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3_7 全部脱いでもらおうか


(この人が……キューレット大公夫人!?)



 肖像画の前でふんぞり返るメイド服の少女の、頭からつま先まで思わずじろじろと見てしまう。



(思ってたより小っちゃい……)



 この世界の原作となったはずの【ダイヤモンド・ホープ】作中ではなかなか顔を見せない悪役の元締めだったが、まさかこんな若々しい見た目だったとは思わなかった。



(いや、やっぱりでかいわ!!?)



 改めて見ると体格に似合わぬ立派なものをお持ちだ。

大きく開いたメイド服の胸元に思わず目が釘付けになってしまう。



「ほうほう。この服が気になるか。なかなか目が高いのぅ」



 勘違いしたのか、ますます上機嫌になって大公夫人は胸を張った。

『たぷん』と音を立てそうな勢いで重そうな脂肪の塊が揺れる。



「かわいかろ? ワシのアイディアで王都のデザイナーに仕立てさせたのじゃ。この開けた胸元と背中のリボンが最大のポイント」

「は、はぁ……」

「なんならそなたも着てみるか?」

「いーえ、結構です」



 大公夫人はうきうきと、自らが着こんだかなり趣味に走ったデザインのメイド服を自慢し始めた。



(本当にこの人がキューレット大公夫人なの……?)



 まさかこれもまだイタズラの途中で、自分は担がれているのではないか。

威厳も何もあったものでない大公夫人を名乗る少女を見ていると、そんな疑いが首をもたげてくる。



「って、肖像画と全然違うじゃないですか!」



 ビシッと少女の背後の、玄関ホールに飾られた大きな油絵を指さした。

額縁の中の女主人はいかにも年期と経験を積んだ妙齢の美女といったいでたちだが、髪型から顔立ち体格までメイド服の少女とは似ても似つかない。



「ああ、これか」



 大公夫人はちょっと振り返ると、なんでもなさそうに言った。



「ワシを本物そっくりに描かせると愛らし過ぎて威厳がなくなるでの。画家に修正させた」

「フォ●ショし過ぎでしょ!?」

「●ォトショって何じゃ?」



 このまま問答をしていてもらちがあかない。

こそっと視線をマダマ様の方へ向けて、眼で尋ねてみた。

やや疲れた顔で苦労の多そうな王子様はうなずいてくる。



「本当です。その方がボクの叔母上……キューレット大公夫人です。残念ながら」



 不承不承といった顔でマダマ様が答えるのを、大公夫人は喜色を浮かべて眺めていた。

イタズラをしかけるターゲットの私だけではなく、この純真な少年のリアクションも大公夫人の楽しみの中に含まれているらしい。



「はぁ……」



 曖昧にうなずいてから、私はこのファセット王国最大の貴族の目の前でぼうっと突っ立っている無礼に気づいた。



(あ、まずい!)



 慌てて腰をかがめ、足を半歩下げ、頭を下げる。

髪に結わえ付けられた鳥かごの中で哀れなカナリアが跳ね回るが、無視だ無視。



「私、ロナ伯爵家のレセディと申します! 知らずに大変な失礼を……!」

「あー、良い良い。知っておるから」



 謝罪を兼ねた挨拶を途中で打ち切って、大公夫人はひらひらと手を振った。



「しかしワシは満足したぞ。見事な目利きじゃ、スキャロップめの言うた通りであったわ」

「スキャロップ……伯爵夫人?」



 園遊会で倒れた、巨体の伯爵夫人の顔が脳裏に浮かぶ。

思わぬところでつながりがあるらしい。



「それにその姿も最高じゃ! そのまま画家に絵に描かせたいくらいじゃぞ!」

「いーえ、それだけはお断りします」

「皆、よくやった。良い仕事じゃったぞ。今度来客があればまた楽しもうぞ」

「「「はーい、お疲れ様でしたー!」」」



 メイドたちと大公夫人(偽)が一斉に声を上げる。



(客が来るたびにこんなことをしているのか……)



内心で呆れかえる私の横に、マダマ様がずいと進み出た。



「叔母上! いくらなんでも今度は悪ふざけがひど過ぎます!」

「マダマがそんなに怒るのは珍しいのぅ」

「ボクの友人ですよ! それをこんな……。 なんていうか、その……形容しがたい服を着せて!」



 『バカみたい』という表現を婉曲的なもの言いで避けて、マダマ様は顔を紅潮させた。

そういえば私は背中も脇も丸見えのとんでもないドレスを着ていたんだった、とその反応で思い出した。



「分かった分かった。もう良いぞロナ嬢。着替えてこい、楽にせよ」

「良いんですか?」

「構わん構わん。 ああ、鳥カゴは大事に外せよ? ワシのかわいいいペットなのじゃ」



 ようやくこの重りが外せるわけだ。少し肩の荷が軽くなる。言葉そのままの意味で。



「客間でゆっくり話すかの。お茶とお菓子じゃ、用意せい」 



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「改めて、パルラ=ラトナラジュ・キューレットじゃ」

「ロナ家のレセディです……」



 着替えて客間に入ると、上座の大きなソファにキューレット大公夫人がどっかりと小さな体を沈めていた。


 その向かいのソファではマダマさまが、軽く耳に赤みを残して唇を尖らせていた。

私が来るまで何やら言い合っていたようだ。背後にはぴったりと女性衛士のベリルが付き添っている。

とりあえずマダマさまのとなりに座った。

タヌキがすっと足元に近寄ってくる。こっちもホールケーキのコスプレはとっくに脱ぎ捨てていた。



「病人の芝居までしてレセディをだまして……どういうつもりなんですか」

「悪かったと言っておろうが。ワシも噂が本当かどうか確かめたかったのじゃ。許せ」

「それにあんな裸みたいな……あんな……!」

「?」



 目が合う直前にマダマさまはぱっと顔を振り向けた。

そのままずっとこちらを見ないように頑張っている。

私からは真っ赤になった耳だけが男の子にしては長めの銀髪の隙間から見えた。

この初心な反応。うーむ、なんとも乙女心をくすぐるものがある。



「ふむ。ちょっと二人で話すか」


 

 大公夫人が部屋の壁沿いで控えているメイドたちと、警護衛士のベリルに視線を送った。

『外せ』の意味だ。

意を受けて静かに彼女たちが退出していく。



「マダマ。そなたも下がって良いぞ」

「え、でも……。ボクも同席した方が」

「下がって良い。 後で呼んでやるから心配するな。 ワシはロナ嬢と女同士の話があるのでな」



 大公夫人に退出するようにうながされて、マダマさまは少し不満そうに唇を曲げた。

が、結局何も言わずに部屋を出て行った。



「あの子はそなたのことが大層気に入ったようじゃのぅ」



 残響を残して閉じられたドアを見て、大公夫人はくすくす笑った。



「そ、そうなんですか?」

「うむ。マダマがワシに口応えしてまで意見するとは珍しいわ」

 (気に入られたって、8歳も年下の男の子に?)



 素直に喜べるはずもなく、私は押し黙った。

その年齢差は相手を異性として意識するにはあまりに大きな壁のように思えた。

まあマダマ様はロイヤルファミリーの一員というところを置いておいても、良い子だし?

美少年だし? 

あんまり悪い気はしないが?

こんなことででれでれと鼻の下を伸ばしたり、うきうき浮かれたりするほど私は子供ではない。



 しないったら、しない。



「さて、前置きが長くなったがそろそろ本題に入ろうかの」

「ほ、本題?」

「ワシもわざわざ余興のためだけにそなたを呼び出すほど酔狂ではないぞ」



 そうだった。

何か思わぬ盛大な肩透かしを食らった気もするが、今の私はこの国最大クラスの権力の持ち主に何かを試されようとしているのだった。

気を引き締めなければ。私は背筋を伸ばして椅子の上に座り直した。



「では早速じゃが」

「はっ」

「着ているものを全部脱いでもらおうか」

「へ?」



続きは明日朝8時に追加します。

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