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2_9 元婚約者

「カリナン!? ……じゃなくて、カリナン様!」



 流石にこれには驚いた。

元婚約者の婚活パーティーに出るなんてどういうつもりだ?

私がそうするように仕向けたとはいえ、婚約を破談した相手に用があるはずもない。

大体彼にはフランシスがいるはずではないか。



「ご迷惑かと思ったけれど……」



 流石にカリナンも言いにくそうにしていた。



「友人から誘われてね。その、君と僕との関係を知っていてついてきて欲しいと。なんていうか、断りづらかったようなんだ」

「ああ、そういうことでしたの……」


 

 まさか父親も元婚約者を招待するような真似をするほどマヌケではあるまいと驚いたが、どうやら招待客の中に彼の友人の一人がいたようだ。

気の進まないその客に付き合いの良い彼が巻き込まれたといったところだろう。

それでも良く元婚約者の誕生パーティーに出ようという気になったものだ。



「それと……」

「何か?」

「恨まれて当然のことをした思うし、こんなことを言う資格はないと分かっているんだけど、君の様子が少し気になったのもあるんだ」



 気まずそうにカリナンは言った。



「でも思ったよりも元気そうで安心したよ」

「……あはは、そうですわね」



 乾いた笑いで返す。

修道院に送られるかの瀬戸際でこんな婚活パーティーにいそしむ羽目になったのは元をたどれば婚約破棄のせいだが、カリナンを恨む気にもなれない。

彼と彼の家族にそうさせたのは私自身の責任である。



 なんとなく気まずい沈黙が互いの間に流れる。



「……その、やっぱり怒ってるかい?」

「良いんですよ別に。私も生き残るためにしたことですし」

「? え、生き残る?」

「あ、なんでもありませんわ。来てくれて嬉しいです、楽しんでいってらしてね」



 カリナンが不思議そうな顔をしたので、私は慌てて別の話題を振ってごまかした。



「えーと、恋人とは上手く行ってますの? フランシス=ホープとは?」

「え? あ、ああ。そうなんだ。 まだ婚約は発表できてないけれど……」



 聞くまでもない質問だった。

【ダイヤモンド・ホープ】原作通りならこの時点でカリナンとフランシスはまだ正式な婚約者ではない。

コミックスで私ことレセディが追放された後に数巻を消費するエピソードの真っただ中のはずだ。

ファンからの通称は『嫁姑戦争編』。フランシスとの結婚に反対する彼の親族たちと戦争状態にあるはずだった。

カリナンも恋人と親族との板挟みになって気が気ではないのだろう。もしかしたら女同士の争いから遠ざかって気を休める時間が欲しくて、わざわざパーティーに来たのかもしれない。

 

 そう思うとなんだか気の毒になってきた。



「お母様とお父様はフランシスのことを認めてるけど、親族の方々が猛反対されてるんですよね」

「え? うん、実はそうなんだ」

「特に前侯爵の妹君で一族の長老格の大叔母様が猛反対してらっしゃるのよね」

「……うちのことに詳しいんだね、君」



 なんとうらやましい。

愛すべき原作【ダイヤモンド・ホープ】の世界の主役として生きているのはカリナンの恋人のフランシスの方だ。

完璧に計算されて創作された美しい物語。

苦難に耐える愛と希望を鮮やかに書き綴った美しいシナリオ。

悪役令嬢に転生したばっかりに、不確かで見通しの利かない私の人生に比べると天地の差だ。



「それでフランシスが過酷ないじめに遭ってるんですよね」

「そんなことまで噂になってるのかい?」

「靴に釘を入れたり、正装の場でわざとカジュアルな恰好をさせて恥をかかせたりはともかく、挨拶の場に立たせるのに化粧品に痺れ薬を入れるのはいくらなんでもやり過ぎだと思いましたわ」



 つい早口になってしまった私を、カリナンは薄気味悪そうに見てきた。 



「なんで君はそんなに詳しいんだ……? もしかしてうちの中が透視して見えるとか?」 

「私ね、カリナン様の家の中で何が起こってるか考えると、なんだか気持ちがとても安らぐんです」

「どういう心理なんだいそれは!?」

「でも大丈夫。もう少しの辛抱よ。原作通りならもうすぐ大叔母様は乗っていた馬車ごとガケから……あ、ごめんなさいこれネタバレだわ」

「いったい何を言っているんだ、君は!?」



 カリナンは無数の足が生えた甲虫が腕をはい上がってきたときのように顔を引きつらせた。

少しの間薄気味悪そうに目を白黒させていたが、侯爵家の男らしく威厳を取り戻そうと咳払いをしてみせた。



「それにしても、いつ親王殿下と知り合ったんだい?」



 カリナンがマダマ様の方をちらりと見てから、小声で尋ねてくる。

マダマ様は私とカリナンが話始めてから、よそよそしく距離を取ってぽつんとホールにひとりで立っていた。

何か察するものがあったのだろう。



「えっとその、ちょっとしたなりゆきなんですの」

「殿下はこういう社交場においでになられるのは確か初めてじゃないかな?」

「そうなんですか?」



 意外だった。

確かに誕生日パーティーに呼ばれるのは初めてだと本人は言っていたが、王室といえば望む望まざるにかかわらず行事やイベントにひっぱりだこだと思い込んでいたのだ。



「お歳のこともあるけれど、お立場を考えるとあまり公の場には姿を出し辛いのではないかな」

「お立場?」

「……まさか知らずに招待したのかい?」



 カリナンは意外そうな顔をした。



「親王殿下は先の皇太子殿下のご長男なことは知ってるよね?」

「それはうかがいました」

「9年前に皇太子殿下と妃殿下が亡くなられて、その後で王族ではどちらかといえば傍流の現国王陛下が即位されたろう?」

「え、えぇ? そうでしたかしら……」



 悪役令嬢として目覚める前のことはイマイチ他人の記憶を見るようではっきりしないのだが、そういえばそんな事件があった気がする。

脳裏で記憶を必死に探った。

『主人公フランシスの実家も9年前の王宮の政変が元で一度断絶した』という設定が、確か漫画のファンブックに書いてあった気がした。



 漫画の登場人物以外でも作中に出てくる事件の影響は受けているのだ、と私は今更ながら気付いた。



「これは王室の家臣としては口にし辛いことだが……今の国王陛下はご自分よりも血筋の正しいマダマ殿下を疎んじておられるなんて噂もあるんだ」

「はぁ」



 どこでもありそうな話だ。

王位を横取りした親戚と、正当な王位に就くはずだった本家の対立。

いわゆるお家騒動の火種というやつらしい。



「それでご自重されておられると思っていたんだけれど、殿下ももう12歳におなりだ。もうすぐ領地を封じられるという噂もあることだし、それで社交界に出てこられるおつもりなのかもしれないな」



 カリナンは一人で納得したかのように小さくうなずいた。

貴族は領地を貰うか受け継ぐのが大人の証明だ。

王族もやはりこの点は早いらしく、マダマさまもじきに公爵という敬称で呼ばれるようになるのだろう。



(あの子が領主様ねぇ……)



 まだまだ遊んだり人に甘えたい年ごろだろうに。

いささか時期尚早ではないか、と思いながらマダマ様の方を探すと。



「えっとその、急に言われても困ります。交換する名刺だって、ボク持っていません!」

「では名前だけでも!」

「ご用命の際はぜひ私どもに!」



 王子様は何やら休憩用の座席のそばで、招待客の中でも特に脂ぎった連中に囲まれていた。



「うぅん?」



 どうやら客たちの中で抜け目のない奴らや事業に熱心なものが、王族とお近づきになるチャンスとばかりにマダマさまを囲んでいるらしい。

はっきり言ってこれはかなり悪質なエチケット違反である。

この国では目上の相手とお近づきになりたいのであれば、まずは共通の知り合いを作って紹介をされるのが折り目正しいやり方とされている。



 が、欲の皮でつっぱっている連中には社会規範も、そばに立つ警護官の眼光も利きが悪いようだ。

身分で言えば騎士階級の女警護官よりも爵位を持った招待客の方が上なので、強く出ることもできずにいるらしい。


 名刺を無理矢理渡されようとしたり、顔を売り込もうとしつこく食い下がられたり、マダマさまは困り切っていた。



「僕もご挨拶をしないといけないんだが……ああいう連中と同じに見られるのは心外だな」



 カリナンも私と同じ気持ちらしい。

見下げ果てたものを見る目で少年を取り囲む客たちを見ていた。



「…………」



 先刻のプレゼントを抱えたマダマ様の顔が、鮮明に脳裏によみがえった。

少年が期待していたのはもっと素朴で、でも心を尽くした誕生パーティーだったはずだ。

間違ってもあんな欲深な連中の顔つなぎの場ではない。

期待通りの誕生パーティーが行えないならば、主催者としてせめて。

心から楽しんで帰ってもらわねば。



「レセディ? どうするつもりだい?」

「ごめんなさい、カリナン様。 ちょっと行ってきます」

次回は明日朝8時ごろ追加します。

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