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2_11 握手


 その後。

夜がふける前にマダマさまがお帰りになるというので、私は玄関前まで見送りに出た。



「何のお構いもできませんで」

「いいえ、とても楽しかったです」



 本当であれば主人である父が見送るのが礼儀だが、先刻の出来事で気分を害したのか自室に下がってしまった。



(自分の主催するパーティーで、なんて器の小さい)



と思わずにはいられないが、後で何を言い出されるか分からない怖さもあった。



(やっぱりやっちゃったかしら……)



 正直言って後悔がない訳ではない。

自分のことだけを考えるなら、この婚活パーティーで何か結婚につながる縁を見つけておくことは絶対必要だった。

扱いやすそうな男の一人や二人にコナをかけておけば今後につながるかもしれなかったのに、私がしたのは王子様を楽しませることと周りを盛大にドン引きさせたことくらいだ。



(あの親父が怒るのも無理ないわよね)



12歳のマダマ様を誘惑しろというのはともかく、ここまで盛大にパーティーを開いておいて娘の奇行のせいで何も成果がなかったでは父親も面白くはないだろう。



(まさか『今すぐ修道院に入れ』とか言い出したりしないでしょうね……)



 まあ今は王子様の見送りの方が大切だ。

王子様と警護衛士が乗って来た馬車が厩舎から玄関前の車止めへ来るまでには、まだ少し間があった。

警護官のベリルが馬車を呼びに行って、今は私とマダマさまのふたりきりだった。



「……何かしら?」



 マダマさまが何かを言いたげにしきりにこちらに視線を送ってくるのに気付いたので、自分からたずねてみる。

 

 

「あの、またこんな風に催しがあれば呼んでくれますか?」

「ええ。もちろんよ。次はちゃんとした招待状を送るわ」



 わざわざ改まって何を水臭い。 



「いつかボクが自分のためにパーティーを開いたら、来てくださいますか?」

「光栄だわ」

「手紙を送ったり、お勧めの本をたずねても?」

「良いわよ」

「またタヌタヌに会いに来ても良いですか?」

「なるべく朝はやめた方が良いわね。あの子は夜行性だから」



 何が言いたいのだろうか。

奥歯にものが挟まったような言い方をするマダマ様の真意がつかめず、私は軽い戸惑いを覚えた。



「ご、ご迷惑ではないですか?」

「迷惑だなんて」

「レセディは結婚相手を探しているんですよね?」

「えぇ、まあ。一応。これでもね」

「……結婚した後にボクがなれなれしくしてたら、お相手の方が気分を悪くしませんか?」



 目で見えない傷口の深さを指で触れて確かめるときのように、恐々としながらマダマ様は言った。



「なんだ、そんなこと気にしてたの?」

「そんなことって……」

「良いこと? マダマさまはそんなことは気にしなくていいし、相手にだって気にさせたりしないわ。私は結構お尻に敷く方なの」


 

 産まれてこの方男とまともに付き合った経験はまだないが、なんとなくの全能感に突き動かされて答える。



「だからマダマさまは遠慮することなんかないのよ。どんどん誘ってちょうだい」

「い、良いんですか!?」

「良いわよ。だって私たち、もう友達でしょ?」



 ……あれ?

自分ではごく自然な流れのつもりだったが、何か変なことを言ってしまっただろうか。

マダマさまは目を点にし、口元を引きむすんで固まってしまった。



「…………!」

「? え、何かおかしかった?」

「お、おかしくありません! で、で、でも、本当に良いんですか?」

「え、ちょっと待って! ごめ、そう思ってたの私だけだった? 嫌だったかしら? もしかして先走り過ぎた!? 」



 そういえば私たちは初めて会ってまだ半日も経っていないのだ。

ちょっと馴れ馴れしくし過ぎただろうか?

急に不安が押し寄せてきたが『ぶんぶんぶん』と猛烈な勢いでマダマさまは首を振った。



「嫌じゃありません!」

「そう? 良かった」

「僕はレセディと……その、友達になりたいです!」



 普段は高く上品な声で喋るマダマさまが、精一杯勢い込んで小さな拳を握り締めて言った。



「……人にこんなこと言ったの、産まれて初めてです」

「良く考えたら、私もそんなこと言われたの初めてだわ」



 急に羞恥心が戻って来たらしい。

少年の果物のように滑らかな頬が真っ赤に染まっていた。



 『友達になろう』だなんて言葉をかけることも、この少年にとっては相当な難儀らしい。

王子という身分が普段はどれほど自分を抑えることを強制しているのか考えると、軽く胸が痛む思いがした。



 そうだ。

ふと思いつくことがあって、少年の目の前に開いた右手を差し出した。



「握手しましょう、マダマさま」

「?」



 マダマさまは意図がつかめないといった顔をした。

この【ダイヤモンド・ホープ】の世界では男女が握手をする習慣はほとんどない。晩餐会を主催する家のホストとなる女主人が招待客と握手を交わすくらいだ。



 おずおずと差し出された小さな手を、包むようにしっかりと握ってやる。



「知ってる? この世にある挨拶の中でね、お互いが一番対等なのが握手なんですって」

「そ、そうなんですか?」



 上も下もなく、お互いにどんな身分の差があろうが関係なく行える。

相手との信頼を確かめる人間同士の挨拶だ。



「……」



 少し長めに握っている間に、冷たくちぢこまっていた少年の手に平にあたたかさが戻ってくるのが分かった。



 そうこうしている間に例の紋章つき馬車がやって来た。

車止めに停車すると、さっと王宮衛士のベリルが客室から下りてくる。



「お待たせしました、殿下」



 名残惜しい気がしたが、これで本当にお開きだ。

私たちはつないでいた手を離した。



「またあのダンス、一緒に踊ってもらえますか?」

「良いわよ。でも今度はもうちょっと人が少ない時にしましょうか」

 


 にっ、と笑ってマダマさまが一礼する。



「それではこれで、おいとまします」

「おやすみなさい」



 マダマ様がタラップを踏んで馬車に乗るのを、軽く手を振って見送る。



「……ん?」



 が、なかなか馬車は発車しようとしない。

理由は至極明快だった。

女衛士が馬車から下りたまま、鋭い眼光で私を射抜いているからだ。



「レセディ嬢」

「は、はい?」

「お話があります。少しの間よろしいですか?」



またやらかしてしまいました、申し訳ありません。

次回は朝8時ごろ追加します

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