2_12 招待状
(やば……怒られる?)
生真面目な顔をした女衛士、ベリル=スクラマクトに正面から見られて、思わず背筋がひやりとした。
マダマさまは満足して帰られるようだが、その周囲の人間も同じ反応とは限らない。
王族への不敬だとかなんとか言われてこっぴどく叱られても不思議ではなかった。
「ロナ嬢」
「は、はぃぃぃ! やっぱり怒ってます?」
「…………」
「鉄拳制裁ですか? その、顔はやめといてボディにしといて欲しいんですけど……」
「どうぞ、これをお受け取りください」
「はい?」
たじろぐ私に、ベリルが便箋を差し出してきた。
淡い色の高級な紙に複雑な意匠をした紋章があしらわれている。
見るからに高貴な方がお使いになりそうな代物だ。
「『殿下が貴女を気に入られたら渡すように』と申しつけられております」
「き、気に入られた? 私が?」
どこをどうすればそう見えたのだろう。
酒とテーブルを挟んで良い雰囲気になるとか、バルコニーで夜風を楽しみながら甘い会話を交わしたとかならともかく。
一緒に料理を食べてフォークダンスをどかどか踊っただけではないか。
しかも相手は12歳の男の子だ。確かに個人的に友人になる約束をしはしたが……。
「はい」
鉄面皮を崩さないままベリルがうなずく。
「不遜なもの言いですが、自分が殿下の警護の任を与えられてから3年間。ご家族の前以外であのように屈託なくお笑いになる姿を初めて見ました」
「そ、そうなの?」
「……老婆心から申し上げますが、素直にお受け取りになられた方が良いかと」
少しだけベリルが表情を崩す。親しさよりも、同情や哀れみといった感情の方が近い気がした。
一体この真面目な軍人に何がそうさせるのか、私は便箋に目を落とした。
一体誰がどんなつもりでよこしてきたのか全く心当たりがない。
「中身は招待状です」
「どなたから?」
「キューレット大公夫人のご直筆です」
「…………はい?」
いくら世間知らずの私でもその名前くらい知っていた。
この少女漫画【ダイヤモンド・ホープ】の舞台となるファセット王国で最大の所領を持つ大貴族の名前だ。
巨大な権力と莫大な財産、そして奇行の主として有名だった。
王都で発行される大小さまざまな新聞で、一誌も彼女の名前が載っていない日はないと言われるほどだ。
この世界の原作漫画【ダイヤモンド・ホープ】にももちろん登場する。
主人公フランシスに立ちふさがる後半の巨大な敵。
……さまざまな悪事の黒幕として!
(いったいマダマさまとどういうつながりがあるの!?)
原作ではほとんどシルエットや影で隠れた顔しか出てこない巨悪と、マダマさまの屈託のない笑顔との印象がどうしてもつながらず、私は困惑した。
酸欠の金魚のように口をパクパクとさせた私を見てちょっと迷ってから、ベリルは付け加えてきた。
「それからこれは」
「今度はなに!?」
「殿下からです。お借りしていたものだとか」
ベリルが私の手に何かを握らせてくる。
ずしりとした重みがあった。
見ると、真新しい銅貨が四枚手のひらの上に乗っていた。
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<<おつかれさん>>
雲の上を歩くような足取りで屋敷の中に戻ると、こっちもどこかおぼつかない足取りの四つ足が出迎えてきた。
食べ過ぎでお腹を膨らせたタヌキだ。
「あなた、今日は何もしてないじゃない」
じろりとにらみつける。
ただひたすら食ってだらけていただけではないか。
<<悪かった、次は役に立つよ>>
「本当?」
<<誰か殺したいやつがいたら言ってくれ>>
「笑えないわよ、それ」
ブラックユーモアのつもりだろうか。
<<それで? 王子様とは結婚できそう?>>
「そんなわけないでしょ……。8歳も年下の男の子よ? 友達にはなったけれどね」
<<おいおい。結婚しないとまずいんじゃなかったの?>>
「ああ、その話だけどね……」
周りに誰もいないことをもう一度確認してから、タヌキにささやいた。
「親父の見栄のために修道院に入れられる前に、国外逃亡しないといけなくなったかもしれないわよ」
<<は?>>
タヌキが唖然とした。
<<ちょっと待った。いつの間にそんな追い詰められるようなことをしたんだ?>>
「キューレット大公夫人に招待されたのよ!」
指の間に挟んだ便箋を見せてやる。
<<誰それ?>>
「ひらたく言うと」
<<うん>>
「この世界の元になった原作少女漫画のラスボス」
流石のタヌキもこれにはあんぐりと口を開いた。
短くてすみません。
次回は今夜追加します。




