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2_13 ラスボスからの誘い

 渡された招待状には、力強い筆致で実に簡潔な内容が書かれていた。



『午後に馬車を迎えに出す。一人で来るように』



 差出人の名前すらないその手紙を、仕方なく父親に渡した。



「キューレット大公夫人からだと?」

「そう言ってました。お疑い?」

「確かにキューレット大公国の紋章だ」



 鑑定士みたいな目つきで便箋をにらんだ父親がうなずいた。



「型破りなお方とはうかがっていたが、どうやら噂は本当のようだな」



 流石の親父もこれには毒気を抜かれたようだ。手紙の両面をぺらぺらと見比べている。



「……しかしおまえ、これは本当に好機かもしれんぞ?」

「えぇ……?」



 この男は一体何を言っているのだ?



「キューレット大公夫人は人間嫌いで有名なのを知らんのか。その大公夫人に直筆の手紙で招待されるとはめったにない機会だ」

「前向きね、お父様」

「本当にお前を殿下の花嫁候補としてお考えだったらどうする! 殿下もじきに爵位を下賜されることだろう、うまくすると我が家から公爵夫人が出るのだぞ!」 



 頬をふくらませながら父親は言った。

王以外の王族はほぼ専用の爵位と言って良い公爵位を与えられることくらい私だって知っている。

家格で言えば伯爵家の我が家はもちろん、侯爵位のカリナンよりも更に上だ。

父親が浮かれる気持ちも分からないではないが。



「お前は公爵夫人だぞ!」

「はぁ」

「継承の順番によっては王妃になれるかもしれん!」

「へぇ」

「喜ばんのか!」



 しかし怒ったり喜んだりと浮き沈みの激しいこの情緒は、我が父ながら不安になってくる。



「あのお父様、ちょっと良いですか?」

「なんだ?」

「まずどうして、マダマ様……もとい親王殿下をパーティーにお誘いしたら大公夫人みたいな大物の名前が出てきたのか、つながりが分からないんですけど」

「お前は本当に何も知らんのだな」



 父親は呆れたような顔になった。



「公爵夫人は殿下の叔母にあたるお方だ。先の皇太子殿下の末の妹君、先の国王陛下のご令嬢だからな」

「えぇ……!? そんな設定ブルーレイのボックスの特典資料集にも載ってなかった!」

「なんだそのブルーレイボックスというのは?」



 しまった、つい口を滑らせてしまった。



「ええと、なんでもありませんの」

「お前はときどき良く分からないことを言うな……。大公夫人の前では慎まねばならんぞ」



 こくこくとうなずいてごまかしながら、私は内心では父親が本気でマダマさまとの縁談を考えていることにうんざりとしてきた。



(盛り上がっているところ悪いけれど、私としてはとてもそんな目じゃ見られないのよね)



そりゃあ王子様として家柄は申し分ないし、人柄だって真面目で優しくて好ましい。

見た目に至っては二次性徴前とはいえ少女と間違えるほどの美少年だ。

将来はとびきりの美形になることだろう。



(でもいくらなんでも年下すぎるわ)



 いかんせん8歳も年下の男の子を結婚相手として意識しろというのが無理だ。

ゼイタクを言える立場ではないが、女子として人生のパートナーにはやはり頼もしさやたくましさを期待したいというもの。

一緒に生活したり子育てすることになる以上は当然だろう。

ほっとけない愛らしさや、そばに置いて愛でたくなる可憐さは優先度でいえば二の次以下である。



(どういうつもりか知らないけれど、とりあえず適当に誤魔化しておこう)



 世間にあふれているバカな貴族の子女みたいに平凡な受け答えをしていれば大公夫人だって興味をなくすだろう。

そう胸の内で計算を立てていると、うろうろと部屋をうろつき回る父親がぶつぶつ何か口にしているのが聞こえてきた。



「明日は朝一番で王都で一番の美容師を呼ぶぞ! ドレスも宝石も特に良いものを……そうだ、母さんのコレクションを借りて一番良いものを身に付けていけ。 大公夫人に気に入られそうな上品なやつをな」



 この父親、ノリノリである。



「お前は早く寝なさい。明日は大事な日だぞ。何が何でも結果を出さねばならん」



 子供のお受験を控えた親のようなことを言い出したぞ。



「あの、お父様。そんなに気合入れなくても……。まだ縁談と決まったわけでもないですし」

「なんだお前、まさか乗り気じゃないのか?」

「だって相手はまだ12歳の男の子ですよ?」

「年齢をより好みできる立場か!?」

「えぇ……?」

「おまっ……。まさか自分にまだ商品価値が残ってると思ってるのか!?」



 この世界の常識では自分はいわゆる『売れ残り』だとは分かってたけど、実際父親に言われるとムカっ腹が立つなぁ。



「相手にそのつもりがなくても、その気にさせるくらいの意気込みでいかねばならん!」



 ここまで来るとほとんどブラック企業の営業部長か何かである。



「断じて行えば鬼神もこれを避く! 進み立つ方に障りなし! ほら、声に出して言ってみろ!」

「分かりました、分かりましたってば!」

 


 あまりの暑苦しさに耐えられなくて、それだけ言うと飛び出すように部屋を出て行った。


次回は明日朝8時に追加します。

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