この世界の私の三倍以上の年齢を重ねているおじいちゃんたちは、小娘に上から目線で命令されて露骨に嫌そうな顔をした。
「良いこと? アンタたちが王都で争ってケンカしたりしたら、それだけでマダマさまは監督不行き届きを出されて責任を問われかねないのよ! 遺恨は残さない! これ以上平等なやり方がある?」
『でも混成だなんて……』
「ちっちゃなプライドでいがみあって、マダマさまに恥をかかせるだなんて恩を仇で返すのと同じよ。ツァガンの男にはプライドがあるんじゃなかったの!?」
これには流石にツァガンの長老たちも押し黙った。
が、まだ目は何か言いたそうにしこりを残している。
「まだ何か不満があるの!?」
『…………』
「言うこと聞かない子は連れて行ってあげないわよ!?」
結局長老たちは全面的に同意した。




