オズエンデンド大舞踏会(5)
舞踏会の開催予定日まで2週間ほどを残したある日。
領主館にごきげんな声が響いた。
「みんなー、ドレスが届いたわよ!」
笑顔のモルガナによって、私たち女性陣はみんなドレッシングルームに集められる。
「げっ」
入室するなり、思わず顔をしかめてしまった。
そこにあったのは、テーブルの上に山のようにドレスが積み上げられた光景だった。
サイズも色もよりどりみどりのドレスはどれもこれも高級そうなのだが、あまりにも無造作にまとめられている。
「まさかこれ、全部買ったの!?」
「違うわよ。持ってきてもらっただけ。この中から気に入ったのを選んで買うのよ」
けらけらとモルガナは笑った。
「近所の領邦から、高級婦人服の業者が届けてくれたのよ」
「はぁ……。この寒いのによーやるわ」
「どこも新しいドレスの買い手なんかなかなかいないみたいでね。『人数分をまとめて買い上げる』って言ったら、すぐに在庫分を持ってきてくれたわ」
景気が良いんだか悪いんだか分からない話である。
「それよりみんなで一番似合うやつを選ぶわよ! きれいに着飾って、殿下をびっくりさせてあげましょ!」
がばっとモルガナが自分の服に手をかけた。
止める間もなくトップスもスカートも脱ぎ去って、ツヤやかな肌を惜しげもなく晒してみせる。
「こらこら。何いきなり脱いでんの、はしたない。年頃の娘が」
「えー、良いじゃない。女しかいないんだし。折角だから色々試着しましょうよ!」
下着姿になったモルガナは、うきうきとドレスを手に取り始めた。
「結構大胆なやつが多くない……?」
イブニングドレスだから露出が多いデザインのものが入っているのはまあ普通なのだが、それにしてもモルガナの趣味が入っているような気がしてならなかった。
王女様は臆面もなく、きつめのスリットが入ったものや背中が大きくはだけたものを手に、姿見の前でうきうきと着せ替え人形の真似を始めている。
「このドレス着た私を見たら、殿下はどんな顔するかしら!」
「…………」
色とりどりのドレスを手にきゃぴきゃぴと喜ぶモルガナを見ていると、私も少しくらいは前向きに舞踏会に参加しようかという気になってきた。
動機はどうあれ、雪で覆われたオズエンデンドには久しぶりの賑やかなイベントである。
モルガナに付き合うくらいの軽いつもりで、着飾って踊って息抜きするのも良いかもしれない。
「ほらレセディも早く! 色とかデザインとか、被ったらいやでしょ! 今日一緒に決めちゃいましょ!」
「はいはい。じゃあお言葉に甘えて、私も好きなのを選ばせてもらうわ」
努めて明るい声を出したモルガナが、いたずらっぽく眉を傾けてみせた。
「ねえ、ちょっと楽しくなってきたでしょ。レセディも」
「あ、分かる?」
「顔で分かるわよ」
「そうねえ……。正直舞踏会ってものにあまり良い印象なかったけれど、少しくらい力を抜いて楽しもうかしらって気になってきたわ」
「良い印象がない? どうして?」
あまり話したいとも思わない内容だが、説明してやることにした。
「この国じゃ上流の貴族の子女は、普通18歳の誕生日に出る舞踏会で社交界にお披露目されるんだけれどね……」
「へえ、そうなの?」
「私その舞踏会で、幼馴染の婚約者から婚約破棄されちゃったの」
「…………最低の男がいるもんだわ」
モルガナが表情を硬くした。
「ああ、誤解しないで。彼は悪くないの」
「そんなやつを庇うことないわよ、レセディ!」
「だって私がそうなるように仕向けたんだから」
「……仕向けた?」
「うん。そのために自分の悪評を流し過ぎて、その後お見合いで100連敗する羽目になったけれどね。その時は仕方なかったの……」
「ごめん。ちょっと理解が追い付かないわ。どういう経緯をたどったらそういうことになるの?」
「深く聞かないで」
「……うん、分かった。何か他に辛いことがあったら言ってね? 私たち友達だものね?」
気を使われてしまった。
自業自得とはいえ、やはりこの話をすると気が滅入りそうになってしまう。
……おっといかんいかん。折角楽しむと決めたんだから、気に入ったドレスを探さなければ……。
「おい姉上。これはどうやって着るんだ?」
良さそうなドレスに手を伸ばそうとしたところで、声をかけられた方に顔を向けると。
「え? 何を面白いことしようとしてんの、アルトゥ?」
アルトゥが、毛皮でできた防寒服の上から黒いイブニングドレスを羽織ろうと四苦八苦していた。
「この飾り布を上からつけるんだろう?」
「違うわよ、ちゃんと服脱いで着なさい」
「なるほど、これは肌着で下に着るものだったのか」
「ああもう文化が違う……。良いから下着姿になって、その上からそのドレス着けなさい! それでおしまい!」
「なっ!?」
アルトゥは耳まで真っ赤になった。
「何を恥ずかしがってんの?」
「これだけか!? 腕も脇も丸見えで……ほとんど裸みたいなものじゃないか!」
「……うん、まあ、そうね」
「今の季節こんな格好で外に出たり、馬に乗ったりしたら、体温が下がって最悪死ぬぞ! 何を考えているんだ!?」
「アンタこそ何を考えてんのよ、アンタは。イブニングドレス着て外に出たり馬に乗ったりするやつなんかいねーわ」
本気で忠告してくるアルトゥに、もうがっくりと肩を落とす以外できることはなかった。
(この娘だけは、もう……)
これだから騎馬民族ってやつは!
「……ひょっとしてこれは寝所で着るやつか? その、男をその気にさせるための用途に使うという?」
「アンタ結構耳年増だったのね……」
「舞踏会にはたくさんの人が集まるんだろう? 一体どういうことだ? ファセット王国では、夫婦の愛の儀式は集団でするのか!?」
「うちの国の文化を、悪魔崇拝の肉欲の宴みたいな言い方するのやめてもらえる?」
本気で脂汗を流し始めたアルトゥに冷ややかな目を向けざるをえなかった。
「あの、お嬢様。本当に私もご一緒してよろしいのでしょうか?」
私にくっついてドレスルームに入ってきたトパースが、ひどく落ち着かない様子でいた。
「その、私は単なるお嬢様の侍女ですし。本当なら舞踏会に出られるような身分では……」
「良いのよ、気にしなくて。どうせ正式な舞踏会じゃないんだし」
「それに、こんな高価な服を選んで良いのでしょうか? どれもこれも私の家族が、一年分は暮らしていけそうなドレスばかり……」
「もちろん良いわよ。どうせお金はモルガナが払うんだし」
他人の財布でする買い物くらいもっと気楽にすればいいのに、生真面目なことだ。
「もー、トパースは硬く考えすぎ。少しはあっちを見習いなさい」
「あっち?」
私が指さした先では、ルチルが鼻の穴を広げながらドレスの品定めをしていた。
「……ルチルはこれに決めましたの!」
「げっ」
性悪メイドは意気揚々と、集められたドレスの中でとびきりきつい……というかえげつない一着を選んで来た。
トップスはまるで三角ビキニだし、アンダーなんてスリットがきつすぎてほとんどスカートなんだか腰布なんだか分からない有様である。
舞踏会で淑女が着るというより、場末の酒場で娼婦が身につけていそうな代物だった。
「アンタそれ横から見たら、おっぱい丸見えになりそうよ」
「このドレスを着たルチルを見たら、ご主人様がどんな顔をするか今から楽しみですの!」
「セクハラに命賭けてるわね……」
前言撤回。
こいつの真似だけはしてはいけない。
「とにかくトパースも仕事着ばっかりじゃなくて、たまにはドレスの一着でも着て女を磨かなきゃ!」
「はぁ……。そういうものでしょうか?」
「あなたもよ、ベリル」
「はっ、いえっ、私はこんなもので結構です!」
半ば無理矢理連れてこられたベリルは、ドレスルームの端っこでこっそりと一着のドレスを抱えていた。
おそらくは『持ち込まれた中で一番露出が少なく肌を覆えそうだ』という理由だけで選ばれたであろうそれは、在庫品として倉庫の番をしていたのか相当古臭い見た目をしていた。
「何その80年代アイドルみたいな、リボンとフリルがゴッテゴテなだけのだっさいやつ!」
「はちじゅうねんだいあいどる……?」
「あなたみたいなボンキュッボン!なスタイルでそんなもの着てたら罪悪よ!」
「あの……自分はもしかして怒られているんでしょうか?」
ダメだこいつ。早くなんとかしないと。
自分の外見がどんな価値を持っているかまるで分かっていない。
ここはひとつ言いくるめてやることにした。
「……良いことベリル。舞踏会っていうのは言わば女の戦場よ?」
「戦場ですか?」
自分の職分の言葉を使われて、ベリルはぴくりと反応した。
「言うなればアクセサリーや指輪は剣や槍。ドレスは身を守る鎧や軍服に例えて良いでしょうね」
自分でも強引な理屈だと思うが、女警護官は素直に耳を傾けてきた。
「半端な格好で戦場に出てくるような不心得者が、歴戦の戦士からはどんな目で見られると思う?」
「それは……軽蔑のまなざしでしょうか?」
おそるおそる聞き返してくる警護官に、ふぅとわざとらしく溜息を返す。
「違うわよ。『部下にあんな格好をさせて戦場に送り出すなんて、上官は何を考えているんだ』と呆れられるの」
「なんと!?」
「良いこと? あなたが半端なドレスを選ぼうものなら、それは上官……つまり主人であるマダマさまに恥をかかせることになるのよ!」
「そ、そうだったんですか!? 知らなかった!」
目を丸くした警護官に、ビッと指差して気合を入れる。
「分かったらこの、胸元が大きく太腿をまるごと見せるデザインのドレスたちを試着して一番似合うのを見つけ出しなさい!」
「はっ、はい!」
「良いこと? これはマダマさまの名誉を守るためのミッションよ!」
「了解しました!」
謹直な警護官が背筋を伸ばして敬礼してみせた。
(あ~~~、楽しいわぁ……!)
人に大胆なドレスを着せるのって、どうしてこんなに楽しいのだろう。
多分今私の頭を調べたら、脳内物質がめちゃくちゃドバドバ出ていると思う。
これがどういう現象なのかタヌタヌに一度聞いてみたいものだ。
「ドレスなんて初めて!」
「オレにはこんなヒラヒラしたのなんか似合わないよ!」
「いふくがにんげんをつくる」
「んん?」
トパースとベリルがうつむきながらドレスを品定めしているのを監視していると、思わぬ声が聞こえてきた。
見るとシトリンちゃん、フューメちゃん、モリオンちゃんの三姉妹までドレスを引っ張ったりつまんだりしている。
「なに? あなたたちも舞踏会に出るの?」
「当然よ、その子たちは私の側付きだもの」
クォーツ三姉妹の代わりに、パンツ一丁になったモルガナが尻を向けたまま答えてきた。
「ああ、だから子供用のまで用意してあったのね」
「こういうのってどうやって選ぶんですか?」
「そうねぇ……。ついでだし私が可愛いの選んであげるわ」
『わーい!』
姉妹は歓声を上げた。
「舞踏会っていくら踊っても良いんだって!」
「踊りまくるぜ!」
「しゃーるうぃーだーんす」
「あら、結構乗り気ね?」
モルガナに無理矢理連れてこられたのかと思いきや。
クォーツ三姉妹は舞踏会に対してかなりやる気を燃やしているようだ。
「さいきんでばんがなかったもんだから えねるぎーをもてあましている」
「……モリオンちゃん。前から聞きたかったんだけれど、あなた一体どういう立場からモノ言ってるの?」
もう少し幼女らしい発言を心がけてもらいたい。
「ところであなたたちって踊れるの?」
「踊れますよ!」
「へえ、まさか社交ダンスじゃないでしょうけれど……。もしかして伝統芸能か何か?」
「センムにも見せてやろうか?」
「見せて見せて!」
興が乗ってぱちぱちと拍手をしてうながした。
三姉妹はうなずきあうと、互いに手を取り。
すうっと息を吸い込んで……。
『あ”い~~~~~~ッッッ!!』
「うおぉぉぉぉっ!?
突然奇声を発しながら、三姉妹は猛烈な勢いで頭を上下に降り始めた。
スラップスティックなバンドの熱心なおっかけがライブ会場でするような、ムチ打ちを心配したくなるようなヘッドバンギングだ。
『あ”――――――――――――ッ!!』
「ちょっ、ストップ! 待った! 突然どうしたの!?」
発情期のオス猫のような汚い擦れた威嚇音におののきながらも慌てて止めに入ると。
三姉妹はきょとんとした。
「まだ続きがありますよ?」
「もう良いわ、もう結構! もしかして本当にエクソシスト的な悪魔にでも憑かれたの、あなたたち!?」
「これがオズエンデンド村に伝わる、無病息災を願う厄除けの踊りです」
「え、そうなの? 思ったよりパンキッシュでビビったわ……」
もっとお遊戯会的なのを勝手に想像していた。
「毎年子供が集まって踊って、悪いことや病気が村に入ってこないように願掛けするんです」
「そりゃ病気も逃げ出すわ……」
この子たちを良く知ってる私たちが驚くんだから、不幸や病気が背中を向けて逃走するのも無理はないだろう。
「舞踏会ではもっと仕上げて、最高の踊りを見せてやるからな!」
「やめて。これ以上よってたかって、私が知ってる舞踏会を闇のサバトに作り変えないで」
やる気満々のフューメちゃんに釘を指した。
そんなことになったらますますやばい新興宗教の集会めいたイベントになってしまう。
「……うん! あなたたちは可愛いドレスを着て、美味しいものを食べてるだけで良いわ!」
「え、良いの?」
「良いのよ良いのよ。できるだけ大人しくして、何もしないでいて!」
路線修正はもう諦めた。
なるべく傷口を広げない方向に舵を切ることにしよう。
「ねえ、スカートの部分ってどれくらい切り詰める? 股上5センチとかってアリかしら? バカっぽく見える?」
「最近ご主人様はパンチラへの反応が薄いから、効果的ではないと思いますの」
「へ? なんでよ?」
「ルチルがやり過ぎてしまったせいで、飽きられかけていますの」
「はあ? アンタなんてことしてくれてんのよ! パンツは大切でしょ!?」
「それよりバストの部分と肩紐はもっと狭いのを選ぶべきですの。普段は見せない胸チラ脇チラ乳首チラで悩殺する作戦が効果的だと思いますの」
「そっか! 賢いわね!」
諦観という新境地にたどり着いた私の背後で。
ルチルとモルガナがひそひそと、剣呑な打ち合わせを始めていた。
「……ねえ、あいつらのやましい心もさっきの踊りで追い出せない?」
「じぶんたちのむりょくをかみしめている」
モリオンちゃんが何かを悟った目で言った。




