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3_2 大公夫人のお宅訪問

 さっとメイドのアルガリータが馬車に乗り込んできた。


「出してください」


 身軽な動きで馬車のドアを閉じると、客室の前方に設けられた小窓から御者に告げた。

控えの席にメイドが腰かけるのと合わせて馬車が動き出した。客室全体に車輪が回る細かな振動が伝わりだす。

ちなみに馬車は座って進行方向へ顔を向く側が上座、その向かいに座る側が下座だ。



「おくつろぎください。お飲み物ならお水とブランデーの用意がございますが」

「あ、結構です。ありがとう、でもお構いなく」



 どんなものをすすめられても今は何も喉を通る気がしない。



(しかしよく働く子ねぇ)



きびきびとしたメイドの働きぶりに感心してしまう。



(この世界でメイド服なんかなかなか見ないけど、大公夫人の趣味なのかしら……)

<<良いなぁ。なぁなぁ、俺にも専用のメイドつけてくれよ>>



膝のタヌキが何か言ったようだが聞き流した。

アルガリータの見た目をあらためて観察する。



 【ダイヤモンド・ホープ】世界の基準で言えば背はかなり低い。一見すると少女のようだ。

豊かな髪を二つに分けて頭の両方から垂らしている、ツインテールの髪型が見た目の印象をさらに若く見せている。

小さな体に身に付けているのは白を基調としたメイド服だ。

我が家も含めてこの世界の使用人は地味な恰好をしていることが多いのだが、胸元が大きく開いたなかなか派手なデザインだった。



(……いや、小さくないわ! むしろ、でかいわ!)

<<どこ見てんだよ>>



 立体裁断のメイド服を盛り上げる、その両胸のボリュームに思わず戦慄する。

体格比どころか単純なサイズでも私より大きいかもしれない。



「何かご用命でしょうか?」

「いえ、大きいなあと思って」

「は?」

「あ、違います! 馬車がですよ!? 四人席なのにシートが大きくて、くつろげてすごい馬車だなあって!」


 

 メイドの視線に気づいて慌てて誤魔化した。

隠しはしたものの嘘はついていない。

実際我が家の馬車と比べるなら、飛行機のビジネスクラスとファーストクラスくらいの差を感じるほどだ。

私はエコノミークラス以外利用したことないけれど。



「大公夫人がお聞きになったら喜ばれますわ。この馬車は夫人ご自身が図面を引かれて特別に造られたものですから」

「え、ご自分で?」

「はい、基本的な部分のみですが。家具でも服でも、既成のものは夫人のお好みに合わないことが多いようです」


 

 ……驚いた。

オーダーメイドは貴族の日常だし、手仕事は上品な趣味とされているから自分で馬具やら錠前やらを制作する器用な人も珍しくはない。

しかし手ずから設計までしてしまうというのは初めて聞いた。その上女性となればこの国でも唯一ではなかろうか。



「はぁ……。どんな方なのかしら?」

「これからお会いになれば、お分かりになられますわ」



 ニコっと愛想良くアルガリータが笑った。

何故かそれを見て、背筋に震えが走った。

私の動揺を察したのか、タヌキもさっと膝の上で腰を浮かす。



(え?)

<<なんだ、今の?>>



 自分で自分のことが分からず、思わず戸惑ってしまった。

なぜ震える必要があるのだ?

相手は単なる出迎えの使用人ではないか。会話も他愛ないものだし。



(さぁ、このドレスちょっと布が薄いのかも)



 取り成すように言って、私はタヌキを再び座らせた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 ゆったりくつろげるように余裕を持って作られたシートのはずだが、針のムシロの上に座っているような気分だった。

そうして待っていること小一時間。



(着いたのかしら……)



 王都の中心から逆方向、郊外の方へ向かっていた馬車の行く手に、広大な敷地を持つ邸宅が見えてきた。

大貴族が王都に複数の屋敷を持つことは珍しくない。

例えば公務用には官庁に近い利便性の高い場所に一軒。

休日を過ごしたり来客をもてなす時のために広い郊外に一軒、といった具合に。

ここもそうした大公夫人の別邸の一つなのだろう。



「大きなお屋敷ですね」

「この別邸は、大公夫人が王都にお持ちの中では一番こじんまりとしたものです」

「うへぇ……」



 我が家が二つ三つはすっぽり入りそうな堂々した構えの建物を指してあっさりと言い切られた。 

ここまで来るともう圧倒されるしかない。


 

「お金ってのはあるところにはあるものなんですねぇ……」



 自分でも感心とも呆れともつかない吐息とともに、ついついそう漏らしてしまう。

アルガリータがぎょっと目を丸くした。

独り言のつもりだったがうっかり対面に座ったメイドの耳にも入ってしまったらしい。



「あ、違うんです。大公夫人を悪く言ったわけじゃなくて……」

「いえ、それは分かっているのですが」



 慌てて弁解しようとすると、アルガリータは小さく首を振ってくすくす笑った。


 

「まさか伯爵家のご令嬢の口からそのようなお言葉をうかがうとは思わなかったもので」

「は、はぁ」



 やってしまった。気を抜くとすぐ日本の24歳のOLの素が出てきてしまう。

これ以上余計なことを言うまいと固く口を閉ざして小さくなっているうち、馬車は屋敷の門をくぐっていった。



「……」



大きく重い鉄製の門扉が馬車の後方で閉まる。

巨大な生き物の口の中に入った時のような不安が両肩にのしかかってきた。



<<生きて出られると良いな>>



 私の不安を察したタヌキが軽口を聞いた。

昨夜は寝落ちしてすっとばしてしまいました申し訳ない……。

続きは今夜更新します

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