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3_5 急性腹症

 悲鳴に真っ先に反応したのはタヌキだった。

流石は腐っても獣。

ケーキの仮装をものともせずに俊敏に走ってドアから飛び出していく。



「わらわたちも参るぞ!」


 

 動揺して顔を見合わせるメイドたちを一喝して、大公夫人が威厳を示した。

流石に王国最大の貴族は慌てて走り出すような真似はせず、足早にメイドたちを引き連れて応接間から出て行く。


 一番最後に残ったのが私だった。

何せ死ぬほど歩きにくいハイヒールをはかされている上に、頭の上には鳥かごまでくっついているのだ。

機敏に動けという方が無理である。



「ああもう……。騒がないでよ!」



 ピーチクパーチク喚きだすカナリアに悪態をついてしまう。

カゴの重さによろけつつ、廊下の向こうを急いでいく皆を追いかけた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 玄関ホールで、ようやく皆が人だかりを作っているのに追い付いた。 


 その真ん中で中年の執事が一人、床に横向きに倒れ込んでいる。

私たちのところへお茶を運ぼうとしていたらしい。すぐそばの絨毯の上にお盆やら、ヒビの入ったティーセットやらが散らばっている。



 『素人が下手に触るな』という指示が出たのか、メイドたちは不安そうに見ているだけで誰も介抱しようとしない。

タヌキだけが、顔中汗ばみ苦しそうにうめいている執事に近づいて様子をうかがっていた。

仕方なくその側に近寄る。



<<急性腹症みたいだ>>

「それって何の病気?」

<<要は腹痛>>



 このドレスとハイヒールでは少し難しかったが、執事のそばにしゃがみこんだ。

なるほど、両手でお腹を押さえている。痛がりようはどう見ても普通ではなかった。

 


(大変じゃない。前みたいに助けてあげましょうよ)

<<了解。意識はあるな? まず熱を測れ。体温計なんかないだろうから手で触って>>

「ちょっと失礼」


 

 額に手を当てる。

かなり熱い。



「熱があるわ」


 

 タヌキと会話していると悟られないよう、事務的な独り言の演技をしながらつぶやく。

 


<<どれくらい>>

「38度か、39度くらいかしら? こんなに汗をかいて」

<<……汗ね。分かった、次は問診だ。俺の指示通りに質問しろ、まずはどこが痛むかだ>>

「どこが痛いんですか?」



 苦しそうにうめいていた執事が、うっすらとまぶたと唇を開いた。



「は、腹が……」

「お腹のどこ?」

「右の脇腹……」

「急にそこが痛むようになったんですか?」

「い、いや、実は今朝からずっと腹が痛かったんだ……。食欲もなくて……」



 息も絶え絶えに、とぎれとぎれに執事は語った。



「最初はヘソの辺りが……。でも何故かさっき、急に脇腹の下あたりが痛むようになって……!!」

「痛むようになる前に吐き気はあった? 胸がむかつくような感じは?」

「い、いや? なかった……」



 タヌキは執事の返事を聞きながら、何やらごそごそと前足で執事服の前を触りだした。

ちょうど猫の赤ちゃんが母親におっぱいをおねだりするような格好だ。



(何してるの?)

<<触診。だがこの腕じゃ良く分からん>>



 うらめしそうにタヌキが自分の前足をにらんだ。



<<ここ押さえてくれ>>

(どこよ?)

<<ヘソと腰骨の間。思い切り指で押し込め>>



 タヌキが指さし……もとい、前足で示したところを言われた通り親指で指圧する。

堂々と大人の男の人のお腹を触るのってなかなか恥ずかしいな、と思いながら真面目にやる。



<<次はここな>>


 

 今度は最初に押し込んだところと股間のちょうど中間点あたりだ。



「あの……何をしているんですか?」

「どうです? 痛いですか?」

「い、いや……?」



 私が何を始めたのか不思議そうにしている執事を無視して、タヌキの方へ向き直る。



<<筋性防御はあったか?>>

(何よそれ?)

<<押した時に腹筋は緊張したか? 板みたいに硬かった?>>

(いいえ? そりゃぶよぶよとはしてなかったけど、普通よ?)

<<そうか、やっぱりだ。よし、分かったぞ>>



 丸い模様に囲まれたタヌキの目には自信があるように見えた。

こういうときだけは頼もしい。



<<良いか、俺の言う通りにしろ。迅速にだぞ>>

「分かったわ、どうすれば良い?」



 どんな指示でもすぐ実行するつもりでいたが、続くタヌキの言葉に思わずその顔を二度見してしまった。



<<そいつの顔を思い切りひっぱたけ>>

続きは明日朝8時に追加します。

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