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オズエンデンドより愛をこめて(9)

 採掘技術者たちが提出したレポートを基に、私の意見を文書にしてまとめる時間で午後は潰れてしまった。

明日再度スターファからの出向組と会合して、その時に本格的な肥料の輸出事業について話し合うことになっている。

マダマさまも出席する大事な会議だ。手抜かりや見落としがないようにしておかなければ。



「ふぅ……。まあこんなところかしら?」



 自室の机で書類を整理し終えたところで。

まるで見計らっていたかのように、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 


「どうぞ?」

「チャオ。ねえ、ちょっと今話せるかしら?」



 意外なことにモルガナ王女だった。

妙に機嫌良さそうに瞳を輝かせている。


 

「か、構いませんけれど?」



 王女が私の部屋を訪ねてくるのはこれが初めてだった。

自分でも何故だか分からないが、少し嫌な予感を覚えながら席を立つ。



「へー、結構いい部屋じゃない」



 礼を失しない程度に物色しながら入ってきたモルガナ王女が布張りのソファに腰を下ろす。

私も向かいの椅子に座り直した。



「それで、何のお話でしょう?」

「さっき殿下とお散歩しながらお喋りしてきたんだけれどね」



 先刻のタヌキの引き回しみたいな散歩のことらしい。

曲りなりにも二人だけの時間を作れたという自信からか、自分の優位を誇示するような口調だった。



「オズエンデンドでもっとたくさん動物を飼うことにしようと思うの」

「はぁ……。それは構いませんけれど」



 マダマさまがロバを気に入ったので、その路線を踏襲しようということらしい。



「そのためにはもっと大きな飼育場や、飼育係が必要よね」

「確かに、厩舎は本来馬用ですものね」

「だから新しく作らないといけないんだけれど、そのために人を用意して欲しいの」

「ははぁ、なるほど。良いですよ。やりたい、って人ならすぐ見つかるでしょうし」



 このオズエンデンドだって、数は少ないが羊や豚を飼って暮らしを立てている人はいるのだ。

その延長で、飼育係を募集すればすぐに手を挙げる人も出てくるだろう。



「具体的にどんな動物です? ロバとかヤギとか?」

「ゾウを連れてくることにしたわ」



 笑顔でこともなげに王女は言い切った。



「今、なんておっしゃいました?」

「ゾウよ。知らない? 長い二本のキバが生えてて耳が大きな生き物なんだけれど」

「ゾウ!?」



 完全に思考の外にいた生き物の名前が出てきて、思わず叫び返してしまう。

まさかこんな北の果ての僻地にゾウを連れてこようだなんて発想自体が予想外だった。



「そのための飼育室を建てるのに大工と人が必要だから集めてちょうだい」

「な、な、なっ……!?」

「ゾウ用の飼育室の大きさは……そうね。広さはメインホールくらいで、天井はこの部屋の三倍くらいの高さがあればいいと思うわ」

「そんな大きな建物!?」

「もちろん太い柱をたくさん使って、基礎から頑丈に作らないとダメよ。ゾウにとっては遊んでるつもりでもすごい力なんだから。その辺の木なんか簡単に倒しちゃうわよ」



 やる気満々な王女の語りようは冗談や軽口ではなく、本気で計画を実現しようとしている人のものだった。



「どうしていきなりそんなことに!?」

「殿下がゾウをご覧になりたいんですって!」

「マダマさまが?」

「お散歩している間に殿下とお話してたら、ゾウの話になったの」



 確かに南方の珍獣の話題になったら、ゾウの話が出てきてもおかしくはないが……。



「殿下はゾウについてとっても興味がおありでね。本でゾウのことを知って想像を膨らませてたそうなの」

「ははぁ……。なるほど、そういう流れで」



 ゾウの墓場とか、ゾウの井戸とか、確かに好奇心を刺激する生き物ではある。

動物が好きなマダマさまは特にそういう夢のある話が好きそうだ。



「でも私の国じゃそんなに珍しいものじゃないから。一頭進呈することにしたわ」



 王女様は軽く言ってのける。



「あ、殿下にはまだ内緒よ? プレゼントは秘密にしておいた方がもらう方が嬉しいでしょ?」



 まるで誕生日にサプライズパーティーを計画するかのような口調だった。



「ゾウを飼うなんて……できるんですか!?」

「大丈夫よ。ちゃんと飼い慣らしたゾウを連れてこさせるから」

「ふ、普段から飼ってるんです?」

「力持ちで言うこと聞くから作業や輸送に使うのよ。ゾウって繁殖期のオス以外は賢いし大人しい生き物なのよ」



 ついついこの国の常識で考えてしまったが、南の大国の王女様にとってはそれほど突拍子もない話ではないらしい。

しかしそれにしても、そんなことが実現できるのだろうか?



「ゾウ使いも世話係もこっちに来させるわ。ちゃんと労働に使用するプロがいるんだから。任せれば暴れて人を踏んだりしないわよ」

「そもそもどうやってゾウを連れてくるんですか?」

「船なら載せられるでしょう? 港がある領邦まで海路で運んできて、そこからゾウに自分の足で歩かせればいいのよ。ゾウって結構長距離移動できるのよ」



 私たちが夏に小麦を買い付けたのと逆のパターンだ。

確かに大型帆船を用意すればできないことはないだろうが……。



「ゾウを殿下の乗用にすれば立派だと思わない? みんなびっくりするわよ!」


 

 自分のアイディアに自分で興奮しているようで、王女は声を弾ませた。



「ファセット王国でゾウを乗り物にしている人なんて他にいないでしょう」

「そりゃあいないでしょうね……」

「そうだ、今度王都に行かれるときにゾウに乗って行けばいいのよ!」

「えぇ?」

「そうすれば王都に住んでる民衆みんなが道沿いに見物に来るわ。殿下の名声も高まるじゃない!」



 確かに、追放同然に僻地に飛ばされた王子様が巨大なゾウに乗って王都に戻ってくるとなればすごい演出効果だろう。

下手をすれば今の王家の威光だってかすんでしまうくらいの人気が獲れるかもしれない。

もし無関係の立場ならそんなの私だって見に行きたいくらいだ。

しかし――――――。



「…………」

「ああ、心配しないで。もちろんお金は私が出すわよ。これは事業とは関係なく殿下個人のためになることだし」



 渋い顔をしてしまった私に向かって、王女は軽く手を振った。

何か勘違いをしているようだ。



「そういう問題ではありません」

「? 何がいけないのよ?」



 意見に賛同してもらえなかった王女は少し不機嫌な声になった。



「連れてくる方法はなんとかなるでしょう。飼育室だって、できないことはありません」

「だから何が問題なの?」

「こんな北の果てでゾウが生きられるんですか?」 



 考えもしていなかったらしい。

モルガナ王女はうっ、と言葉に詰まった。



「冬の間は毎日地面に氷が張るようなところですよ? しかもこれから季節は冬です。ゾウって温かい地方の生き物でしょう?」

「そ、それは……。そうよ、飼育室に暖房を入れられるようにすればいいのよ。ずっと部屋の中で温めるの」

「食べ物は? ゾウが好んで食べるようなものを常に用意できますか?」

「輸入してなんとか……」

「病気になったら? ゾウの医者なんているんですか? いたとしてオズエンデンドに常駐できます?」


 

 浪費以外にも否定的になる理由はいくらでもあった。

王女は抗弁しようとするが、ゾウが暮らすにはあまりにこの地は不向きなのは動かしようもない事実だ。

モルガナ王女だって頭が悪いわけではない。自分の計画に無理があることを内心では認め出したのか、徐々に語気が弱まってきた。



「でもゾウを殿下にプレゼントして、喜ばせてさしあげたいのよ」

「いくらなんでも、こんな寒い地方で飼育するのは無理ですよ……」

「じゃ、じゃあこうしましょう。温かいうちに連れてきて、寒くなったら南に返すの」



 もはやワガママを通り越して、権力者の傲慢としか言いようのない発想だった。

その言いようには、狭い船室に閉じ込められての船旅やひんぱんな移動が、どれだけゾウにストレスを与え健康を損なわせるのかという視点が完全に抜け落ちている。



「私は反対です。単なる浪費なだけじゃありません。そんな目に遭わされるゾウが不幸なだけです」

「でも殿下の夢をかなえてさしあげたいのよ」



 なるべく落ち着いた声で合理的に説明したつもりだったが、モルガナ王女は眉を吊り上げて食って掛かってきた。



「あなたも殿下の愛人なら、喜ぶ顔が見たいでしょう?」

「愛人ってのがちょっと引っ掛かりますが……。それは確かにそうです」



 寒冷なファセット王国に住んでいる人間には、ゾウを見る機会なんて一生に一度も得られないのがほとんどだろう。

初めて本物のゾウを目にするマダマさまが興奮して喜色を浮かべるのは、手に取るように思い浮かべることができる。

私だってできるなら叶えてあげたいくらいだが、王女は大きな見落としをしている。


 面と向かってそれを指摘したものか迷ったところで、モルガナ王女は一層声を張り上げて自論を主張しだした。



「だったらやりましょうよ! 殿下のためになることなら、してあげるべきでしょう」 

「流石に無理がありますよ……」

「そのためにゾウが死んじゃったとしても……。かわいそうな気がするけれど、仕方ないわよ」



 頭の中で、カチンと何かが鳴った音がした。

理性と常識の制止を瞬時に振り切り、感情が口から外へ飛び出すのを止められなかった。



「いい加減にして!」



 ついに私は言ってしまった。

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