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タヌキ イズ ゴッド(8)

 夜が明けた。



「……住民全員にパンをひとつずつ配るだけでもう大変だわ!」



 深々とためいきをついてしまう。

領主館の全員、手伝いに来てくれる住民たちと一緒に朝食を配り終えたのだが、それでも結構な手間だ。

改めて『避難って大変だなぁ』と思う。

ようやく手が空いて一人で考える時間ができたが、まだまだ足りないものはたくさんあった。



「パン焼き窯はこの刑務所内を使うとして……問題は燃料よね」




 オズエンデンドの住民たちの間で主流の燃料は、たきぎと枯れ木である。

伐採した木を乾かして斧で斬っておくか、でなければ周りは荒れ地と山ばかりだから拾いに行けばいくらでも手に入る。

普通は冬が来る前に用意しておくものだが、今やオズエンデンド刑務所は常駐している半ばお役御免の看守たちと一部の凶悪犯を除いてはほとんど無人状態だったので、当然こんな人数が冬越しするための支度などしていない。



「食べ物は穀倉にまとめてあるのを持って来れば良かったけれど……。たきぎは各家庭でそれぞれ蓄えておくものだしねぇ」



 各戸を回ってたきぎを集めてくるのにまた労力がいるし、そのたきぎの所有権が誰にあるのか、補償をどうするのを考えると頭が痛くなる。

各々の家にお邪魔する際に盗難事件が発生しようものならさらに話がややこしくなってしまう。



「一時帰宅させてたきぎを持ってこさせようかしら……。えーでも『刑務所に戻らない』なんて言い出されたら面倒よねぇ……」



 ぶつぶつとつぶやきながらエネルギー問題について頭を悩ませていると。



「だから言ってるでしょ! 槍は突くんじゃなくて、振るの! ほらやってみて!」

「んん?」



 張りのある声で、いさましい響きが聞こえてきた。

刑務所の中庭の方から聞こえてきたので、通路を渡ってそちらへ向かう。



「え、えーい! やあ!」

「よーし、次は必殺技な!」

「ちぇすとー! ちぇすと、ちぇすとー!!」

「……んんん?」



 妙な光景が広がっていた。

本来なら囚人たちが休憩や体操に使う壁に囲まれた中庭で、モルガナとクォーツ三姉妹が長い棒きれを振り回している。

姉妹たちがきゃあきゃあ言いながら木の棒の端をぶつけあう前で、モルガナが声を上げていた。



「そうじゃないわよ! ほら、もっとまじめにやって!」



 モルガナが三姉妹を前に棒を整然と振って素振りの見本を示しているようなのだが、どうもあまり成果は上がっていないようだ。



「……何遊んでんの? あんたたち?」

「あ、レセディ。遊びじゃないわよ!」



 こっちに気付いたモルガナが、勢いよく棒切れの端のを地面にぶつけて立てて見せる。



「軍事訓練よ!」

「ぐんじくんれん?」

「そうよ、籠城戦は総力戦。いざとなれば女子供でも城を守るために戦わなきゃ! 今はこの子たちだけだけれど、慣れたらもっと人数を増やすわよ!」



 南国の王女様は剣呑なことを言い出した。

まるで戦中の国防婦人会である。



「城って」

「似たようなものでしょ。ここは殿下にとっての最後の守りの拠点よ。家を守るのは女の仕事でしょ」

「変なところで結構古風よね、あなた」



 とはいうものの。



「こ、こんなもの使ったことありません!」

「ねえ! 本物の槍持たせてくれないと訓練にならないよ!」

「とおからんものはおとにきけ! ちかくばよってめにもみよ!」



 シトリンちゃんは戸惑うばかりだし、フューメちゃんは不満そうに唇をとがらせているし、モリオンちゃんに至っては見栄を切りながら良く分からない名乗りを挙げていた。

子供たちにとっては単なる『兵隊ごっこあそび』でしかない様子だ。

モルガナの期待通り、彼女たちが戦力になるとは到底思えないのだが。


 

「女子供を戦争に使ってる時点で負けよ」

「本当に戦わせるかはともかく、気分の問題もあるでしょ。中の人間がだらけてたら勝てるものも勝てないわよ!」

「良いたいことは分からなくもないけれど……」



 戦いが発生した時点でこちらの負け戦なのだ。

なんとも理不尽で突然で不公平なクソゲーだが、現実に異民族に乗り込まれては仕方ない。



「……私としては、あなたはここを抜け出して一度スターファに帰った方が良いんじゃないかと思うんだけれど」

「バカ言わないで! 冗談じゃないわ、ロカイユ家の娘は嫁ぎ先を捨てて逃げるほどお尻は軽くないの!」

「嫁いでないでしょ」


 

 昨日から思っていたことを口にしてみたが、即却下されてしまった。

本気で怒ったらしく、モルガナは目を三角にした。



「私だけ逃げるだなんて、そんなことできるわけないでしょ!」

「でもあなたに万が一があったら、本当に国際問題よ? 私たちだけじゃなくて、ファセット王国自体が『海外の要人を守れなかった』って世界中から白い目で見られるわ」

「おあいにくさま。スターファの女にとってはね、世の中にどう見られるかも自分で自分をどう見るかの方がよっぽど大事なの」



 フン、とモルガナは鼻を鳴らした。

これはどう言っても自分の主張を引っ込めてくれそうにない。



「譲歩は無理?」

「……そうねえ。一つだけ可能性はあるかもね」

「どうすれば?」

「殿下も。レセディも。みんなも、スターファに逃げてくれる?」

「それはできないわ」

「じゃあ帰らない!」



 王女様はあらためて断言した。

はあ、とため息が漏れてしまう。

友人としてはこの気性は好ましいが、公爵領の経営を考えると頭の痛いことだ。

なおさらこの刑務所を戦闘に巻き込めなくなってしまった。



「……仕方ないわね。困ったらいざという時は、みんなで国外に逃げましょうか」

「村まるごと全員、スターファに亡命していらっしゃいよ。私たちならどうとでもなるわよ」



 おやおやと思った。

ここにやってきたときは母親を見返すことだけに血眼になっていた娘が、随分丸くなったもんだ。



「……いっそそのまま、中からスターファの王宮を乗っ取っちゃう?」

「あら、下克上?」

「そうなったらあなたは女王様よ」

「良いわね! そうだ。殿下も共同統治の同君連合ってことにして、そのままファセット王国の相続権を主張して併合しちゃいましょうよ」

「夢のある話ね。大陸西側で最大領土の巨大国家のできあがりだわ」



 ケタケタと私たちは笑い合った。

『間違っても朝の刑務所の中庭でする話はないなー』とか『王女相手じゃなかったら不敬罪で捕まりかねん話だわ……』と思ったが、陰口と同じでちょっとくらいヤバイ内容の方が内緒話としては面白いものだ。


 

「――――――レセディ嬢、大変です!」



 いきなり宿舎の方からベリルの声が聞こえてきて、私は飛び上がって驚いた。



「な、なになに!? 庇を貸りて母屋を乗っ取る計画なんか立ててないわよ!?」

「……は? 何の話か分かりませんが、とにかく緊急です! 大公夫人とテュルキス辺境伯が急いで城壁においでくださるようにと」

「もしかして敵が攻めてきたの!?」



 モルガナが手にした棒切れを握りしめたが、戦闘になりそうなら私たちをわざわざ攻撃にさらされかねない城壁には呼ぶまい。



「いえ、連中は今日も変わらずお祭り騒ぎです」

「じゃあ何が大変なのよ」

「その……ご覧になった方が早いかと!」



 口ごもったベリルが何を言いたいのか分からず、私とモルガナは顔を見合わせた。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 監獄の石造りの階段は急角度だし狭いしで、女の足で急いで上がるのは結構大変だった。

息を切らしながらなんとかモルガナと城壁の最上部までたどり着くと、通路には大公夫人と辺境伯に続いてマダマさま以下の領主館のメンバーも待ち受けていた。



「何があったんです?」

「レセディ!」

「あれを見よ!」



 監獄の正面側から胸壁ごしに、みんなが荒れ地の方を指さしている。

そっちに目をやると、いくつものテントを前にツァガン族がお祭り騒ぎをしているところだった。

まさか夜通し騒ぎ続けたわけでもあるまいが、よくもまあ連日祝賀ムードで騒げるものだ。



「なんだ、昨日と変わりなくお祭りしてるだけじゃない」

「特に緊急事態とも思えな……」



 拍子抜けしかけたところで、私とモルガナは強烈な違和感を同時に覚えた。

確かに昨日と似た光景だが、規模が明らかに違う。



「……って、なんか増えてない? あいつら?」



 荒れ地の片隅で騒いでたはずのお祭り騒ぎが、今やもう村の敷地の一辺を埋め尽くす勢いになっていた。

どう見ても500人どころの小集落ではない。

遠目だしゴマ粒のような人間をいちいち数えるのも難しいので大雑把に把握するしかないが、下手をするとその2倍……。

いや3倍……5倍……。ひょっとしたら10倍以上?



「見間違いじゃないわよね?」


 

 一晩で部族の人口がいきなり急増するはずもない。

ついつい確認してしまったが、神妙そうな周りの顔つきを見るに私の目の錯覚ではないようだ。

テントの数も昨日までとは明らかに違う数が密集して立ち並んでいる。



「……」



 ひとりだけ落ち着き払って片目で望遠鏡を覗いていたテュルキス辺境伯が、視線を動かさずに重々しく口を開いた。



「いま確認できただけで、1万人近くはいます」

『イチマンニン!?』



 朝の城壁の通リにすっとんきょうな声が響き渡った。



「どういうわけじゃ!」

「急に増えた!?」

「急です!」



 私は即断した。



「……ニセ公爵殿下に外出する支度をさせて!」


 

 おろおろと周りの顔色をうかがっているトパースに命じた。 

ついつい気が急いてベニさんのことをそう表現してしまった。



「今すぐに連中のところに、事情を聴きに行くわよ!?」


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