3_3 居候王子
広い広い前庭を抜けて、馬車が玄関前のアプローチに止まった。
「「「 いらっしゃいませ 」」」
「あ、どうも……」
玄関前ではなんと執事たちからメイドたちまで総出で、馬車から降りる私を出迎えてくれた。
家格が下の家の、それも爵位の持ち主でもない娘には度を越した歓待である。
照れくさく感じると同時に、大公夫人がどういう態度で自分を迎えようとしているのかがますます分からなくなった。
「大公夫人は後ほど参られます」
「は、はぁ」
「それまで客間でしばしお待ちください」
にこにこ笑うアルガリータを引き継いで、他のメイドに案内されて邸内に入った。
馬車と同じく邸内の装飾も豪華そのものだ。
ホールの天井から吊り下げられたシャンデリアやら、そこかしこに置かれた金の燭台やら。
(うわぁぁ……こけて壊したりしたらすごい額の請求書が来そう!)
<<すげえ。俺このうちの子になろうかな>>
タヌキと一緒にそれらひとつひとつにおっかなびっくりしながら案内されていると。
「レセディ!?」
聞き覚えのある声が背後からした。
「マダマ様?」
「えぇ、どうして?」
分厚いロングカーペットの上をとてとて歩いてくる少年は、まぎれもなく昨日の王子様だった。
おぉ、昨日の正装も凛々しかったが私服もかわいいぞ。
白いシャツにハーフパンツ、傷一つない膝小僧がなんともキュートである。
……ってそんなことを考えてる場合ではなかった。
「どうしてって、マダマ様こそなんでここに?」
「ボクはずっと前からここでお世話になってるんですけれど」
「あ、そうなの?」
そういえば皇太子だったマダマ様のお父様は7年前に亡くなられていたんだ、と父親の話を思い出した。
大公夫人が親戚ならその家に引き取られて育てられていても不思議ではなかったのだ。
「まさか叔母上に呼ばれてきたんですか!?」
マダマ様は驚いた顔をした。
私の方も軽く驚いた。お付きの警護官のベリルが昨日手渡してきた手紙のことは、大公夫人はマダマ様には隠していたらしい。
「えぇ、そうですけれど」
「それは大変!」
「そんなに慌てることなの?」
あわあわと色めきだつマダマ様を見て、ついつい昨日のノリで口を聞いてしまう。
「あっ」
しまった。
仮にも王族の男子相手に馴れ馴れしい口を聞く伯爵家の小娘を見て、立ち止まった案内役の使用人が目を丸くしていた。
「……応接間で二人で話しましょう」
「え、ええ。そうして頂けます?」
「こっちです」
空気を読んだマダマ様が私の手を握って歩き出した。
(男の子なのにちっちゃくて柔らかい手だなー)
などと内心ニヤニヤしながらついていっていると、すぐに分厚いドアが据え付けられた一室へとたどり着く。
マダマ様は室内に私を誘い入れると自分も中に入り、まるで潜水艦の隔壁でも閉じるかのように勢い良くドアを閉めた。
「何をそんなに慌ててるの?」
「叔母上から何を言われたんですか!?」
「いえ、特に何も。来るように言われただけだけど」
「そうなんですか? 一体どういうつもりなんだろ……」
マダマさまは部屋を不安そうにうろうろと歩いていたが、ふと思い出したように私の方へ向き直る。
「すみません。椅子へどうぞ」
「ああ、では失礼します」
「それと昨日はパーティーにお招き頂き、どうもありがとうございました」
「ご丁寧にどうも」
深々と頭を下げてくる。
なんというできたお子さんだろう。
この態度に比べれば、同じ12歳の頃の私ははっきり言って全然子供で甘ったれだったはずだ。
そのマダマ様をここまでうろたえさせる大公夫人というのは一体どういう人なのだろうか。
応接セットの高価そうな椅子に落ち着かず腰を下ろしながら、部屋を見渡した。
窓枠から壁材まで高価な素材を惜しげもなくあしらった一級品ばかりで、王国最大の大貴族の財力というものを嫌でも感じざるをえない。
応接間だというのにこれでは、来客はとてもくつろいだ気分にはなれないだろう。
「マダマ様。大公夫人ってどんな方なのかしら?」
「叔母上は、その、好き嫌いが激しい方なんです」
困った表情を浮かべながら、マダマさまは慎重に言葉を選んでいるように見えた。
「嫌われたらレセディどころか、ロナ伯爵家にも迷惑がかかるかも……」
「そんな気分屋な方なの?」
伯爵という称号を持っているだけでも貴族全体の中でも上位の地位を占めているはずなのに、個人の好悪だけで好き放題できるとはどういう権力の持ち主なのだろう。
「じゃ、じゃあ、ご機嫌取って気に入られなくちゃダメね……」
マダマさまはますます眉間のシワを深くした。
「でも叔母上に気に入られたら、もっと大変なことになるかも……」
「一体どんな人なのよ!?」
「あの、1年ほど前にあった話なんですけど」
おずおずとマダマ様が切り出してくる。
「食材専門の商館の方が営業に来られた時のこと。商品の説明をしている途中で、叔母上の機嫌を損ねたんです」
「何か粗相でもあったの?」
「突然『タイの巻き方がどうしても我慢ならない』と叔母上が言い出して」
神妙な顔でマダマ様が首元にネクタイを巻く真似をしてみせる。
私から見るとまるで絞首刑で死刑執行人が首に荒縄を巻く時のパントマイムのようだった。
「……それで?」
「ちょっとボクには口にできない悪口を3ダースくらい並べた後に、『何か奇抜な気の利いた格好をするようなら買ってやる』と」
「パワハラじゃないの」
「パワハラって何です?」
「ああ、なんでもないの。続けて」
「それでその哀れな商館の人は、こう……なんていうんでしたっけ? 頭のてっぺんだけ髪を伸ばして、両側をつるつるに剃り上げる髪型」
マダマ様は形の良い自分の頭の両側を手で押さえて見せた。
(何ていうんだったかしら?)
<<モヒカン>>
タヌキにカンニングした。
「モヒカンって言うのかしら?」
「そう、それ! モヒカンヘアーにして商品を卸しに来たんです。そうしたら叔母上は大喜び」
(うわぁ)
なんともぞっとする話だ。
北●の拳やマッド●ックスのコスプレをして生ハムだのトリュフだのを売り歩かねばならない商人の悲哀を思って、私は思わず嘆息した。
「……その商人、まさか今でもその髪型のまま?」
「ええ、先ほどまでおられました。厨房に納入するのに、手押し車に一杯の砂糖を積んで」
「うえぇ……お菓子がまずくなりそう」
「有名になって商売は繁盛してるみたいですけど」
.
なんて困った人だ。
好かれても嫌われてもえらい目に遭うとなれば一体どう付き合えば良いというのか。
「とにかくレセディも気を付けて」
心配そうにマダマ様は忠告してくるが、私は途方に暮れそうになった。
(何をどう気をつけりゃ良いのよ!)
大声でわけの分からないことを叫びだしたくなる衝動をどうにかこらえていると、マダマ様はそわそわと外の様子を気にしだした。
「ごめんなさい、ボクもう行かなくちゃ」
「えぇ、そんな!」
「実は『来客があるから客間の方で待っているように』と言われてるんです。見つかる前に移動しないと」
「ここで一緒にいてくれないの!?」
「そうしてあげたいけれど……言う通りにしないと叔母上は機嫌が悪くなるんです。ごめんなさい」
心底申し訳そうにしながら、マダマさまは部屋を出て行った。
少年の腰にすがりついて『お願い一人にしないで!』と懇願したい気分だったが、いい年をした大人のプライドが辛うじて自分を押し留めた。
「……」
<<……遅いな>>
客間にタヌキと二人でいると急に心細くなってきた。
金や銀、複雑な光沢を持った貝がはめ込まれた調度品たちが無言の圧力をかけてくるようだ。
あんまり長く放置されているので、廊下に出て外の様子を見に行こうか迷いだしたまさにちょうどそのタイミングで。
ドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼します。大公夫人のお出ましでございます」
次回は明日朝8時に追加します。




