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2_8 グルマン・タヌキ

 舞踏会の会場となった我が家の大ホール。

今晩は因業親父の肝煎りで、金に糸目をつけず豪華な設営がされていた。

 


 舞踏会のメインとなるフロアは、使用人たちによって艶やかに磨き上げられ。

その周囲をぐるりと、参加者が腰かけるための椅子やら歓談用のテーブルやらがいくつも取り囲んでいる。

ここに座って会話に興じつつ品定めをしては、お目当ての相手を見つけてダンスに誘うというのが舞踏会の基本的な流れだ。


 録音機器のないこの世界では舞踏会には生演奏が必須だが、今日はわざわざ王都一の楽団から十数人を招いている。

もちろんかかる費用も相当なものだ。

行き遅れ(漫画世界基準)の娘の縁談をつかみ取ろうと必死な父親の執念が目に浮かぶようである。


 が。

パーティーが父親の望み通り進行しているかというと、決してそうではなかった。



_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



 ホールから離れたダイニングルーム。

普段は晩餐会や親族が集まった食事会に使われる部屋は、今日はパーティー参加者のディナールームとなっていた。

舞踏会では必ず、ダンスホールとは別に参加者が食事を取るための部屋が用意される。

今日もそのルールに従って、長いテーブルの上に所せましと豪勢な料理が並べられていた。



「はい、マダマさま。好きなものを選んでね」

「わぁぁ……!」


 

 部屋の一角。デザートのコーナーで、マダマさまは目を輝かせた。

体を動かす舞踏会の性質上、冷たい飲み物や果物それにお菓子の類はいつも人気だ。

今日も王都のレストランから呼んだパティシエが腕を振るった色とりどりのデザートが並んでいる。



「な、なんでも、どれだけ食べても良いんですか?」

「ええ。もちろん食べ放題よ。今日は舞踏会だもの」


  

 舞踏会の参加者はみんなメインのホールにいて、いきなりダイニングルームを利用しているのは私たちだけだ。

入口近くでマダマさまの付き添いの女軍人、ベリルが苦い顔をして見ているが、パーティー主催者のすすめに横槍を入れるわけにも行くまい。



「アイスクリームでも、チョコレートでも、果物でも何を食べても良いのよ」

「ひ、ひとつに決められません!」

「じゃあこうしましょう」



 背の高いガラスにアイスクリームをよそい、その上に『これでもか!』とホイップクリームを乗せる。



「えぇ、そんなことして良いんですか!?」



更に追い打ちだ。

その上にチョコレートやらイチゴやらベリー類やらをとにかくあるだけトッピングする。



「はい、アイスクリームパフェ。これならまとめて食べられるでしょ?」



 いきなり出現した甘味の化け物を見て、マダマさまは思わず口をドーナツみたいに真ん丸にした。

あら、よだれ。



「こ、こんなの初めて見ました!」

「あら、そうなの?」



 マダマ様は驚きのあまり、グラスの上から下まで食い入るように見つめている。

普段スイーツに飢えているからといって、ここまで反応することはないだろうに。



<<アイスクリームパフェが発明されたのは19世紀末のアメリカだからな。この世界にはまだないんだろ>>

(えっ、そうだったの!?)


 

 足元のタヌキが指摘してきた

てっきりアイスクリームが発明されたのとは同時期にはもう存在していたものと思い込んでいたのだが。



「い、いただきます!」



 我慢できない、とばかりにマダマ様はスプーンでパフェをかき込んだ。



「……っ!!」

 


 感想の代わりに顔中に歓喜が浮かんだ。



「あの、殿下。それは王族の男子が召し上がるものとしては贅沢にすぎるのでは……?」

「でもとっても美味しいですよ。ベリルも作ってもらいなさい」

「い、いえ! 結構です! 自分は、任務中であります!」



 口を挟もうとして逆にアイスクリームパフェを勧められた女軍人は、悪魔の誘惑を振り切るように背筋をピンと伸ばした。



「はぁ……。もうなくなっちゃいました……」



 グラスの中を綺麗に平らげて、マダマ様は満足と恍惚の混じった息をついた。



「あんまり甘いもの食べると他にお腹に入らなくなるわよ。先に食事も済ませちゃいましょ」

「はい……おや?」



 王子様の足元に、いつの間にかタヌキがしのび寄っていた。

お召し物のズボンを甘噛みして、テーブルの方へ誘おうとしていた。




<<俺にも良いもの食わせてくれよ>>

「! こ、これはうちのタヌキが失礼を……」

「あはは、タヌタヌもお腹が空いたんですね?」



 可愛らしいおねだりと思ったらしい。

マダマ様はタヌキを連れてテーブルにつくと、



「ほうら、おいで!」



椅子に座った自分の膝の上にタヌキを乗せた。

本来なら舞踏会ではありえない光景だが、なかなか微笑ましい姿ではないか。

私も大目に見ることにした。



「何でも取ってあげますよ。何が食べたいですか?」

<<あれ!>>

「えぇ? キャビアなんて食べるんですか?」

「……っ!!」



 タヌキが短い前足で、よりにもよって薄切りローストビーフのキャビア乗せを指し示す。

思わずずっこけそうになった。



<<美味い! 実に美味い!>>

「美味しいですか?」

<<俺、生きてて良かった!>>

「タヌタヌはよく食べますねぇ……」



 マダマ様が小皿によそった肉料理を、タヌキは皿ごとかじりかねない勢いでむさぼり食い始める。



「え? フォアグラのテリーヌが食べたいんですか?」

<<トリュフの薄切りはもっとたっぷりかけてくれ!>>

「え、トリュフが足りない? 一緒にバゲットに乗せれば良いんですか? ぐ、グルメですね……」



 ジェスチャーで指示して作らせたトリュフ山盛りのフォアグラを、口の端からボロボロこぼしながらタヌキは食い散らかす。

味にうるさいフランス人が見たら顔を真っ赤にして怒り出しそうな光景だ。



<<次はシーフードが食いたい!>>

「えぇ……? エビなんか食べて大丈夫なんですか?」

(ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ!)



 いくらなんでもやり過ぎだ。テーブルのそばに近寄る。

真っ赤に茹で上がった大きなロブスターにかじりつこうとするタヌキに、慌てて耳打ちした。



<<何さ? 良いだろ、パーティー料理なんかどうせたくさん残っちまうんだし!>>

(そりゃ食べるのはかまわないけど、もっと動物らしくしなさい!)

<<良いじゃん、王子様も喜んでるぜ?>>

(怪しまれるでしょ、さっきから高級そうなものばっか選んで食べて!)



 いくらなんでももうちょっと上手くやれ。

奥からベリル警護官が、いぶかしむような目つきでこっちを見ているのが分からないのか?

 


<<俺はずっと森の中で、木の実やらキノコやらをかじって生きてきたんだぞ。その後は見世物屋のまずいメシ>>

(カブトムシもでしょ)

<<思い出させるな! そうだよ、たまには良い思いをさせてくれ!>>



 これで話は終わり、というつもりなのかタヌキは大きなエビのツメに噛みついた。

が、硬いカラに苦戦する。



「あはは、慌てなくてもカラを外してあげますよ」

<<うっひょー! 丸々としてて美味しそー!>>

「え、トリュフバターもつけろって? ほ、本当に賢いんですねタヌタヌは……」

<<ハフハフ……熱っ! でも美味い! あつあつ……でも美味ーい!>>



 茹で上がったばかりのエビの身に苦戦している。

タヌキのくせに猫舌らしい。



(ああ、もうこいつは……!)



 完全に王子様を給仕係にしてご満悦なタヌキとは裏腹に。

私は女軍人の冷たい視線に射抜かれて、針のムシロに座らされている思いがした。 



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 流石にずっと食事ばかりをしている訳にも行かなかった。

ちょっと青ざめた顔のトパースが呼びに来て、私とマダマさまはダンスホールに移動させられることになった。



「あまり盛り上がってないみたいね」



 主催者の娘がずっとダイニングルームにいてはそうなるのも無理はないか。

音楽は最高のものがずっと生で演奏されているのに、客の大半は遠巻きに眺めているだけである。

なんとか間を持たせようと給仕役の執事たちが客たちの間を回って酒を勧めたり、プレートに乗せたおつまみを配ったりしているが、歓談というにはあまりにも寂しい様子だ。


<<お腹いっぱい、もう食べらんない……>>

(食べ過ぎよ、あなた。重いわよ!?)



 ダンスホールでペットを歩かせておくのは流石に不調法なのでタヌキは抱きかかえているが、いつもより丸々と太っているようにすら見えた。



 気を取り直して会場の観察を続ける。

元からわざと男女比が偏らされた舞踏会である。手持ち無沙汰なものがあぶれるのは分かり切っている。


 その中で参加者の若い男たちのパターンは2種類に分類できた。

精々数人の知り合いとたむろしているか。

一人で暇そうに宙を眺めているか。

親父に誘われてやって来たからには少しなりとも結婚を考えてのことだろうに、思い切って私に声をかけようとするものは一人も出てこない。



(そんなんだからいつまで経っても結婚できないのよ)



 と、自分のことを棚に上げて胸の中で吐き捨ててみたりする。



 客の全てがぐずぐずと時間を潰しているだけかというとそうでもなく。

ビシッ、と背筋を伸ばして周りの空間に圧を振りまいている者もいた。軍服姿のベリル警護官だ。



「ベリルも遠慮しないで踊って良いですよ」

「いえ、殿下。自分は任務中であります」



 マダマさまは気を遣って声をかけたつもりらしかったが、ベリル警護官にダンスパートナーを探すつもりはないらしい。

何人かの勇気ある……そして無謀な若者が声をかけようとしたが、その機先を制して鋭い眼光で退散させていた。



(私も誰かを誘った方が良いかしら?)



 このまま塩漬けのままでは、親父に何を言われるか分かったものではない。

しかしかたわらの王子様は踊れないようだし、放っておいて自分だけ相手を探しに行くのも気が引ける。

悩んでいると、唐突に声をかけられた。



「お久しぶり」



 油断していたところに声をかけられて、私は慌てて頭の中の考えから現実に意識を向けた。



「え? どーもどーもお久しぶり……」



 なるべく愛想よく型通りの挨拶をしようとした瞬間、固まってしまう。

ここにはあるはずのない、意外な顔がそこにあった。



「か、カリナン!?」


 トランヴァール侯爵家の後継者。

破談になったはずの元婚約者だった。

続きは夜8時ごろ追加します。

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