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オズエンデンド領主誘拐事件(5)

 長い夜が明けた。

私は厚ぼったく感じる目を擦りながら、自分の部屋から玄関のホールへ出て行った。

昨日から着たきりスズメ状態なのか、普段よりややくたびれてシワのよった軍服を着たベリルが待っていた。



「……レセディ嬢。まさか、徹夜なさったので?」

「あなたも眠れた顔には見えないわよ」



 おそらくはひどい顔色をしているであろう自分の頬をパンパンと張った。

気合を入れなければ。

長い長い一日はまだ始まったばかりだ。


 

 状況は深刻……というか五里霧中だ。

ロバとタヌキを連れて出て行ったマダマさまが、外国人らしい謎の騎馬集団に誘拐された。

分かっているのはそれだけ。

彼らが何者なのか、マダマさまは今どこにいるのか。どういう理由だけで食料品なにか要求したのか。

そして誘拐されたマダマさまは、どうして助けを求めるどころか誘拐犯に協力しているそぶりすらあるのか。



(何もかも分からないことだらけだわ)



 分からないことだらけだが、できることは限られている。

ならばそれを全力でやるしかないだろう。


 うろたえるのも。

理不尽な現実に折れそうになって泣き喚くのも。

怒りに任せてベッドの枕に当たり散らすのも。

全部夜の間に済ませてきた。



「――――――ハッ!」



 幸いなことに、雪は夜の間に降り止んでくれていた。

玄関のドアを開くと、冷たい新鮮な空気がなだれこんでくる。

予定通りに昨日の夜各位に命じておいた通り、村民・受刑者・作業労働者たちが集まっていた。



「みんな! 良く来てくれたわね!」



 背後でトパースとルチルが用意していたものを貼り出す気配を感じながら、100人前後の村民たちに向かって告げる。



「もう聞いてると思うけれど、マダマさまが誘拐されたわ!」



 私から断言されて、ざわめきが広がった。

彼らの間でも薄々とは噂になっていたのだろうが、確証が持てなかったというのが正直なところだったのだろう。



「犯人の素性も目的も不明! 目撃情報だと騎馬に乗っている可能性が高いわ!」



 昨日降った雪で足取りは消えてしまっている。

誘拐犯たちがどこに消えたのか所在は一切不明だが、マダマさまの『連絡を取る』という言葉を信じるのならば領内のどこかにいる可能性は少なくない。

村の食糧を手に入れるのが目的ならば、いちいち離れた場所に運ぶのは不効率だろう。



「山狩りよ! なんとか見つけ出して、マダマさまを助け出すの!」



 山と荒れ地ばかりだが、広い領内をこの人数でどこまで探し出せるのか。

騎馬に乗って移動する連中を徒歩の村民だけで捕えることなどか可能なのか。

不安要素は挙げればキリがないが、今は他にできることがない。



「良いこと!? 人質の救助が最優先よ! 対象の顔を頭に叩き込んで!」



 領主館の壁をバンバンと叩く。

そこには連れ去られたラトナラジュ公爵のマダマさま、ロバのエレミア、タヌキのタヌタヌの似顔絵が貼り出してあった。



「10人一組で行動して! 忘れないように、誘拐犯は馬に乗ってる可能性が高いわ! 居場所を突き止めたら必ず本部であるここに知らせて、複数の組で囲んで追い詰めるのよ!」

「……雲をつかむような話ですね」

「できるんですか、そんなこと」

「向こうからの要求を待った方が良いんじゃ……」



 村民たちは不安と不満が混じった顔つきだ。

地団駄を踏みたくなるのを辛うじて堪える。

この人、危機感がまるで足りていない!



「みんな分かってる!? もしマダマさまがいなくなったら、この村はおしまいよ!」

「おしまい?」

「イワシの瓶詰が王都で売れたのは、マダマさまの名前で宣伝したからよ!?」

「た、確かに……」

「肥料の輸出だって、マダマさまの王族の権威とコネを造りたいスターファ王家の後ろ盾があるから独立運営できてるの! 領主がいなくなったら即座に他の領邦が権益に手を伸ばしてくるか、領地ごと国に接収されちゃうわよ!」



 そうなれば彼らが村民や受刑者たちを今のように大事に扱う保証などない。

流石にそこまでは言わずとも伝わったようだ。

皆が息を飲む気配がはっきりと分かった。



「無事にマダマさまに戻ってもらわないと……ここにいる全員が破滅するわよ!?」



 全員の中には私だって含まれている。

今のところは王族の、それもバリバリのサラブレッドであるマダマさまのところに身を寄せているから、独身の娘が自由にしているのを親父も目こぼししているのだ。

『いつかは娘を公爵夫人』というスケベったらしい夢が夢で終わったのを知ったら、あっさりと私を連れ戻して修道院へと押し込むことだろう。



「……ッ!」



ようやく事態の深刻さを察したらしい。

みんなの顔に緊張が走った。



「マダマさまは私たちの手で助け出すのよ!」

『おぉ―――!』



 自分たちの生活が公爵の安否にかかっていることを理解してもらえたらしい。

一気にみんなの士気が跳ね上がった。

ここが勝負どころだ!

私は一層声を張り上げた。



「公爵領の興廃、この一戦にあり!」

『おー!』

「私は諸君ら全員に命令する、このオズエンデンドそのものを持って誘拐犯の前に立ちふさがれ!」

『……お、おぅ!?』

「敢えて言おう、カスであると! ●ーク・●オン!!」

『えっと……? お、おぉぉ―――!!』



 思いつく限りの煽り文句を浴びせると、村民たちは一斉に掛け声で返してきた。

中でも特に興奮しているのは、村民の先頭に立った僧衣の男だった。



「聖女様と公爵殿下とオズエンデンドの信徒に、主のご加護があらんことを!」



 自分の頭上で教会から持ってきたらしい十字架を振り回しながら、アメシス神父が叫んでいた。

顔を紅潮させ、裏返さんばかりに白目をむき、ほとんど狂信者の表情だ。



「皆さん、恐れることはありません! 主は常に我らの胸におられます、そして勝利は我らの手に!」

「そ、そうね。神父さまの言う通りよ!」


 表向きうなずいたが、あまりの熱狂ぶりに内心ではドン引きしてしまった。

煽った私が言うのもなんだが……大丈夫か、こいつ?



「さあ、みんな! 出発よ! 手分けしてとにかく怪しいところを全部探して!」

「……レセディ嬢。 お待ちを!」



 目の良いベリルが、山間を抜ける街道から村へと続く道を指さした。



「誰かが来ます! ……騎馬が3騎!」

「騎馬? ……まさか誘拐犯が!」

「いえ、違うようです!」



 捜索に使うつもりだったのだろう。

ベリルが筒のような望遠鏡を取り出して目に当てた。

手早く近づいてくる騎馬たちにピントを合わせる。

そしてその表情が驚愕に歪んだ。



「あれは……ゲェーッ!」



 女軍人の口から汚い悲鳴が飛び出してきた。



「いえ、まさか……そんな!?」

「ちょ、何なのよ。 あなたらしくもない……」

「きゅ、キューレット大公夫人ですっ!」

「は? そんなわけないでしょ?」



 なんでマダマさまの叔母にして、この国最大の領土を持つ大貴族である大公夫人がこんなクソ寒い北の田舎にいるのだ?

わざわざ雪の山中を抜けてまで。

確か夏に会ったときには、例の上納金を確保するために半分外国に等しい自分の国に戻ったはずではないか。



「見間違いでしょ?」

「本当です! ほら、見てください!」



 泡を食ったベリルが望遠鏡を押し付けてこようとするので、仕方なく私も自らの眼に当てた。

騎馬に乗っている3人の男女の姿が、レンズの向こうに大きく映し出される。

その先頭に立って手綱を操る、小柄で銀色の髪をした巨乳のツインテール姿には見覚えがあった。

 


「グェーッッッ!?」



 意識せずに不快な高音が自分の喉が上がってくるのは初めての経験だった。



「ほ、本物だわ!!」



 見間違えようはずもない。

本当にキューレット大公夫人だった。

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