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3_4 お色直し


 屋敷に来るまで一緒に馬車に乗って来たアルガリータが部屋に入ってくる。

うやうやしくドアを開き、外で待っていた一団を引き入れた。

慌てて立ち上がって出迎えた。



 部屋に入って来る女たちの中で、大公夫人が誰かは一発で分かった。

一番派手な見た目をしたご婦人が、アルガリータと同じ格好をしたメイドを半ダースも引き連れてきているからだ。

髪を高く結い上げ、金糸銀糸を織り込んだドレスにごてごてと宝石をくっつけている。

妖艶な濃いアイシャドーをつけた化粧といい、美しいがきつい印象の造形をした顔立ちといい、まさにイメージ通りの女大貴族といったところだ。



「お、お初にお目にかかります。私はロナ家の長女レセディと申します」

「わらわがキューレットじゃ」



 短くそう言うと、大公夫人は鋭い両目で値踏みするかのようにこちらを見てきた。

無言の迫力に全身がこちこちになってしまう。

まるでレントゲンのように体内を透かし見られているような気さえした。



「ほ、本日はお招きいただき、誠に光栄の至り……」

「ああ、通り一辺の挨拶など良い。それよりも」



 大公夫人は少し気分を害したように細い眉を寄せた。



(いきなり何かやらかしたかしら!?)



 どっどっと心臓が脈打つのを感じながら、おそるおそる顔色をうかがう。



「その服は我が屋敷にはふさわしくないのぅ」

「ふ、服が何か?」

「ロナ家は新興の類とはいえ仮にも伯爵家。もう少しわきまえた格好をしてくるかと思っておったがのう」



 よそ行きの中で一番良いドレスを着てきたのに、あっさり断言されてしまう。

いったいどこがダメなのか混乱する頭で探そうとするものの、どうしても見つけられずにいると。



「その髪型も」



 びしっ!と扇子で頭の方を指さされてしまう。



「そなたの髪色には似合わぬのぅ」



(まさか私までモヒカンにしろというんじゃないでしょうね!?)



 冗談ではない。思わず椅子から飛び上がりそうになった。



「そのペットも!」

「ひっ!」

<<ひえっ!?>>



 腕の中のタヌキと全く同じ反応ですくみ上ってしまう。



「……なんじゃそのペットは?」

「へっ? あっ、うちのタヌキです」

<<そう、ただのタヌキです!>>

「タヌ……? 何じゃそれは? そんな生き物がおるのか?」



 毒気を抜かれてたじろいだ大公夫人だが、あわてて気を取り直すかのように口元に扇子を当てた。


  

 キューレット大公夫人は背を向けると、周囲のメイドたちに命じた。



「これではとても王子に引き合わせるわけにはいかぬわ。ロナ嬢のお色直しをせよ」

「へっ?」

<<ん?>>



 その言葉の意図を掴み損ねた私を無視して、大公夫人は周りのメイドたちに目で『かかれ』と命じる。

『待ってました!』とばかりにアルガリータ以下のメイドたちが押し寄せてきた。



「え、ちょっと!?」

「さぁさぁレセディ嬢。大公夫人のご命令ですよ」



 相変わらずニコニコとしているアルガリータにうながされて、私は応接間から連れ出された。



「はーい。こちらに来てくださーい。隣がドレスルームになってますからねー」

「髪ももう一度セットしましょう」

「お化粧もやり直しですー」

「爪もお手入れしましょうねー」

「指示に従ってくださーい」

「抵抗は無意味ですよー」

「ペットちゃんはこっちでお預かりしますねー」



 若いメイドたちは黄色い声できゃぴきゃぴ喚きながら、取り囲んだ私を続く部屋へと連行しだした。

言葉の通り隣はドレスルームになっていて、中心にはどんと大きな三面の化粧台や姿見が据え付けられている。

その周囲を数を数えるのも面倒になるくらい多くのドレスやら毛皮のコートやらが取り囲んでいた。



「こちらへどうぞ!」



 喜色満面のアルガリータに言われるまま化粧台に座らされると、メイドたちは筆やらクシやら道具を手に群がってくる。



「髪つやっつや!」

「やーん、お肌も綺麗!」

「爪も全部ネイルしましょうねー!」

「ドレスどれにするか迷っちゃうー!」



 けたたましく好き勝手なことを言いつつ、レースでピットインしたF1カーを取り囲むメカニックのごとく一糸乱れぬ手際で作業を開始してくる。



(……何これ)



 まな板の上の鯉どころか薬物実験に使われるモルモットのような気分でされるがままにしながら。

私は自分が一体何の因果でこんな目に遭っているのか考えあぐねていた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



「まあ、見目うるわしくなったではないか!」



 応接間に戻って来た私を見て、大公夫人はたいそうお喜びになった。



(見目うるわしく?)



 大公夫人の瞳に映っているのが、つい十数秒前に鏡で見た自分の姿と本当に同じものかと不安になる。

はっきり言って今の私の格好は父親が見たら卒倒しそうな代物だった。



 着替えさせられた黒いドレスは、ほとんど衣服として肌を覆う役割を放棄していた。

胸元どころか脇も背中も大きく開き、うっかりすると尻の付け根まで露出してしまいそうだ。

しかもスカート部分に大きく入ったスリットのせいで太腿が丸見えで、ほとんど腰布同然。貴族の娘どころか娼婦だって赤面しそうな代物である。



 手間のかかった化粧とネイルはまあ良いとして、極めつけは髪型だった。

芯材に針金まで使ってスーパーサ●ヤ人みたいに髪を逆立てさせられた挙句に高々と盛られ、ごてごてと花やらアクセサリーやらをつけられたのはまだ序の口。

なんと頭の上に小さな鳥カゴまで設置されてしまった。カゴの中では黄色いカナリアが不安そうに飛び跳ねている。

頭上が重すぎてついつい前かがみになるし、ハイヒールのカカトは高過ぎて安定せずふらふら歩きになるし。

メイドに両手を引かれてなんとか移動する姿を人が見たら、ゾンビの真似をしているという説明の方がしっくりくるのではなかろうか。



(何かがおかしいわ……?)



 鏡に映る自分は控えめに言って見た目で笑いを取る芸人か、ハロウィンの仮装にしか見えなかった。この世界にハロウィンなんて文化は存在しないが。

だが大公夫人は先刻とは別人のように機嫌が良くなったし、メイドたちはくすくす笑いながらも自分たちの共同作品のできばえに目を細めている。



(分からない! 文化が違うわ!!)



 王族ではこういう奇抜を通り越してサイケデリックですらある格好が普通なのだろうか。

困惑と混乱の極みにあって、魚が死んだような目で呆然としていると。



「はーい、お待たせしました。ペットちゃんでーす」



 一人だけ別行動をしていたメイドが、タヌキを抱きかかえて戻ってきた。



<<汚されたぁ……。俺はもう汚されちまったぁ……>>



 絨毯に下ろされてうなだれるタヌキの格好はというと。

ケーキの扮装をしていた。

布で作られた白い丸い土台に、真綿でホップクリームのイミテーションが載せられている。

作り物の果物や色とりどりに乗せられ、ロウソクまで立てられているという芸の細かさだ。


 そのケーキの扮装から、『にゅっ』と見慣れた丸い大きな頭と短い脚、太い尻尾が突き出している。

『文福茶釜』の思い切り悪趣味な現代アレンジといった感じだ。



 謎の生物と化したタヌキは顔を上げると、私の姿を見て目を点にした。

次の瞬間、歯をむき出しにして笑い始める。文字通りの意味で絨毯の上を笑い転げだした。

おかしいのはこっちも同じだ。ついつい噴き出してしまう。



「あはははっ!」

<<ぎゃーはっはっはっ! なんだアンタ、その格好!!>>


 

 しばらく自分たちが今いる場所も忘れて爆笑してしまう。

 


「……」

<<……おっと、しまった>>



 大公夫人とメイドたちの様子を見て、慌てて取りつくろうとする。



「――――――プッ!」

<<……ゲラゲラゲラ! やっぱダメだ、笑い死ぬ! これは新手の拷問か!?>>



 が、ダメだった。

流石に大公夫人以下が顔を見合わせたところで。



「キャー―――――ッ!?」



 廊下の方から、絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてきた。

続きは今夜追加します。

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[一言] 着替えに笑いました(涙目)
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