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タヌキ イズ ゴッド(6)

「不幸中の幸いってやつかしらね。今が冬だったのは」



 食糧の備蓄庫に収まりきらず、刑務所の廊下に山積みされたキャベツの玉をひとつ手に取る。

カチンコチンに冷たくなっていて、うっすらと表面に浮かんだ霜が触った部分だけ溶けて消えた。



「食べ物が痛む心配だけはしなくて良いわ」



 石造りの監獄の中で暖房が入っていない区画や廊下は、温度は冷蔵庫の中と変わりなかった。

これなら生鮮食料も十分日持ちそうだ。



 おっと。

安心して一息ついている場合ではなかった。

私はキャベツを抱えられるだけ持つと、落とさないようにちょっと苦労しながら厨房の中に戻った。



「ほら、手早く手早く! 夜になっちゃうわよ!」



 厨房の中で忙しく手を動かしている奥様方にハッパをかける。

何せ500人を超える住民たちが避難してきたので、その炊事を一手にまかなわなければならない。

元が巨大な監獄だったので、刑務所にも当然煮炊きの設備はしっかりと設けられているし、そのまま使えるのはありがたかった。



「お腹空かせたら余計なトラブルが増えるわ! とにかく食べ物だけは絶対に不足させないで!」



 満腹でケンカはできないという偉大な格言もある。

物資に余裕はあるはずだから、出し惜しみする理由は全くない。



「人間満腹だったらそうそう早まったマネはしないもんよ」

「せ、責任重大なんですね」



 大鍋をかき混ぜていたマダマさまがぶるっと肩を震わせた。

プレッシャーをかけるようで酷だから言わないが、本当に食べ物は大事なのだ。

下手にまずい食事を出そうものなら、それが原因で不満が溜まって暴動発生なんて事態も起きかねない。

前世のロシアの話だったと思うが、『料理に入っていた肉が腐っている』という理由で戦艦が反乱を起こした例だってあったはずだ。



「今日から献立てはスープやシチュー中心ね。栄養が無駄なく取れるし体があったまるわ! 体力が落ちたら老人や病人から耐えられなくなるわよ!」

「ほとんど災害の避難所ですね……」

「似たようなもんよ!」


 

 いきなり異民族におしかけられて、こんな刑務所に逃げ込まなければならないのが災害でなくてなんだというのだ。

ただし地震や台風と違うのは、相手が人間だということだ。

今のところ話が通じずにイライラしてばかりではいるが、どこかに妥協点が見出せるはずだ。

そう思わなければやってられない。



「ツァガン族の連中だっていつまでも腹ペコで耐えられるわけないわ。どっかで折れてくるわよ」

「でもさっきのレセディの話だと、お腹を空かせてイライラして早まったマネをしかねないんじゃ……」

「……やめてよ。悲観的なことを言うの」

「ご、ごめんなさい!」



 しかしマダマさまの言うことはもっともだった。

長丁場になって下手に追い詰めてはいけないのだ。それをやると暴発して噛みついてきかねない。

かといってこちらから食糧援助を申し出ても、自分たちのルールで断ってしまう。

……気難しくて飼い方が難しいイヌの世話でもしてんのか、私は!?



「その点タヌキは楽だったわねぇ。臭いのだけは我慢できなかったけれど。あいつ何でも食べるし」

「え、突然どうしたんですか?」

「なんでもないのよマダマさま。生き物を飼うのも、政治外交も、本質はあんまり変わりはないのね」

「は、はぁ?」



 不思議そうな顔をしたマダマさまを礼儀正しく無視して、私は大振りの包丁を手に取った。

しばしの間、もつれてぐちゃぐちゃな頭を空っぽにするべくキャベツを切り刻む作業に集中させてもらった。



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 住民に振る舞う夕食ができあがった。

監獄内の大ホールには、食事の配給を待つ住民たちが列を作って待っていた。



「みなさん、ご苦労様です!」

「これは領主様……!」

「公爵さま!」

「殿下!」



 エプロンをつけたマダマさまが押し車を手に現れると、住民たちから驚きの声が上がった。

自分の体が入りそうな大鍋を運び込んだ王子様は、お玉で中のスープをボウルによそうと、手づから周りの人たちに配り始めた。



「熱いから気をつけて食べてくださいね」

「これはもったいない……」

「食糧はたくさんありますから、遠慮しないで食べてください」



 ひとりひとりに声をかけながら配給するマダマさまの姿に、住民たちは恐縮しながらもそれぞれ感謝を口にしながら食事を受け取っていった。



(単純な手口だけれど……まあ効果はあるわよね)



 『自ら住民の生活を気遣う領主の姿を見せつける』というPRだ。

あざとい手段ではあるが、今はできることは全てやっておきたい。

それでもマスコミの前でこれみよがしに災害の被災地に押しかける政治家の姿ほど、下品な姿に見えなかったのは少し救われた気分だった。

マダマさまが政治的な演出やらプロパガンダやらを全く考えず、単純に自分の役割を果たそうと一生懸命だからだろう。

純真な少年にこんな役回りをさせるのは正直心苦しいのだが。



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「……ようやく終わりましたね」



 村人全員に食事を配り、片付けるだけで結構な手間だった。

奥様方に手伝ってもらいながらもかなりの時間がかかってしまう。



「これが三食毎日続いてたらと思うとすごい労力ね……」



 明日からはもっと多くの住民たちにも手伝ってもらえないか募集をかけることにした。

ローテーションを組んで交代制にするか、分担するかしないと、とても身が持たない。



「早くみんなが家に帰れると良いんですけれど」


 

 空になった大鍋とお皿を片付けながら、マダマさまがぽつんとつぶやいた。



「できたらそうしたいけれど、ツァガンの連中をちゃんと管理下に置けるようになるまでは無理ね」

「ツァガンの人たちもオズエンデンドに落ち着いてくれると良いんですけれど」



 ぎょっとしてしまった。

皿を片付けながら、さらりととんでもないことを王子様は口にした。

自分の領地にあんな連中を住まわせても構わないというのか、この少年は?」



「ちょ、ちょっと。本気?」

「え?」

「まさかマダマさまはあいつらをここに定住させるつもりなの?」



 マダマさまはきょとんとした。



「そのための交渉をこれからするんじゃなかったんですか?」

「ま、まあ、それも選択肢の一つだけれど……」

「うちの領土は広いですし、ツァガン族の人たちには農地も必要ないでしょう。牧草になる草が生える土地さえあれば良いんです」

「使えないうちの荒れ野でも利用はできるわけね……」



 思わず面喰ってしまったが、確かに少年の言う通りオズエンデンドは面積だけは無駄にあるから騎馬民族を住まわせても土地争いが起きる気遣いはないわけだった。

ついつい狭い自分の視野で考えてしまったが、厄介者をどう追い出すかということしか考えていなかった私と違って、この少年の度量は思っていたよりずっと大きかったようだ。



「……そういえばマダマさまはツァガン族ので寝泊まりしたのよね? どう思った?」



 少年はちょっと考えてから答えた。



「突然のことで驚きましたが……。ボクの目からは悪い人たちには思えませんでした」

「……そう」


 

 この土地を預かる少年の素朴な視点から見てそう思えたのならば、ひょっとしたら『共存』という選択肢を選べるのだろうか?

疑い深くて面倒が嫌いな私の目からは、今のところは何もかも違い過ぎてとても親和性があるようには思えないのだが……。

それにこの人の良過ぎる少年のことだから、どんな凶悪な人格破綻者にも美点を見つけ出しかねないという不安もあるし……。



(どうしたら良いのかしら……?)


 

 迷いを顔に出したらマダマさまが不安になりそうなので、努めてポーカーフェイスを保った。

こんな時にタヌタヌがいてくれたら、いくらでも愚痴や不満をぶつけられて少しはすっきりするのだが。

今のあいつは騎馬民族に捕らわれ、神様として神輿に担がれている。



「そういえばタヌタヌはどうしてるんでしょうか」



 まさか私の心の声が聞こえたわけはあるまいが、マダマさまも不安そうな声を口に出した。



「理由は良く分からないけれどツァガン族は崇拝してるみたいだし……大事にされてるんじゃない?」

「ひとりで他の場所に泊るだなんて初めてでしょう。慣れない環境で調子が悪くなったりしてないか、心配です」

「ま、まあそうね。そんな繊細さがあるかはともかく……」

「タヌタヌ、きっと今頃はボクたちがいなくて寂しくてぶるぶる震えていますよ!」

「いや、それはないわ。あいつに限ってそれだけはない」



 自信を持って断言した。

むしろ神様扱いされて調子に乗って、捧げものをばくばくかっ食らっている方がよっぽど容易に想像できる。



「あいつときたら庭に生えてるキノコまで喜んで食べちゃうんだから。心配無用よ」



 口では明るい声を出したものの、急に胸に寒々しいものが入り込んできた。



(あれ……?)



 そういえば私、タヌタヌとこんなに長い間離れたのは出会ってから初めてだった。

もうすぐどこにでも連れ歩いているのが当たり前になっていた。

忙しさで駆けまわってたときには気付かなかったが、一度自覚してしまうと側にいないことに大きな違和感が頭に取りついて離れなかった。

体の一部が急になくなってしまったかのような戸惑いとうら寂しさを、自分でも戸惑うくらい強く意識してしまう。



(本当に何してるのかしら……)



 そういえば、と思い返す。

伯爵家で一人ぼっちだったころに比べれば心を許せる仲間もたくさん増えたが、本当の意味で気持ちを共有できるのはあの小憎らしいタヌキだけだったのだ。

現代日本の記憶も、この世界が少女漫画の舞台だと知っているのも、私の他には世界中ではあのタヌキ以外知りえない秘密なのだ。

ある意味で私たちは、この世に二人ぼっちの孤独な同類なのである。




 それが今手の届かないところにいる。

そのことに猛烈な不安が押し寄せてきた。



「レセディ、大丈夫ですか?」



 いきなり押し黙ってしまったことに、マダマさまが心配そうに声をかけてきた。



「タヌタヌのことならきっと大丈夫ですよ。ツァガン族の人たちが落ち着けば、元気にまた戻ってきますって」

「そうね……。そう願うわ」



 やってしまった。軽口をたたくつもりで、かえって少年に気を使わせてしまっては元も子もないではないか。

私は慌てて気を取り直すと、皿を片付ける作業に集中するふりをした。



(早く戻ってきなさいよ、もう……)



 心の中で独りごちる。

伯爵家の娘としてお見合いに失敗続けてきた寂しさを、また感じる日が来るとは思わなかった。


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